ソファに座っていた九門に、キッチンから十座が声を掛ける。
「九門、シュークリーム食わねぇか? 一つ残ってるんだが」
「いいの? 食べる食べる、ちょうどお腹すいてたんだ〜。 あ、でもシュークリームって生クリームが入ってるのが多いよね。それだと俺、食べられないし……」
「いや、大丈夫だ。これはカスタードクリームしか入ってねぇ」
兄が好きなものを否定したくないと、九門はずっと十座には生クリームが苦手なことを隠していた。だが九門が認めてからは、弟に苦手なものを食べさせるわけにはいかないと、逆に十座の方が菓子に使われている材料を気にするようになっている。
「兄ちゃんも食べたの?」
「ああ。さっき生クリームだけのと、生クリームとカスタードが合わさったのを食った」
三種類あるうち、生クリームが入っていないものを九門のためにとっておいてくれたらしい。
「待ってろ。持ってってやる」
冷蔵庫を開けてシュークリームを取り出す十座を見つつ、やっぱり兄ちゃんは優しいなと、九門は自然と顔が緩む。
シュークリームが乗った皿を持ってやってきた十座は、皿をテーブル上に置きながら九門の隣に座る。
「兄ちゃん、ありがと! わ、けっこう大きいんだね」
「ああ。けど皮はパリパリだし、食べごたえもあって美味かったぞ」
確かに香ばしそうに焼けた生地の上に粉砂糖がかかっているシュークリームは、見た目からして美味しそうだった。
いただきまーす、と元気にシューを頬張り始めた九門を、十座は隣で目を細めて見ている。
「うわっ、クリームが端から出てきちゃった!」
九門は慌ててシューを持っていない方の手を添えて、クリームが落ちるのを防ぐ。噛みごたえのある生地とその大きさから、上手く食べられず苦戦している。
「兄ちゃん、これ食べるの難しくない?」
「そうか? 俺は二口ぐらいで食い終わっちまったからな」
「やっぱ兄ちゃんすげー……」
シューを傾けたりしつつ何とか食べ進めようとする九門に、ふと十座が指摘する。
「粉砂糖、口に付いてるぞ」
「え、どこどこ?」
九門は慌てて手の甲で口の端を拭うが、十座はその様子を笑いながら否定する。
「違う、そこじゃねぇ」
そう言いながら、十座は九門に顔を寄せる。そのまま舌を出して、九門の下唇だけを横一直線にベロリと舐め上げた。
「……ひゃぁっ!」
十座の突然の行動に、九門はたまらず声を上げる。
「ににに、兄ちゃん……」
「あ? どうした?」
これまでキスなら何度でもした。最初はとまどいとぎごちなさが入り混じっていたが、抗えない快感と心地よさに、もう溺れるほど交わしていたはずだ。
だが、唇だけなぞられるようなキスはさすがに初めてであり、九門は恥ずかしさと共に妙な興奮で頬が染まる。
一方で十座は自覚がないのか、なぜか慌てた様子の九門の様子を見て微笑んでいる。今度は九門の指先についたクリームに気が付き、手首を掴んだ。そのまま九門の指を咥えこむ。
「……!」
手首を掴まれて動けないまま、九門は今度はなんとか声を抑える。十座の舌の動きを指から感じとる度に、腰の後ろに知らない痺れが走り、思わず身体の芯が疼きそうになる。
そんな九門の様子を知ってか知らずか、十座は満足そうに九門の指を舐めあげた。
「やっぱこのクリーム、うめぇな」
「にい、ちゃん……」
九門の手のひらに顔を埋めているので、十座の口元は見えない。呼びかけられて視線だけ向けてきた十座に、九門は思わず息を止めた。
普段はどこまでも優しいのに急に雄の様な、肉食獣のような鋭さを十座が見せることに、体を重ねるようになってから九門は気がついた。そしてそれはだいたい不意打ちでやってくるうえに、十座は無自覚なのでたちが悪い。
「どうした?」
シューを食べるのも忘れて顔を赤らめている九門を不思議に思い、十座が訊ねる。
「兄ちゃん、エロすぎるよ……」
「……何がだ?」
「あー、もう、まだそんな時間じゃないのに……変なこと想像しちゃうじゃん……」
気まずそうに顔を背ける九門に、十座もやっと弟の言わんとすることがわかった。掴んだままの手首を引き寄せて、九門に顔を近づける。ビクリとした九門の反応も楽しむように笑いながら、耳元で囁く。
「なに想像したんだ? 言ってみろ。……今夜、してやる」
「に、兄ちゃん……!」
「いいからそれ、早く食っちまえ」
もはや落ち着いて食べることなど出来なくなった九門を見ながら、また十座がくつくつと楽しそうに笑った。