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    Arasawa

    @_Arasawa

    絵文字ありがとうございます。
    いつもにんまりさせてもらっています😊

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    Arasawa

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    鬼灯の冷徹より、鬼灯夢です。
    数年前に書いてどこにも公開せず一人で楽しんでたやつなので文体が今とはチョット違います。
    ギャグベースで甘さ控えめです。
    なんでも許せる人向け。

    ##鬼灯

    鬼灯夢※夢主ナマエ表記

    私が閻魔大王第一補佐官代理を任されてから丸3日が経過した。

    当の第一補佐官こと鬼灯サマはというと呑気に3泊4日のオーストラリア旅行に行っている。なんでも某不思議発見番組で旅行権が当選したそうで…。

    なんとか権利を奪いとって私がオーストラリアのコアラと戯れてやろうと思ったのに相手はなるほど冷徹の鬼神、上手くいくはずもなく挙句の果てに代理まで任されてしまったのである。こんなことなら素直に送り出して代理から逃げれば良かった。

    なんで私があの鬼の代理を…。やつが楽しんでる分私がやつの代理としてセカセカ働かなくちゃならないのがとても癪に触る。もうこのままオーストラリアでもなんでも永住してくんないかなー。

    「ただいま戻りました」

    まあ永住はしないですよねー。

    「鬼灯くん!おかえり〜鬼灯くんがいない間大変だったよ。でもナマエちゃんが随分頑張ってくれてね」
    「そうなんですか」
    「おかえりなさいませ鬼灯サマ」
    「なんですその手は」
    「おみやげ専用の手ですよ。旅行を楽しむ上司の代わりに 4 日 間 も お仕事頑張った可愛い可愛い部下へおみやげの3つや4つあるでしょう?」
    「ありませんよ」
    「なん、ですと……………」

    私が絶望に打ちひしがれている間に大王に土産を渡し、ちょうど報告に来た唐瓜さんと茄子さんに土産を渡し、そのまま何やら紙袋を持って執務室を出ていった。

    「…え?あの紙袋どうみても土産物では…?見るからに今から配りに行こうとしてる…のでは…?」

    大王の必死のフォローも頭に入らなくなり、裏切られたことへの怒りで我を忘れないよう仕事に没頭した。くそ!知ってたけど!あの冷徹上司が私におみやげ買ってこないことなんか知ってたけど!そもそもおみやげ要求したら渡すものも渡さなくなることくらい知ってたけど!でもくださいよ!むかつくな!もう!むかつくむかつく!いつかあの角折ってやる!

    うう、なんだか怒りで頭が痛くなってきた…ちょっと顔を伏せて休憩しよう…。

      
    「…さん、」
    「ふぁい…。……………え?」
    「はぁ。ナマエさん、何職務中に寝てるんですか。すり潰しますよ」
    「ひっ…!?うわ鬼…!ああ鬼灯サマじゃないですかびっくりした…」

    金棒を頭にぐりぐりと擦り付けられる。痛い痛い!意外とザラザラしてる!しかも金棒のトゲが目に当たるか当たらないかのギリギリで怖い!このドS!
    ん?よく見たら金棒の棘ひとつに何やら装飾がなされている…この…オーストラリア満喫しやがって!

    「鬼灯サマ!なに浮かれてんですかこれ!」
    「なにって」
    「この飾りですよ!鬼の金棒にこんな可愛らしい飾りなんかついてたら怖いものも怖くないですよ!こんな可愛い…あれ?包み?」
    「どこまで馬鹿なんですかあなたは」

    ため息と呆れ顔。恐る恐る包みに手を伸ばす。何も言わない。包みをひらく。何も言わない。え、じゃあまさかこれは私宛のもの…?まさかおみやげ…?
    中には甘い香りのお菓子(しょくらとをかな…?)と職務に使えそうな小物が入っていた。包みと鬼の顔を交互に見れば、鬼人の顔がどんどん歪んでいく。

    「そんなに言うならあげませんよ」
    「なっにも言ってないじゃないですか!」
    「目がうるさいんですよ。いらないなら返してもらいます」
    「いらなくないです!」
    「最初から素直に受け取っておけばいいんですよ」

    素直じゃないのはどっちですか。思わず滑りそうになる口を手で塞ぐ。手で口に触れて初めて自分の口角の上がり具合に気が付いた。

    「鬼灯サマのドSなとこは嫌いなんですけど、こういうところは結構好きですよ」
    「後半だけ受け取っておきますよ」
    「前半だけで十分ですよ」





    ▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△





    獄卒で賑わうお昼から少し時間を空けて、混雑も控えめになった食堂で海鮮丼を目の前にし大きなため息をついた。

    「なんでまだ私の仕事が増え続けてるんだろう…」

    私は書記だったはず。確かに先日は苦しみながら代理を努めていたが、明らかにあれから書記と関係ない仕事が増えた。

    「見てわからないんですか。繁忙期と人手不足です」

    目の前に座る冷徹上司が同じく丼を食べながら答えた。あれ、これ金魚草の味だ。これは海鮮丼と呼んでいいのか…?

    今は皐月半ば。現世ではゴールデンウィークなるものがあり、それに耐えられなかった者がどんどんこちらに来る。地獄の繁忙期は皐月と長月なのだ。

    「さすがにそれはわかりますけども」
    「不満ですか」
    「不満っていうか…こなせてる気がしないんですよ」
    「まあ完璧ではないですね。でも賃金相当の仕事にはなってますよ」
    「うーん…まあそれなら…」

    賃金以上に働きたくもないしそれでいいかぁ。どうやら追加の仕事分賃金は増えているらしく中々悪くはない。あとは気持ちにケリをつけるだけだ。
    この冷徹上司の身にもし万が一のことがあって仕事復帰出来ないとなれば、きっと前回より仕事内容を把握している私に飛び火するだろう。この職に就いた以上ある程度の多忙は覚悟しているが、問題はそこではない。仕事への責任が重いのだ。まだ責任問題にはなっていないけど、もしものことを考えると胃が痛くなる。

    「…鬼灯サマ、今晩飲みに行きませんか」
    「あなたから飲みに誘うなんて珍しいですね。明日は槍でも降るんじゃないですか」
    「鬱憤バラシに上司のお金をしこたま使い込んでやろうって魂胆ですよ」
    「わかりました、大王の財布もって行きます」
    「突如押し寄せる罪悪感…」
    「美味しい焼き鳥屋が出来たので、そこで良いですか?」
    「焼き鳥!いいですね行きたいです」

    集合時間と場所を決めて解散した。
    鬼灯サマは自分に害のある意地悪はしない。…正確には、私はそこまで手の込んだ意地悪するほどの仲じゃない(そんな仲白澤様と大王くらいだ)。つまり、美味しいと思わせといてガッカリ…みたいな意地悪はほぼ無いはずだ。
    ちょっと楽しみかもしれない。





    「美味しい…」
    「私の舌に狂いはありませんよ」
    「すごいです…そこだけは尊敬出来ます…」
    「あなたはいつも一言多い」
    「あっ私のせせりが!」

    串から抜いた鶏のせせりをヒョイとつまんで食べられてしまった。楽しみにしてたのに!
    日本酒とよく合う鳥串は何本でも食べられそう。くいくいと盃を傾ければ鬼灯サマが注いでくれる。鬼灯サマはどうやら今日はあまり飲まないみたい。

    「いい飲みっぷりですね。ストレスが垣間見える」
    「どっかのドS上司がどさどさと役職関係ないお仕事くださるおかげですね」
    「それは大変ですね」

    ちょっとは刺されよ!と言いたいところをぐっとおさえ日本酒で胃に流し込んだ。喉がカーっとする。この感覚が気持ちいい。
    茄子さんの芸術センスの話とかベルゼブブ様がいらっしゃったときの話とか、とりとめもない話で夜は更けていく。


    「…鬼灯サマ。私怖いんです」
    「どうしたんですか。あなたらしくもない」
    「補佐官なんて柄じゃないんです。代理でもやりたくない」
    「あれは旅行を奪おうとした罰ですよ」
    「でもね、鬼灯サマ。また鬼灯サマがいなくなったらどうなりますか。鬼灯サマのお仕事内容を一番知ってるのは私になっちゃったんですよ」
    「大将、お冷を」
    「聞いてるんですか」
    「なんとなく聞いてますよ」

    ちゃんと聞いてくださいよ、って声張って出したつもりが言葉になるのはほんの少しだけ。ちょっと飲みすぎたみたい。まずい。これじゃ帰れなくなる。このドSの前でこれはダメだ。あとあと散々いじられるに違いない。

    「鬼灯さま、のみすぎました。かえりましょう」
    「…そのようですね。立てますか?」
    「たてます。…うん?たてますか?」
    「私に聞かないでくださいよ」

    足に力をいれて、えいと踏ん張っても立てない。鬼灯さまの肩を借りてなんとか立ち上がったものの足元がふらふら…っていうか高さあってない。高い。鬼灯さま背高い。もうちょいしゃがんでください。意地悪。

    「あー…なさけない…鬼灯さまー酔い潰れた可愛い部下をおんぶしてください」
    「金棒に捕まってください」
    「串刺しになれってか」
    「おや、意外と意識あるじゃないですか」
    「鬼灯さまのまえで意識なんかなくしたらもえるゴミにだされそうじゃないですか」
    「今すでに捨てに行こうとしてますよ」
    「ええ!」
    「冗談です」

    なんだぁ冗談かぁなんて言ってる間に朧車がきた。鬼灯さまいつの間に?慣れてるなぁ。

    「失敗すればいいんですよ」
    「ほ?」
    「逃げなきゃいいんです。出来ることやってくれれば多少失敗しても私がなんとかしてあげますよ」
    「鬼灯さま…」
    「可愛い部下の尻拭いは上司の仕事ですからね」
    「鬼灯さま…てらいけめん…抱いて…」
    「失言は許さないですが」
    「いたい!」





    ▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△




    「あなた…鬼灯様のことはどう思っているの?」
    「はぁ…鬼灯サマですか…」

    またこの手の質問だ。
    休憩室から戻るときなどに、別の課の先輩に会ったらもちろん挨拶をする。そのとき少し雑談を挟むのはよくあることだけど…この人にはみんなに聞いて回っているんだろうか。
    目の前にいるのは女性の先輩。醸し出される色気こそお香さんに似ているけど性格が全然ちがうらしい。

    正直、二徹明けでさらにまだ仕事が残っている今このタイミングでこんなクソみたいな質問されると腹が立つ。私があの鬼を好きなわけないだろう。なんで見てわからないんだこのホルスタインめ。

    「職務中もドSすぎるところに目を瞑ればいい上司だと思います」
    「あら、そう…。…鬼灯様のこと好きじゃないの?」
    「上司としてなら好きですよ」

    暗に『恋愛的には好きじゃない』という意味をこめる。この手の女性の癪に障ったら何が起きるかわからない。触らぬお局に祟りなしだ。

    「そう。ならいいわ。午後も頑張ってね」
    「ありがとうございます」

    先輩が仕事部屋に入ったのを確認し、ため息を一つ。そして、ずっと後ろにいた三徹明けの鬼にむかって声を出す。

    「…これで満足ですか、鬼灯サマ」
    「満足なわけないでしょう」
    「それは失礼しました。にしても人気者は辛いですね。主に女部下が」
    「今みたいにかわせばいいでしょう。あの手の女性は異動以外どうしようもないですよ」

    さすが、達観しておられる。

    「鬼灯サマがああいう女性に片っ端から手出して捨てれば部下に被害は無くなるんじゃないですかね」
    「陰で部下相手に牽制してるのみたら据え膳されても食べたくないですよ」
    「いやぁ…あの胸にせまられちゃ逃げられないでしょ」
    「ああいう最初から好きオーラ全開で従順に来られるのは嫌なんですよ。面白くもなんともなくて」
    「はあ。どういうのがいいんですか?今度ああいうこと聞かれたら教えます」
    「矯正しがいのある人ですね」
    「ええはい、つまり鬼灯サマがドSということで…」
    「反抗的な方がいいんですよ。あなたみたいにね」
    「はあ…?何言ってるんですか?私ほど従順な人いなくないですか?」
    「そういうところですよ」

    では、と執務室に戻る鬼灯サマを見送った。
    …………。うん、深く考えるのはよそう。さあ仕事だ仕事。三徹上司の冗談に使う頭などない。午後も頑張ろー





    ▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△




    「こんにちはー!桃太郎いる?」
    「こんにちは。お久しぶりです」
    「ああ!ナマエちゃんじゃない!」

    シロさんと一緒に、ウサギが沢山いる玄関先を通り極楽満月と書かれた看板の横、引き戸を開けば糸目のスケコマシが走って近付いてきた。この人が鬼灯サマと常にいがみ合う神獣白澤様だ。私も女なので鬼灯サマの同伴さえなければ白澤様が下心全開でおもてなししてくれるのだ(ちなみに鬼灯サマ同伴のときおそらく私は視界から消えている)。

    「どうしたの?桃タローくんお茶だして!」
    「いえ、お茶は結構です。二日酔いの薬をください」
    「二日酔い?今誰かが二日酔いにでもなってるの?」
    「はい。今日は昼から大きな飲み会をやってまして…思ってたより皆様飲まれてるのでその対策です」
    「へぇー。ナマエちゃんも飲むの?久々に僕と飲もうよ!」
    「白澤様の奢りならいいですよ。ちょうどストレスが溜まってまして」
    「おお!いいねぇ!おごるおごる!僕も最近溜まってるところなんだ」
    「潔いのはいいですが、手出したらぶっ飛ばしますよ」

    さり気なく鬼灯の髪飾りをつけて、口調もさり気なく鬼灯サマを意識してみたけどなんの効果も無かったみたい。魔除け失敗だ。
    結局カウンターに座り淹れてもらったお茶を呑む。シロくんは桃太郎さんと庭を見に行った。なんでも最近伝染病が流行っているから、先輩のお子さんの予防薬をとってきてあげるのだとか。シロくんがそこまで気が回ると思えないので、きっと相談相手の某鬼の入れ知恵があるのだろう。…ん?二人きり?あれ?もしかしたらまずいかも?…まあいいか。

    「あの鉄仮面にいじめられてない?」
    「ええ。良い上司です」
    「ふーん…ナマエちゃん飲み込みも早いし今からでもウチに来たらいいのに…」
    「私がいたら女性を連れ込みにくくなりますよ」
    「僕の誘いに乗ってくれる子はだいたいそんなこと気にしないよ」
    「まあ…確かにそんなイメージはありますね」
    「でしょ?おいでよウチに」

    あーめんどくさくなってきた。シロさん早く帰ってこないかな。鬼灯サマが都合よく来てくれたりしないかなぁー。

    「そういえば帰りに地獄デパートでくじ引きしていくんですけどなんか吉兆のご利益的なものこめてくれませんか?」

    これなんですけど、とくじ引き券を渡す。白澤様はくじ引き券を眺めたあと時計をチラ見した。

    「本当は僕が付き添うのがいいんだけど、」
    「結構です」
    「だよね。なら僕から口吸いで運を吸うといいよ」

    直属に近い部下が自分の因縁の相手から口吸いで運を貰ってきたと知ったらどうするだろう?そもそも気付くのだろうか。怒るのか、左遷でもされるのか、寛容なのか、いっそ殺されたりするのか。上司仕込みの探究心実験心いたずら心に火が点きそう。

    「…ふむ。それで運はいただけるのですか?」
    「もちろんだよ!吉兆の神獣だからね。桃タローくんたちが帰ってくるとアレだし部屋変えようか?」
    「お構いなく」

    口吸いとキスは何か違うんだろうか。キスなら経験あるけど口吸いは初めてだ。吸えばいい…のかな…?断られると思っていたらしい白澤様が期待を込めた目でソワソワしている。白澤様のことは嫌いじゃないし唇をくっつけることは問題じゃない。問題は、これは越えてもいい線なのかな。……。うーん、まあいいか。

    「口吸いはしたことないんですがキスと何か違うのですか?」
    「ほとんど一緒だよ。僕が運を込めてあげる」
    「なるほど。わかりました、とっとと終わらせましょう。とびきりの運をお願いしますよ」
    「任せなさいって」

    頬に手を添えて、顔をくいとあげられる。少し開いた糸目と目があったかと思うと、…急に白澤様が視界から消えた。そして爆音。扉の反対側の壁と金棒で挟まれる白澤様。案の定扉には鬼灯サマがいる。なんてタイミングだ。現世では確かこのような登場をヒーロー登場と言ったような…。
    さすがに驚いて瞬きを繰り返していると鬼がずんずん近付いてきてそのまま唇に噛み付かれた。決してキスの比喩とかじゃなくて、文字どおりガブっと…

    「痛っ!」
    「ちょっ僕の店で何してんのさ!ていうか下手だなお前!」

    尖った犬歯が唇に刺さったと思う。痛いし近いし白澤様うるさいし、と思ったら今度は柔らかい感触。目の前には薄く目を開いた鬼の顔。キスされた…? え、え、え?噛み付かれた衝撃でみた幻覚かと思ったけど白澤様が目を見開いて固まってるからどうやら現実らしい。

    「鬼灯の簪似合っていますよ」

    「いやいやさすがにセクハラですよ。大王に裁かれてきてくださいこの酔っぱらいが」
    「私が持つありったけの運をあげましたから早くくじ引きしてきなさい」
    「…ああ、口吸いでしたか」
    「軽いって!!同意もなかったし今のは立派な犯罪だよ!!おいでナマエちゃん僕が守ってあげるから!!烏天狗警察呼ぼう!!」
    「口吸いなら別に構いませんよ。…では私はくじ引きしてきますのでこれで失礼します」
    「いやナマエちゃんこれ置いてかないで!」
    「シロさんが帰ってくるまで私の部下に手を出そうとした罰を下してやる」
    「僕は同意があったから罰なんてくだらないんだけど!?」

    長くなりそうだし遠慮なく帰った。
    …ど、ドキドキした。似合ってると言われた簪を思わず手鏡で見てしまう。囁くような声が頭から離れない。まさか鬼灯サマにキスされるなんて思わなかった。いや、キスじゃなくて口吸い。口吸いだから気にすることはない。うん、口吸い。早くくじ引きして閻魔殿に帰ろう。

    くじ引きの結果は3等の金魚草サプリだった。
    貰う運間違った!





    ▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△




    「鬼灯サマが料理を?ああ、お客様のためですよね。…え?私の分もあるんですか?え…?一体どういう風の吹き回しで…?ええ…?」
    「実質残飯処理係ですよ」
    「やな係ですね」

    なんと鬼灯サマが接待のときに余った食材で手料理を振る舞ってくれるらしい。
    食堂に近づくほどいい出汁の香りに包まれる。この匂いがまさか鬼灯サマの手料理?腹立つけどほんと何でも出来るんだなぁ…。

    「金魚草のフルコースです」
    「残飯処理係って大嘘じゃないですか!」
    「まあ実質ですからね。まずは前菜、金魚草の和物です」

    金魚草の葉と実(?)の和物とみた。匂いをかいでみて迷わず一口食べる。醤油とほんのり香る胡麻油…こ、これは…!

    「美味しい…。こっちは金魚草の味噌汁ですか?」
    「人間の脳味噌仕立ての味噌汁です」
    「脳味噌汁!それは初めて食べますね、名前のえぐさ割にすっごくいい匂い…」

    ズズと飲めば口の中いっぱいに広がる出汁の香り、見知らぬ味、金魚草の食感…。な、なんだこれは…!

    「美味しい…」
    「人間の脳味噌なんてよく飲めますね」
    「いやそれ作った人がいいます!?…ていうか、獄卒してて今更脳味噌なんかなんの抵抗もないですよ。カニ味噌みたいなもんです。むしろ新境地開拓出来て嬉しいです。美味しいですねこれ!ハマりそうです」
    「そうですか。…おや、木霊さん」

    てこてこと坊っちゃん…のようにみえて誰よりも長寿な木霊さんが歩いてきた。木の精を食堂で見かけるなんて珍しいこともあるもんだ。

    「鬼灯様とナマエさん。こんにちは」
    「こんにちは。あれから山神ファミリーはいかがです?」
    「特に代わり映えなしです…。山ガールの流行でイワ姫の機嫌が危うくて危うくて…」
    「山神ファミリー?」

    話によると先日木霊さんの招待で山神のパーティーに参加したらしい。ほんとなんでも首突っ込むよなぁこの人。だからこそどんどん人脈が広がっていくわけだけど…。あ、木霊さんオムライス頼んだのか。

    「ここのオムライス美味しいですよね。私もよく頼むんです。…今日は残飯処理係なんで別ですが」
    「残飯にしてはえらく美味しそうですねぇ。なんていうメニューですか?」
    「金魚草のフルコースです。材料が材料なので私が作りました」
    「鬼灯様が!お上手ですねぇ。おや、このお味噌汁の具はなんですか?金魚草や山菜とはまた違うような…」
    「ヒトの脳味噌です。私初めて食べたんですけど結構イケますよ!新境地開拓です」
    「!!」

    とても驚いた顔の木霊さん。鬼灯と私の手元を交互に見ているような気がする。木の精であるこの方に脳味噌だのなんだのの話はショッキングすぎたのかな。チラと鬼灯サマを盗み見ればめちゃくちゃ不機嫌そうな顔をしていた。鬼…まさに鬼だ…。

    「すみません。脳味噌がどうこうとか食事中に…」
    「い、いやそういうわけではないのです」
    「?ではどうされ、いた!!!!痛い!!!!なんですか鬼灯サマ!」

    後ろから金棒で殴られた。頭はダメでしょ!頭は!ゴウンゴウンと脳内で響き渡っている。ほんと男女問わず容赦ないな。優しいのは動物だけか!

    「味噌汁が冷めるでしょうが!!」
    「でた鬼灯サマのお母さん節!すみません木霊さん先にご飯食べますね!」

    お気になさらず!という木霊さん。今日はどうやら相席してくださらないみたいだ。





    ▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△




    「ですから、大王が仕事しない問題ももう少し理由を探って」
    「いえ、怠慢ですよ。あまりに仕事が溜まるので丸1日観察したことがあります。」
    「その状況下でさぼれる大王すごいですね」

    ある意味さすが大王だなぁとか感心していたら、前を歩いていた獄卒が紙をはらりと一枚落とした。どうやらそれに気付いていないようなので、鬼灯サマに一言断って前の人に駆け寄って声をかけた。

    「ひっ!?ナマエさん!?」
    「え?…これ、落としま、し………」

    まるで鬼灯サマに〆られた方々が鬼灯サマを不意に見つけたときのような、あまりの驚き具合にびっくりしつつ、紙を拾って渡そうとした。までは良かった。拾った紙はただの紙ではない。光画だ。…それも、私の。

    「えっと…これは…」
    「どうしたんです。…ああ、写真ですね」
    「す、す、すいませんでしたァ!」
    「ああ…いえ…お気になさらず…」

    正直驚きのあまり言葉が浮かばない。さっきの驚きっぷりはここから由来していたのかとか、この人謝るのも怯えるのも鬼灯サマみてるのが気になるなとか、そんなことだけを考えてしまう。だってこれじゃまるで…。

    「ナマエさんのこと好きなんですか?」
    「デリカシー!ちょっと!鬼灯サマ!デリカシー!」

    目の前の男性はカッと赤面している。こんな顔肯定しているようなもんじゃないか。ど、どうしよう。そもそも私はこの人が誰かというところから始まるのに。

    「好きです!ナマエさん!付き合ってください!」

    直立姿勢からガバッと頭を下げられた。私まで赤くなってしまう。鬼灯サマがモノ言いたげな目で見ている気がする。が、無視。発言させたら最後面白おかしく引っ掻き回されるに違いない。

    「ありがとうございます。…付き合うとかはまだ考えられないので、お友だち…?からでお願いします…」
    「……」
    「ありがとうございます!」
    「その写真は盗撮ですね。烏天狗警察に通報されたくなければ差し出しなさい」
    「あ、確かに…」
    「ひぃ!すみません!」

    光画をなぜか鬼灯サマに差し出し、私をしかと見つめたあと、では!と言い残し走り去って行った。…光画じゃなくて写真か。

    「そういえば今日鳳凰の具体的占いで、廊下で物を拾ってもらった獄卒は恋愛運大吉でしたよ」
    「すっごい具体的…」
    「…まだ考えられないとはどういうことですか?」
    「私人の顔あんまり覚えられなくて…今の人も私からしたら初対面なんですよね。それはさすがに…」
    「なるほど」
    「好きになった人が好きなタイプなんで、多分付き合ったらそれなりに幸せだとは思うんですけど…」

    あ、上司相手に何言ってるんだ。ハッと口を噤んで鬼灯サマの返事を待つ。

    「…彼がナマエさんを好きというのは前からわかってましたよ」
    「え!じゃあなんでさっききいたんですか!」
    「好奇心とおせっかいです」
    「本当に余計だな!」

    確かに鬼灯サマがいるとよくも悪くも話が進む。こういうことか。頭を抱えつつ鬼灯サマと別れ職務にとりかかった。

    「…あ、写真返してもらってないや」

    まあ鬼灯サマも処分するでしょ。





    ▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△




    「鬼灯サマ…。なんですかそのクマは…」

    少し遊びたくて2日連休をいただいた。現世で各地の動物園と水族館をまわりリフレッシュした私とは対照的に、鬼灯サマの目の下には闇のようなクマが拵えられていた。連休前から鬼灯サマは連徹をしていた気がする。まさかこの2日間も徹夜を…?何をしてるんだ。手土産を渡せば素直に受け取った。

    「少し計画がありまして。その準備のために奔走していたらこのザマですよ」
    「はー…いやさすがに寝たほうが…私も手伝います。なんの計画たててるんですか?」
    「私に補佐官をつけようと思いまして。相手方の賛成も得られたので、制度変更や就任式などの手配を…」
    「え!補佐官!閻魔大王第一補佐官補佐ですか!その方の名刺は随分面白いことになりそうですが…。第二〜五補佐官の方が実質鬼灯サマの補佐官ではないのですか?」
    「確かにそうなんですが、名目上は閻魔大王の補佐官ですので主な仕事内容が実際の裁判の補助なんですよ」

    確かに裁判補佐が鬼灯サマの代理を務める光景はちらほら見かける。

    「それに官職になるために補佐官になる方が多くて任期が短いのです」
    「つまり?」
    「やっと仕事を覚えてから昇格や異動でとっとと辞められては話にならない」
    「確かにそうですね…」

    そういえばここに来るまでにビラを見た気がする。補佐官就任式。確か今日執り行われる。誰の補佐だろうと思いつつ、遅刻しそうでちゃんと見てなかった。そうか、鬼灯サマの補佐か。確かに必要だ。そしたらこの鬼神ももっとちゃんと寝れるに違いない。

    「誰を補佐につけるんです?」
    「あなたです」
    「…え?……?私?ですか?」
    「ナマエさんを補佐につけます」
    「え、嫌ですよ…?っていうか相手方の賛成って私賛成なんか…。…ま、まさか!」

    そういえば連休中に鬼灯サマから携帯型電話機に電子郵便が届いた。『頼みたいことがあるのですがよろしいですか』と。普段なら嫌な予感がして断る(まではいかなくともせめて内容をきく)はずだったが、如何せんその時の私は目の前にジャイアントパンダの赤ちゃんがいた。
    生後3ヶ月。まだ木にも登れない。よちよち歩きしか出来ないジャイアントパンダを目の前にして、こんな愛らしい生き物を見れない鬼灯サマが少し哀れに思ったのだ。そして少しの優越感。哀れな罪人にまるで慈悲を垂れるように、二つ返事で了承してしまった。

    「頼みたいことがまさかこれ…!?」
    「はい」
    「あんな頼み方あります!?あんな、まるでおつかいでも頼むような!」
    「実質仕事はそんなもんですよ」
    「雑用係が約束されている…………」

    話している間にも獄卒が来て書類の受け渡しや指示などをしている。お香さんが優雅に入ってきた。しかし私の抗議は止まらない。止まるわけがない。

    「補佐なんてやりませんよ!」
    「あら、ナマエちゃん久しぶりねぇ」
    「久しぶりです!すみません!今取り込み中です!」
    「就任式ではここに押印していただきます」
    「ちょっと待ってくださいよ!絶対仕事増えまくるじゃないですか!絶対に嫌です!」
    「今日の18時から就任式を行います」
    「聞いてます?鬼灯サマ聞こえますか?絶対に嫌なんですけど!」
    「今さら拒否権があるとお思いですか」

    目には濃いクマ。片手に金棒。背後に謎のオーラ。こ、こいつ、断らせる気がない!一切ない!内容を察したお香さんが苦笑いをしている。
    プシューと空気が抜けるように肩を落とし諦めた私に鬼神が声をかける。

    「側にいればいいでしょう」
    「ヒエッ…(専属の奴隷を作る気だ…)」
    「逃しませんよ」
    「(今すぐにでも逃げ出さなきゃ…)」

    お香さんが『聞いてしまったワ』的な顔をしているのを見て、語弊をうみかねない表現であることに気付いた。なんてこと言うんだこの鬼神は!そうか!徹夜か!

    「お邪魔しちゃったみたいね、お話はあとでさせていただくわ」
    「ちが、違うんです!これただのスカウトなんで!」
    「どっちかっていうと強制立ち退き申請ですが」
    「わかりましたよ!もう、やればいいんでしょやれば!…お給料あげてくださいね…」
    「それなりに」

    就任式では沢山の拍手と鬼灯サマの負担軽減に喜びの声、そして嫉妬の声が湧き上がった。執務室に帰る道すがらかけられる声も多くは『就任おめでとうございます』と『ご愁傷様』の二種類だった。

    後日就任式の写真を小判さんが見せてくれた。そこには泣きそうな顔の私が写っていた。





    ▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△






    「女性の皆さん、この際ハッキリ堂々とこの場で告白してしまいましょう」

    急に閻魔殿に集められたと思ったら、また鬼灯サマが変なこと言い始めた。女性獄卒のドン引きした表情がなんとも面白い。そりゃ言えるわけがない。何やら理屈付きで説明しているけど、直接口になんて出来ないような想いをそっと伝えるのがイベントなわけで。カカオ豆でぶつけるとか何を考えているんだ。…とは思うものの面白い。亡者にぶつけるのもいいけど正直恋路を見守りたい。

    「これはお祭りです。始め!」

    ワイワイとカカオ豆が飛び交う。鬼が豆を投げるこの光景を前世の人が見たら結構絶望するのではないだろうか。唯一の(有名処の)武器が効かない光景。
    そんなことはどうでもいい。甘酸っぱさを求めて様子を伺っていると、やけにチラチラと一点を見つめる女性獄卒が多いことに気が付いた。ああ、そうか。この人たちは鬼灯サマに渡したいんだ。でもあの鬼神に豆をぶつけるなんて怖くて出来ないんだろう。ましてやあんな高い位置にいられては。…ふむ。これはストレス発散のいい機会かもしれない。大きく振りかぶって勢いよく豆を投げた。死角から飛んできているはずの豆を当たり前に避けた鬼灯サマと目があった。

    「鬼灯サマ!そんな高いところにいちゃ狡いでしょうよ!鬼灯サマも愛を受け取ってくださいよ」
    「これはこれは」

    閻魔様の席からカカオ豆が飛び交う中に降りてきた。女性獄卒が色めき立つ。思わず口角があがってしまう。あの、あの鬼灯サマに物を投げつける理由が出来た!幸いカカオの実をいくつか持っている。周りを見渡してみると、やっぱり誰もカカオを投げられないままだ。そりゃそうだ。このドS鬼神に豆をぶつけるなんて頭がおかしいとしか思えない。しかし!今日は本人主催の地獄版バレンタイン。顔がボコボコになるまで顔にカカオをのめり込ませてやろうと一粒スコン!と投げれば、金棒で撃ち返されて顔の真横をカカオがかすめていった。え?なんかちがくない?…望むところですよ。

    「そこの!金棒を借りますよ!」
    「!?ナマエ様!?アッどうぞ!」

    近くにいた獄卒から金棒を奪い取りもう一度鬼灯サマにカカオを投げつける。またもや撃ち返されたので、それをさらに撃ち返す。そしてまたもや撃ち返されて、それをさらに……。

    「あ…あの二人は何をしてるんだ…?」
    「バトミントンだな。女性陣が引いてら」
    「男も引いてるな」

    目にも止まらぬ速さで撃ち返されてくるカカオはもはや私の動体視力では間に合わない。目線の動きと勘と、恥をかかせたい一心で必死に打ち返す。カカオってなんだっけ。バレンタインってなんだっけ。これでは羽根突きではなかろうか。そして金棒は羽根突きに向いていない。腕がちぎれそうだ。顔面ど真ん中を狙って飛んできたカカオを防ぐため、金棒で受けたらカカオが粉々に弾け飛んだ。カカオの破片が目の前で勢いよく飛び散りぎゅっと目を閉じた瞬間鬼神が目の前にやって来ていた。鬼神は私の両頬を潰すかのように片手で握り鬼神の方を向かせる。痛い痛い痛い!

    「なんですかね鬼灯サマ」
    「敗者の表情をじっくり見ておこうと」
    「このイベントに勝敗なんか無いんですが???というかカカオ豆を打ち返すってどういうことですか?愛を受け取ってくださいよ愛を」
    「お気持ちだけで充分ですのでカカオ豆は返しました」
    「いやイベント全否定か!」

    そう言わずに!と豆を掴んで鬼灯サマの顔に叩きつける。…もちろん上手くいくはずがなく、手首を掴まれてしまう。そしてそのまま手首を動かして豆を私の口元に持ってくる。

    「ほら私からも愛をあげますよ」
    「いーらーなーいーです!嫌だ嫌だ絶対苦い!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤーー!!!」
    「そう遠慮せずに」 

    両手両足をジタバタと動かして駄々をこねる子どものようにカカオ豆からの逃避を図るものの、鬼神相手に逃避など上手くいくはずもなく無情にも口はカカオ豆でいっぱいになっていく。
    げぇ、苦い。
    なにこれ本当に食べ物?こんな経緯でも一度口にした食べ物を『ただ口に合わないから』と吐き出すのは私の信念に反するので、殺してやると言わんばかりに睨みながら飲み込んだ。ちょっと涙も出ている気がする。畜生。飲み込んでも苦い。次から次へ涎が出てくる。やっぱりロクな目に遭わない。なんだよ大人しく投げ付けられてくれよ、そういう日なんでしょ。痛めつけさせてくれ。
    殺意に満ちた私をしかと見つめたあと、満足そうに深く頷き閻魔様の席へ戻っていった。嗚呼悔しい。絶対にいつか仕返してやる。

    「思った以上に凄い光景」

    ゆかいゆかい、と手を叩く鬼灯サマにもうカカオを投げる人はもういない。口直しがしたい。フラフラと食堂へ向かう道すがら、見慣れぬ女神様を発見した。あれは岩長姫。確か鬼灯サマに想いを寄せていたはず。まさかチョコを渡すのか?鬼灯サマとならうまくいくのかもしれない。イワ姫には幸せになってほしい。…幸せになってほしいことを思うと、あの鬼神はオススメ出来ないな…。まあいいや、なんでも。私はもう水を探し彷徨う亡霊になる。くそったれが。いつか復讐してやる。





    ▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△






    公認雑用係の私は部屋の掃除をするからと鬼灯サマの自室へと招かれていた。確かに汚いし掃除したほうがいい。なんでこんなプライベートなところまで、と思いつつも黙々と指示された書類を縛っていると鬼灯サマの書類積みスピードに私の縛りスピードが勝てず足元が埋まっていった。やむを得ず鬼灯サマの寝具に乗ってまた黙々と作業を進める。するとギシ、と寝具を軋ませて鬼灯サマが目の前に来た。手伝ってくれるのかと思いきや突然手のひらを目元に当てられて前が見えなくなってしまった。真っ暗な視界の中、もう一方の手で襟を下げられた気配がする。なに、なんなの!?抵抗するよりも早く首筋に噛みつかれた。視界はまだ暗いまま。

    「痛っ…!な、なにしてるんですか!?」
    「わかるでしょう」

    返事のために口を離したかと思えばもう一度噛みつきなおされる。今度は噛み跡をまるで咀嚼するように歯で弄ばれる。痛い。ひたすら痛い。そして怖い。胸板を両手で力任せに押せば逃さないと言わんばかりに強く抱きしめられる。噛む力も鋭くなった。とにかく痛い。何度も何度も咀嚼されて波のように痛みが押し寄せてくる。

    「…この…絶対に…絶対に仕返ししてやる…許さない…!」
    「ほう」

    あまりの痛みにボロボロと涙が流れているのも気にせず睨みつける。首筋から離れたかと思ったら、こ、こいつ…なんて楽しそうな顔してやがる!絶対に許さない!

    「どう仕返ししてくれるんです?」
    「どうって…えっと…同じことやってやりますよ!」

    はらりと襟元をめくり、うわあめくりすぎて肩が見えてしまった…!す、すごい筋肉してる…!確かにあんな金棒持ってたらそりゃそうか…いやいや、そんなことどうだっていい。襟元を少しだけ戻し肩から目を離し首筋に一息にかぶりついた。…のに、ほんの少しも呼吸が乱れていない。息を呑むくらいしても良さそうなものなのに。

    「ナマエさん」
    「は、はい」
    「結構痛くしたつもりでしたが大したことなかったんですね。もっと痛くしてあげますよ」
    「ええ!嫌だ…!」

    さらにし返そうとしてくる首筋にもう一度、今度はさっきよりも強く噛み付いた。さすがに痛かったのかほんの一瞬だけ息が止まった。もっと痛がれ、苦しめ。私が味わった困惑をくらえ。

    「……ナマエ」
    「はい、………え?」
    「あなたは本当に調教のしがいがありますね」
    「そんな馬みたいな言い方」

    腕をぐいと引っ張られ、私がまるでこの鬼を壁に押しつけているような形になった。何がしたいのかはわからないけどとにかく相手の動きを止めるのには良い体勢だ。未だジンジンと痛みを持ち続ける、それどころか熱を持ってきた首筋の恨みをこめてもう一度噛みついた。歯でグリグリと挟めば、鬼神の身体が少し震えた。

    「これは飼い主に噛み付いた罰ですよ」
    「こんどは犬みたいな言い方!ていうか罰下してるのはどっちかっていうと私…」
    「鬼灯様ー!!!」
    「えっ!?」

    バタン、と戸を開けてシロくんが入ってきた。固まるシロくんと私。私の下にいる鬼だけが涼しい顔をしている。いつの間にやら私の背には鬼の腕がまわされていて、シロくんからとても見えやすい位置で頭を撫でられている。
    私は動揺のあまりその手を振り払うことすらできない。
    この体勢は、どこからどうみても私がこの冷徹な鬼に迫っているようにしか見えない。首筋に顔を埋めていたのも見られただろう、ああ、完全に勘違いされてしまった。

    助けて鬼灯サマ、この誤解をといてください。

    「シロさん」
    「ひ、ヒイッ…!は、はい!ごめんなさい!」
    「ノックはしましょうね」
    「え…?怒らないの?」
    「え?そこ?いやもっとありますよね?」

    他言無用なやましいことでもしてたんですか?耳元で囁かれる。そんなつもりはなかった、微塵もなかったけど、こんな体勢しょうがないでしょ!…と言いたいけど、もう私の心は限界で恥ずかしさのあまり声も出ない。

    「二人の仲のこと誰にも言わないから!もう行くね!」
    「お待ちなさい」

    そうそう、ちゃんと引き止めて堅く堅く口止めをしてください。

    「別に隠しちゃいないですよ」
    「えええ!?」
    「そうなの!?おれ全然知らなかった!」

    お幸せにー!あ、閻魔様が呼んでたよ!なんて言いながらシロくんが走っていく。残された私はただ呆然と見つめることしか出来ない。

    「なぜ口止めをしなかったのですか」
    「上司と部下は隠すような仲ですか?」
    「ちがっ違いますけど!そうじゃなくて!…まさか!これが罰…!?」

    何も返事は来ないけどものすごく楽しそうな雰囲気なのできっと正解なんだと思う。な、なんてやつだ。自分にも被害がくるというのに。もしもシロくんが誰かに話してしまえば、そしてその誰かがさらに誰かに話してしまえば、きっとどんどん誤解が広がっていくというのに。

    「ていうかいつまで撫でてるんですか!張っ倒しますよ」
    「威勢がいいですね」






    ▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△






    「あれ?鬼灯くんがケガしたの?珍しいね」
    「…あぁ、これですか」

    私の噛み跡に手を充てがう鬼灯サマ。え?なんで隠してないの?赤い襦袢からは紫色の噛み跡が見えていた。私はあれよりずっと広範囲が紫色になっていて白粉でも隠しきれず、今日はやむを得ず現世で買った絆創膏を首筋に貼って出勤した。…ていうか察してくださいよ大王。

    「飼い犬に噛まれまして」
    「犬に!?シロくん!?」
    「シロおまえ!?」
    「えっオレ!?オレじゃないよ!ナマエさんだよ!オレ見たもん!」
    「えっ!?………………あっ」

    この場の視線が私の絆創膏に集中したのを感じる。目視した途端に全員が焦って目を背けた。その中で閻魔大王だけが嬉しそうにニコニコしている。シロくんは屈託ない笑顔でぶんぶんと尻尾を振っている。そ、そうか、隠してないって言われたから…。

    「ついに付き合いだしたんだね!?」
    「違いますよ!違いますから!これは転んだときの怪我です!てかついにってなんですか!?」
    「転んで首筋を怪我したんですか?随分無理がありますねぇ」
    「ぐっ……、か、階段で…その…転んだ先がちょうど柱で…あ…頭をぶつけなくてよかったァ…」

    もうダメだ。この状況で誰が私の言うことを信じるだろうか。否、誰も信じるはずはない。二人の首筋の痕という物理的証拠とシロくんみたいな嘘付かないタイプの第三者の証言があって、誰がこの関係を疑うだろうか。この場にいるのは桃太郎トリオと、閻魔様と、鬼灯サマ。そして…入れ代わり立ち代わり出入りする獄卒。ああもうだめだ。一週間後には地獄中に面白おかしく広まって好奇と嫉妬の目で見られるんだ。絶望に打ちひしがれる私の気持ちなど露知らず、閻魔殿は大王を中心に妙に祝福ムードだ。意味がわからない。鬼灯サマは何がしたいんだ。キッと睨みつけるも相変わらず兎のような無表情。何も読み取ることができない。なんと腹立たしい。

    「いつから付き合いだしたの?ワシにも教えてよ」
    「いつからも何も、付き合ってませんよ!」
    「だそうです」
    「隠さなくていいのに。ワシはずっと二人に付き合ってほしいなって思ってたんだ」

    ニコニコする閻魔様にはもう何を言っても無駄なことがわかる。全身全霊絶望する私をよそに、やはり顔色一つ変わらない偽物の恋人が口を開いた。

    「さて裁判を始めますよ」




    おまけ


    地獄の頂点に君臨する鬼神の色恋沙汰。そんな面白い話が広まるのに一週間も必要なかった。私も当事者でさえなければ面白がって囃し立てていたことだろう。もう怖くて衆合花街なんか近寄れないし、女獄卒と目も合わせられない。
    …というのは三日目までの私。好奇と嫉妬の目と噂の否定に疲れ果て、開き直り始めたのが今の私だ。私が何をした?鬼灯サマに噛まれただけ。…だけって言い方も変だけど。私からは何もしていない……こともないか。噛み付いた。でも、それだけだ。恋愛感情なんかお互い欠片もない。
    最初は難しかったものの、尾ひれが付いて膨らみきった噂を否定するのは簡単だった。

    「付き合いだしたんですか?」
    「付き合っていません」
    「裁判中にキスしてたって本当ですか!?」
    「あの鬼灯サマがそんなことするわけないですよね…」
    「裁判が終わるや否やどこかへシケこんで行くとか」
    「どこへも行かないですよ…。閻魔殿勤務の獄卒にでも聞いてください」

    あまりにも突拍子もない話へ変化した噂は冷静に否定するだけで皆それもそうか、と納得してくれる。人の噂も七十五日。どうかこのまま、

    「"どうかこのまま七十五日を乗り切れないかなぁ"」
    「ヒッ!?鬼灯サマ!?……人の考え読むのを止めてもらえませんか?」
    「あまりにもわかりやすい顔してたので…それより、丁寧な全否定お疲れ様です」
    「鬼灯サマもちゃんと否定してくれればもっと楽なんですけどね」

    ちなみに鬼灯サマの答えはこうだ。
    『想像にお任せします』
    現世の芸能事務所みたいな回答をするな!

    「二月も経って噂が落ち着いた頃に人前でキスでもしてやればどうなるのだろうと考えています」
    「殺されたいとみえる」
    「望むところですよ」
    「いや、頼むから勘弁してください」


    おわり
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    Replies from the creator

    Arasawa

    DOODLE「口移ししないと出られない部屋」に五条と七海と夢主の3人が入っちゃった話。
    五夢かつ七夢です。なんでも許せる方向け。

    青と辛酸、イベント開催ありがとうございました!🥰
    口移ししないと出られない部屋さっきまで確かに高専の待機室でソファに座ってのんびりくつろいでいたはずなのに、まばたきをした瞬間なぜか真っ白な部屋に五条と七海と私の三人で集合していた。明らかにおかしい。袖のボタンを外してクルクルと捲り臨戦態勢を取った。五条は真っ黒な帯のような目隠しをつけていて、七海はいつものスーツ姿だから各々仕事中だったんだと思う。意味がわからなくて動揺する私を余所に、同期である五条と一歳下の七海は「あーはいはい、そういうことね」とか「何故五条さんまで……」とか各々状況を理解しているらしい。
    少し遅れてキョロキョロと部屋を見渡すと、でかでかと『口移ししないと出られない部屋』と書かれていた。確かに部屋の真ん中には見慣れたミネラルウォーターのペットボトルが数本置かれている。なにがどう「あーはいはいそういうこと」なのか教えてほしい。出来れば五条と七海で事を済ませてほしい。こちとら男性と唇をくっつけたことすらないのだ。口移しだとわかっていてもなるべくこんなことはしたくない。いつか現れる好きな人との本番のために。
    8000

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