してしまってから、フリスクは呆然としていた。サンズが面食らうのはわかる。けれどこの場合は、
「お前な、自分からしておいて…」
「いやっ、ごめん、そ、そうだよね」
フリスクは思わず自身の口元を手で覆う。全く制御をしようとする気すら起きなかった。全ては一瞬の出来事だったのだ。
サンズが「水も飲めよ」と言い、フリスクの手からまだ空になっていないグラスを取り上げただけだ。さっきからペースが早いと度々注意されていて、いい加減見かねてといった様子だった。
側から見れば危なっかしい飲み方に違いないのに、その瞬間フリスクの中に弾けたのはちょっとした反発心だった。
サンズを驚かせてやりたいと思ったとたん、気がついたらサンズの硬い頰に指を添わせ、いつもニンマリと笑うその歯列に唇を触れさせていた。
目の前のテーブルには先ほどスーパーで買ったクラッカーがある。雑に切られたハーブ入りのチーズと、デリカコーナーで目について適当にカゴに入れたピザ、値段なりの味のワイン。ワインの前はベリー系の果物のリキュールを炭酸で割って飲んでいたはず。
今は何杯目だったか?理由を求めるようにこちらを見るサンズの視線から逃げるように、思考があちこちを飛び回る。
「あの、好きで…ごめん、ほんとに、サンズのことずっと前から」
結局なんの言い訳もできず、酔いの回った口が勝手にキスの理由を打ち明けた。
「………は?」
自分で言ったことに自分で慌てて挙動不審になるフリスクを余所に、一拍黙ったサンズが呆れた顔でローテーブルに頬杖をついた。
「アンタもしかして酔うといつもそうなのか?」
「ち、違う!」
勢いで言ったとはいえ、誰にでもこうだと思われるのは不本意だ。酔っているのは確かで、フリスクは誰にともなく観念した。認めよう。でも気持ちは嘘ではない。
「…サンズが、好きなんだ」
走り出した鼓動に押されるようにサンズの眼窩の中の白い光をじっと見つめる。
サンズはフリスクの視線の意味などとっくにお見通しだろうに、易々とそれを受け止めて見返してきた。
「アンタこんっくらいのチビの時もそうやって口説きに来てたな」
フリスクの身長がサンズよりも小さかった頃のことだ。フリスクの初恋だった。
手を変え品を変え何度も告白して、全て「ガキンチョは趣味じゃない」と見事にフラれたのだが。
何度も諦めて、何度も自分の立ち位置を確認して。色んな人間やモンスターと出会っても、ずっとずっと心の奥の真ん中のところで解けない結晶のように残っていた気持ちだった。
「トリィとはまた別方向でタチが悪い」
苦笑されて、フリスクは小さくないショックを受けた。
信じていない。それどころか呆れている。
しかも普段意識しないようにしないようにと思考の隅に追いやっている、トリエルとの仲の良さをアピールされたような気すらした。
被害妄想だと普段の自分ならば切り替えられるはずのそれを、アルコールに浸った頭は看過できず。
フリスクは一瞬の隙をついてサンズの手の中にあったグラスを奪い返し、そのまま中身を一気に飲み干した。
「あっ、こらフリスク」
苦い。冷えていればまだマシだったワインの味は、ぬるくなって刺々しく舌を刺す。
子供を叱るような表情をしたサンズの顔を両手で挟み、ぶつけるようにまたキスを押し付けた。
本当は噛みついてやりたいけれど、それは叶わない。精一杯の愛おしさを乗せて繰り返す。
骨の手に肩を掴まれた。そのまま引き離されてしまうことが直感で分かったので、意地になって腕を伸ばし、サンズの頭を抱えた。
困らせている。きっと呆れた。
それどころか、眼中に無い相手からこんなことをされて、不快に感じているに違いない。
好きだから、大切だからこそ、相手の気持ちも尊重すべきだと頭の中で警鐘が鳴り響いている。指が震え手が震え、肩が強張って戦慄く。
それでも離れてしまえばサンズの言葉を聞かなければならなくなるとなれば、口を開かせないようにキスを続けるしかなかった。
肩を掴んでいたサンズの手が、背中を滑り腰を引き寄せられる。
ただただぶつけるような乱暴なフリスクの口付けを正すように、顔を傾けて、ゆっくりと唇を喰まれた。
驚いて思わず引きそうになった身体がゆったりと床に横たえられ、フリスクは天井の照明で逆光になったサンズの顔を見上げることになった。
「泣くなって。オイラ、アンタに泣かれると弱いんだ」
ミトンの手が優しく頰を撫でる。言われて初めて、視界の歪みに気づいた。
最低な悪酔いだ。なのに夢のように甘い。頰を繰り返し撫でる手が心地よくてたまらない。
思わずうっとりと顔を擦り寄せると、こつりと額に硬い感触があった。体温のないスケルトンのひんやりと優しいキスに、フリスクは思わず目を瞬いた。
「なに?オイラからはしちゃダメなの?」
にやりと笑ったサンズが続けてフリスクの眦に口をつける。泣いて熱を持った肌を慰めるような冷たさに心臓が破れそうに激しく内側から胸を叩き、喉の奥がきゅうと締まるように痛んで息が細くなった。
「こっちの気も知らないで、いっつも剥き出しだなアンタ」
サンズはあまり見たことのない表情をしているとフリスクは思った。
ミトンに包まれた骨の左手、その細く硬い感触がフリスクの唇をなぞって、
いつも表情が読めないサンズが、本当の望みがわからないサンズが、今この時フリスクにキスをしたいと思っているのが分かった。
「サンズ、好きだよ」
「……へへ」
根負けしたと言わんばかりに笑いを漏らしたサンズが、フリスクの唇に歯を立てた。