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    hot_sprin9

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    hot_sprin9

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    体調悪いのに気付けなくてVIPルームで寝落ちするジェの話
    アズとフロが面倒を見ていますがカプは特に考えてないです

    うたた寝 放課後部屋に戻って初めて自覚した眠気と怠さ。うっかりベッドに倒れ込めば、夕食を食べ損ねてしまうほどに眠りこけてしまいそうだった。特に無理をした覚えはないのだが、はて。記憶を遡ってもやはり心当たりはない。そういう日もあるだろう。兄弟ほど顕著ではないが、ジェイドにだって何となく調子の悪い日というものは存在する。納得して、ジェイドはこれからの予定に思考を移した。今日はラウンジの仕事を進めておきたかったのだがこのままではあまり捗りそうにない。少しだけ考えて、ジェイドはVIPルームへ行くことに決めた。あそこにはアズールがいる。人の気配があれば幾分か気を張っていられるだろう。
     VIPルームの扉を開けると想像通りアズールが奥の机でペンを走らせていた。ジェイドがここで仕事をしたいと告げるとすんなりと了承の返事が返ってくる。ジェイドがVIPルームにいるのは特に不思議なことではない。ラウンジの仕事をしたいというならなおさらだ。アズールにしても断る理由はないという訳である。
     ソファに腰掛けてテーブルに資料を広げる。ペンを握って紙と向かい合う。ソファもテーブルもジェイドにとってはいささか小さい。自然と背は丸まって前屈みになる。そうして首も丸まるからだろうか。頭の血の巡りが滞ったような感覚がして思考が鈍る。瞼もだんだん重くなっていく。目を開けていられない。
     ……少しだけこのまま休んでみようか。大丈夫。まだ意識ははっきり残っている。少しだけ。少しだけ。

    ***

     ほんの少し前にやってきた幼馴染が俯いたまま動かない。何か考え込んでいるのだと思いたいが、十中八九あれは寝ている。テーブルに向かって早々に船を漕いるのが視界の端に映っていたし、呼びかけても何の返事もない。頭から落ちた帽子はひっくり返って紫のスベリが丸見えだ。ペンも離さずに眠りこけて、手元の紙にはミズクラゲの触手のような線がのたうっているのではなかろうか。
     多少の仮眠は作業効率を上げるという。けれどあの様子ではそんな殊勝な考えは無さそうだ。眠たかったのなら一度部屋で寝てから来ればいいものを。一体何がしたかったんだ。
     何にせよ、これではいつ訪れてくるか知れない他の従業員に示しがつかない。起きて仕事を続けるか部屋に帰って寝るか決めてもらおう。ため息を一つ吐くとアズールは立ち上がった。
     俯いているジェイドの側に立ち指先でテーブルをコツコツと叩く。

    「ジェイド、こんな所で居眠りだなんていい度胸ですね。寝るなら部屋に戻りなさい」

     声をかけてもジェイドは微動だにしない。先程よりも大きなため息が漏れる。ならば今度は肩を揺すって耳元で呼んでやろうと腰を屈めてふと気付く。下を向いているせいでよく見える首筋が妙に赤い。
     嫌な予感がする。眉間に皺が寄るのを抑えきれない。手袋を外して躊躇いがちにジェイドの額に触れる。アズールの願いに反して平熱とは言い難い熱がじんわりと手のひらに伝わってきた。それなりに冷たさを感じているはずだがジェイドの目は閉ざされたままだ。この短時間で余程深く眠ってしまったらしい。
     引っ込めた手で眉間を抑える。深く息を吸って止め、細く吐く。
     本当にこの男は何をしに来たんだ。具合が悪いのに気付いて労わって欲しいだなんてお可愛らしい性格などしていないはずだ。まさか今まで自分の不調に全く気付いていなかったとでも言うのか。だとしたら稚魚そのものだ。とても同い年の同級生とは思えない。
     けれども。陸の上、変身薬を使った体で発熱しているのを見過ごせるほど浅い仲でもなし。それにアズールはオクタヴィネル寮の寮長なのだ。慈悲の精神を見せてやろうと肩にかけたコートへ手を伸ばした。

    ***

     どこかから話し声が聞こえる。泡にでも包まれたように音が遠く聞こえて、何を言っているのかは聞き取れない。

    「……かく一度……」
    「でも……全然……ねえじゃん……」

     眠れない。静かにして欲しい。聞こえてくる音から逃げたくて、都合よく手に触れていたつるりとした布を引き寄せる。そうして身じろいでようやく自分が横たわっていることに気が付いた。
     なぜ? 眠った記憶はない。覚えているのは目を閉じてほんの少し休憩しようと思ったところまでだ。あのまま寝てしまったのだろうか。信じられない。けれど、体の凹凸に沿って沈む心地よい弾力は間違いなくラウンジのソファのものだ。それ以外にこの状況を説明できない。
     恐る恐る目を開くと視界は最後の記憶よりずっと低く、テーブルの天板の裏側が見えた。何となく想像はついていたが、体にかけられた布はアズールのコートだ。そして頭上から今も聞こえてくる話し声は考えるまでもなくフロイドとアズールのもの。
     ああ、やってしまった。アズールだけでなくフロイドにも見られてしまうなんて。一体なんと言ってからかわれるか分かったものではない。別にそれを気にして落ち込むような質でもないが、何より今は眠い。二人の相手をするのはいささか面倒だ。いっそ夢なら良かったのに。起きたのに気付かれる前に二度寝でもしてしまおうか。

    「あ、ジェイド起きてんじゃん。具合どお?」
    「ようやくお目覚めですか。ああ、横になったままで結構ですよ」

     目敏くジェイドが目覚めたことに気付いた二人がソファの前に膝を折る。起き上がろうとしたのを制されてジェイドは再びソファに頭を預けた。頬に触れたソファの材質と異なるふわふわした感触に違和感を覚えて目をやれば、敷かれていたのは水色の何かであった。それが折り畳まれた寮服のストールであると思い至った矢先、額に冷たいものが触れてジェイドは体を強ばらせる。
     フロイドの手が伸びてジェイドの額を覆っていた。

    「あーあ、やっぱまだ熱いね」
    「あつ、い...... あの、僕もしかして……」
    「ええ。お前、熱を出してこのVIPルームで眠りこけていたんですよ。全く具合が悪いならきちんと自分の部屋で休むように。僕を巻き込むんじゃない」

     アズールが分かりやすく顔を顰めてみせる。事実仕事を中断させられて苛立ってはいるのだろう。謝罪を口にすれば次は叩き起こすと返事が返ってきた。
     稚魚のようだとけたけた笑いながらジェイドの頭を撫でていたフロイドの手が髪を払ってするりと耳へ滑る。そのまま軟骨の柔らかさを確かめるように耳を摘まれてジェイドは首を竦めた。

    「耳は戻ってないね。水かきも出てきてないし。エラは? 苦しくない?」

     言われて持ち上げた手のひらを広げれば、人間の肌色をした手が視界に映る。意識して肺を膨らませてみるも違和感はない。

    「エラも問題無いようです。大丈夫ですよ」
    「変身薬の効果に異常はないようですね。おそらく大したことはないのでしょうが、一応保健室には行くように。フロイド、付き添いは任せましたよ」
    「えー今からあんな所まで行くのかよ。いーじゃん部屋で寝てれば」
    「諦めなさい。陸に上がった人魚の宿命です。もたもたしていると保健室が閉まってしまいますよ」

     不満そうにアズールを見上げるフロイドの頭を撫でる。普段に比べれば腕は重いが、動けないことはなさそうだ。

    「大丈夫ですよ。保健室までなら一人で行けますから」
    「おねむの稚魚ちゃんは静かにしてて。廊下でおねんねされても困るんだから部屋だろうと保健室だろうとオレと一緒に行くの」
    「行くのは保健室ですよ。ほらさっさと行って早くジェイドを部屋で休ませてやれ」
    「はいはい。行くよジェイド。歩ける?」
    「ええ」

     そう言って起き上がり、しゅるりと肩から滑り落ちたコートをアズールに返したものの、ソファから腰を浮かせた途端に目の前が暗くなる。ほとんど尻餅をつくようにソファに座り直すと肩を掴まれ座面に体を倒された。手の大きさからしておそらくフロイドだろう。

    「ちょっと、大丈夫ですか」
    「ええ、おそらく、急に起き上がったから、かと……」
    「じゃあそんなすぐ起き上がろうとすんなって。急がなくたって今更誰も文句なんて言わねーよ」

     なだめるようにポンポンと肩を叩かれて大人しく横になる。何度か瞬きを繰り返していると次第に視界が戻ってきた。手をついて体を起こし座位に移る。水から上がったときのように体が地面に押し付けられる感覚がするが倒れ込むには至らない。不快な重力が去ってからフロイドの手を借りて立ち上がれば二本の足は確かに自重を支えてくれた。
     背筋を這い登る寒気に体がぶるりと震える。アズールが返したばかりのコートに手をかけた。

    「これ、羽織っていきますか?」
    「気持ちはありがたいのですが、目立ってしまう方が厄介ですから」

     不意に肩に何が触れて視線を向けると枕にされていたはずのストールがかけられていた。細長い布一枚ではあるが無いよりマシだ。ストールとともに目に映ったのは垂れ下がったボウタイと寛げられたシャツのボタン。これでもまだ文句の割に甲斐甲斐しく世話を焼かれたのだと分からないようでは到底副寮長の仕事は務まらない。
     どうにも決まりが悪くなってシャツのボタンを閉めながらフロイドに話しかけた。

    「ありがとうございますフロイド。普段は気にしていませんでしたが、意外と温かいですね」
    「ならよかったけど……。今くらいそんなきっちりしたカッコーしなくてもよくね?」
    「僕が寮服を着崩しているのは不自然でしょう?」

     ボウタイを結び直して手袋を嵌める。次に手を伸ばした帽子は白い手に先を越されて頭の上に乗せられた。顔をあげればレンズの奥のスカイブルーと視線が合う。

    「診察を受けたら大事なくても僕に報告するように。いいですね」
    「アズール超ジェイドのこと心配してんじゃん」
    「寮生のことを把握するのは寮長として当然の務めです」
    「ご迷惑をおかけしてしまいましたね。……ありがとうございますアズール」
    「気にすることはありませんよ。次の企画書、期待していますから」

     意地悪く口元を片側だけ吊り上げてアズールが笑う。とっておきの紅茶一杯でなんとか済ませられないかというジェイドの企みは脆くも崩れ去った。
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