中也は私の顔が好きだし私の砂色の外套が嫌いだ。隠す気もないらしくて笑ってしまう。
「手前は本ッ当懲りねえな!」
怒りのまま消毒液をめんつゆよろしくぶちまけられて頬をびちゃびちゃにされた。絆創膏をべちん!と貼られたが、銃弾でついたかすり傷より今の中也の平手の方が絶対痛い。腫れたらどうしてくれるんだ。
と思うけどどうせ痕は残らないんだろう。
ゴロリと冷えた寝台に、枕を足蹴にして寝転がる。怒り狂った元相棒に担ぎ込まれたここはこの男のセーフハウスの一つだった。部屋が暖まるにはまだしばらく時間がかかるようで、備え付けの救急箱をしまう中也の背中が視界に逆さに映るのを眺めながらゴロゴロと申し訳程度に動いて暖を取る。外套に皺が寄るが、至るところに穴が開いているので今更だ。何でこんなに蜂の巣にしておいて外してるんだ、下手くそ。
「君ねえ、もっと部下の練度上げた方がいいんじゃない? あーあ、ちょうどいい銃撃戦が始まったと思ったのになあ。君が余計なことをしなければ楽に死ねてたのだよ」
「今度やったら本部ビルの上から吊るすぞ」
「ポートマフィアの幹部はチビって叫んでやる」
「そんなに口塞がれてえか」
「できないくせに」
言えば嫌そうな視線を寄越された。次の行動の予測がついて、誘い込むように両手を伸ばせば応じもせずにキスされる。それこそ声を奪うように。しつこい。し、答えになってない。解放されて「…吊るしてる間ずっとキスしてるつもり?」と吐息で笑うが聞こえないかのように無視された。だから、轡なりテープなり必要じゃない? まあこの男にはできないだろうけど。
何せこの私の顔が台無しになってしまうので。
「……消毒液臭え」
「君がやったんでしょ」
くるりの上体を起こし、二回目は自分からした。広い寝台の上で覆い被さられると、死に臨むのとは別の、高揚——とでも言うのだろうか、ピリピリとした心地の良い緊張感に全身が包まれる。さっきは——銃弾から庇われてアスファルトに押し倒されたのは一瞬だったから、今度はじっくり味わうことのできる感覚だった。這わせた指先で襟足をかき分け、後ろ首を捉える。
「…ここでやると手前の着替え無えけど」
「この状態で今更? どうせ君のことだし予備置いてあるでしょ」
君もそのつもりでここだったんじゃないの、と告げると了解と取ったのか外套を破る勢いで乱暴に脱がされる。
「君本当これ嫌いだよね」
「たりめーだろ」
素直なのはいいけどもうちょっと隠してほしいものだった。つけ入りたくなるのは困る。
お風呂から上がって服に袖を通す。いつもは私が勝手に着替えを置いているのだけれどこの部屋はどうやら中也の言った通り切らしていたようで、代わりに置かれていたのはゆるいパンツにトレーナーだ。鏡を見て、ふうんと一つ頷く。部屋に戻るとTシャツ姿の中也がだらりと行儀悪くソファにもたれながら端末をいじっていて、隣に座るとぐうと腹の虫が鳴るのが聞こえた。
べた、と私に寄りかかりながら呟く。
「……飯……」
「買い置きないの」
「…無え。コンビニ近えから…」
「いいけど」
じゃあ外套がいる。よいしょと中也をどかせてクローゼットを漁れば、なんだか見覚えのあるニュアンスのコートが一つかけられていてあまりの露骨さに笑ってしまった。
「言いなよ。着てあげるからさあ」
「うるせえな、何要求されるかわかったもんじゃねえだろ」
「はいはい…ベルト無い? あと靴下」
「2段目。この散らかってるシャツも捨てんぞ」
「あ、時計いいのある。借りるね」
「手前それ勝手に…ああもう、好きにしろよ」
すっかり支度が整って、振り返って見れば中也の方は随分と薄着だ。「寒くない?」と聞いたら鍛え方が違うんだよと返ってきたのでははあなるほど脳筋は違うんだねえと言ったら脛を蹴られた。
コンビニが近いと言うのは本当で、というかマンションの一階に入っていた。夜も遅くにがっつりご飯と揚げ物の弁当がカゴに突っ込まれるのをうげ、と思いながら見る。それからビールが次々に仲間入りする中、サンドイッチと、ついでにコンドームも投げ入れた。中也は一瞥してしばらく何も言わなかったが、レジに向かう途中、一呼吸分だけ気遣わしげにチラ、と視線を向けられた。
「…まだうちいていいのかよ」
「じゃ逆に聞くけど君満足してんの」
「…………」
中也は憮然とした顔を見せたかと思うと、黙ってくるりと踵を返しもう一箱手にして戻ってきた。カゴに躊躇いなく放り込まれるそれに「うわあ」と声が漏れたがレジに向かう中也は素知らぬふりだ。私は明日の出勤のことと、今着ている服の着心地の良さと、身の縮む寒さでもなお燻り続ける体の奥に灯された火とを秤にかけて、まあいいか、と思った。多分、無数の銃口の前に身を躍らせたときから、期待していた展開だった。