閣下に意識して欲しくて積極的にアプローチしているけど全く手応えがない『失敗しない!気になる彼に、さりげないけど可愛いスキンシップで距離を縮めちゃおう!』
──きっとヤケになっていたんだと思う。
仕事の資料集めでたまたま寄った本屋で、店頭に並んでいた雑誌の表紙を飾る言葉がいやに目についたから。
「気になる、彼……」
誰に話すでもなくそう呟くと同時、手はその雑誌に伸びていた。
「失礼しまーす。茨、すんませんちょっといいっすか?」
ノックのあとに間延びした声と、特徴的な崩した敬語のような口調が聞こえた。
顔を見ずとも誰か分かるが、目を通していた書類から顔を上げる。
「構いませんよ、ジュン。どうしました?」
「明日の撮影なんですけど、聞きたいことが……あれ?」
先日自分が渡したであろう資料片手にやってきたジュンが、デスク前で止まる…が、質問の前に自分の方ではなくデスクの端に目を遣り、何かに気付いた様子で首を傾げる。
同じ方に目線を動かすと、そこには今朝買った雑誌があった。
(しまった、片付けるのを忘れてた…!)
出社するなりあれやこれやと仕事が舞い込み、それどころではなかったとはいえ。
資料たちと一緒にデスクに放っぽり出したままだった。やってしまった。
取り繕えば変に突っ込まれそうなので、冷静を装った。
「…この雑誌が、何か?」
「いや、この前同じやつをおひいさんが熱心に読んでたな〜って思い出して」
「殿下が?」
ジュンの言葉に、今度は自分が首を傾げる。
殿下が雑誌を読んでいるのは何度も見かけたことはあるが、そのどれもは高級そうな衣服の載ったものや、様々な美容法が載ったもの、ブラッディ・メアリのためのペット用雑誌などで、決してこんな『気になる彼に!』なんて言葉がでかでかとある女子中高生が読むような雑誌は手を出すはずがない。
しかしジュンの言葉に嘘は無く。
「そうなんすよ。で、何をそんなに見てるのかと思って近付いたら「ジュンくんは見ないで!」ってすげー勢いで隠されちまって」
「……ほう」
続く言葉はとても興味深いものだった。
「何だったんすかねえ〜。オレも本屋で読んでみたんですけど、普通の女の子向けの雑誌だったし。おひいさんが何をそんなに夢中になってたのか…。プリティ5のほうで、なんか使うんですかね」
なんて言いながら頭を乱雑に掻くジュンを横目に、自分は雑誌のほうを見遣る。
──確証はないが、恐らく殿下は自分と同じ目的で、あの雑誌を買ったはず。
その理由も大体推察出来るけれども…これは、本人に確認してみる価値アリですね。
「ちょっと毒蛇、いきなり何なの?せっかくプリティ5のみんなと楽しくお茶してたっていうのに…台無しだね!」
今日はオフで、サークル「プリティ5」で集まって近くのカフェでお茶をしているとジュンから聞き、すぐその場へ向かって殿下を呼び出して近くの路地へ入った。
「申し訳ありません、それについては後ほど埋め合わせもさせていただきますので。殿下に急ぎ、確認したいことが」
「ホールハンズじゃダメだったの?君がわざわざ出てくるなんて」
「ええ、直接のほうがしっかり確認が取れると思いましたので」
「もう、なぁに?聞いてあげるから、手短にね!」
「もちろんです」
殿下の機嫌をこれ以上損ねないよう、頭の中で繰り返したシミュレーションたちから言葉を選び出す。
「時に殿下。先日、◯◯という雑誌をご購入されましたね?」
「…買ったけど。それがなに?」
問うと、組んでいた腕の隙間の指がピクリと動いた。
てっきりシラをきられるかと思ったが、素直に認めるのは予想外。
「ジュンが、殿下が随分熱心にそちらをお読みになっていたと聞きまして。是非、殿下を夢中にさせたその内容が知りたいんです」
「そんなことのために、わざわざ呼び出したの?ふん、嫌だね。君に言う必要は一切ないね」
ぷい、と不機嫌な顔を逸らされる。
これは、想定内の反応。
しかしここで引き下がるわけにはいかない。
突撃の次は、侵略です。
「全く、用ってそれだけなの?ならぼくはもう…」
「───『失敗しない!気になる彼に、さりげないけど可愛いスキンシップで距離を縮めちゃおう』…」
「!」
自分の横を通り抜けようとする殿下に、あのうたい文句を告げる。
「その雑誌の表紙を飾っていた言葉です。特集のようで巻頭から組まれていて、様々なスキンシップ方法が載っていましたね」
ぴたり、殿下の足が自分の真横で止まった。
様子を伺えば、殿下は心底驚いた顔をしてこちらを見ていた。
「毒蛇、まさか……君…」
何かを察したのか、ゆっくり口を開く殿下に。
自分は、すかさず雑誌を取り出す。
「その、まさかです」
「……!」
それに目を丸くした殿下が、次いで自分を見る。
「ここまで話して、改めて殿下に確認したいことが。…自分と、協力しませんか?そして、検証してみませんか?この方法を…お互いの、『気になる彼』に」
「───っ……」
無事殿下を侵略、制覇し、2人でESビルの空いていた会議室へ入った。
「ふむ。やはり殿下の気になる彼とは、ジュンでしたか」
「そういう君は、凪砂くんなんだね」
力尽きた
☆☆
このあと乙女思考?茨全開
書きたかったやり取り↓
なんやかんやでジュンと日和は晴れて恋人同士になって、未だ何も進展のない茨に2人が協力する
「つーか不思議だったんですけど、茨がこんな方法取るなんて考えられないっていうか…よくやるなってずっと思ってて」
「…まあ、そうですね」
「だからナギ先輩の方からもなにかアプローチあったのかなって思ってたんですけど、手応えないっつーし…」
「半ばヤケです。だってまるで意識されてないんで」
「それでも凪砂くんから何かあったから、君もこうして慣れないことをしてるんじゃないの?」
「全くないとは思いたくないですよ。でも、閣下からの行動といったら…
やたらと距離が近かったり、不意に手を繋いできたり抱きついてきたり、じっと見つめてきてどうしたのかと尋ねると「…可愛いなって見てただけ」とか、閣下が綺麗に磨いた石を使ったという指輪を貰ったり、徒歩移動の時は車道側を歩いたり、仕事先の宿泊施設で部屋が一緒になると同じベッドで寝たり…」
「は?」
「毒蛇…」
「(いやいやいや、これのどこが脈なし!?ナギ先輩、めちゃくちゃ茨のこと好きじゃん!!)」
「毒蛇、それは」
「!(おひいさん、言ってやってください!十分可能性大ありだって!!)」
「それは凪砂くんにとって当たり前の行動だね…」
「え?」
「でしょう?それに殿下ならこうされた経験もおありでしょうし」
「え?????」
「うんうん、そうだね。でも、そうなると本当に難しいね…」
「〜〜〜っ…」
「ジュンくんも何か言って……ジュンくん?」
「あんたら、そこに正座ぁぁ!!!」
「「!!?」」
「そんな…信じられません…。一般的には閣下のあの行動は何とも思ってない人間にはやらないと…!?」
「むしろ好きな相手にしかやらねぇですよぉ!そしてこの際おひいさんとナギ先輩のことはおいといて!あんたたちは別格!」
「ふふん」
「ドヤんな」
「え、じゃあ、閣下も自分のことを…?」
「普通はそう思います。100%好きでしょ」
「……でも、そうすると、え、」
「(めちゃくちゃ動揺してんなぁ…。それもそうか、分からなかっただけで、実際は好意向けられたなんて知ったら…)」
「そうすると、閣下に強引に迫ってもらう計画が…」
「………ん?」
「閣下に段々意識してもらっていって、最終的には「…私をこんなに誘惑して、悪い子だね」って壁ドンしてもらおうとしてたのにっ…」
「…え、あのー、茨さん??」
「どうしよう、またいちから計画を…ああでも、分かった上で閣下を誘えば…?」
「おまっ、なんつー計画立ててんです!?」
「俺様閣下に迫られるのは夢でしょうが!」
「知るかよ!!!!!!頼んだらやってくれんだろ!!!!!」
「閣下の意思でやってほしいんだよ分かれよ!!!」
「分かるかぁ!!!!」
「うーん、ぼくを置いてけぼりにするなんて、悪い日和!」
「…みんな、楽しそうだね」
「あっ、凪砂くん!ちょうど良かったね、ぼくの相手をしてほしいね!」
「…ふふ、いいよ。ところで、茨とジュンは何を言い争っているの?」
「ん?なんだっけ、忘れちゃったね!」
「…怒ってる茨も可愛いな」
「凪砂くんの目には、あれが可愛く見えるんだね…」
「…茨はぜんぶ可愛い。大好きだよ、愛してる」
「ふ、あははっ!それ、本人に言ってあげてほしいね」
「…毎日言ってるんだけどな。茨、私が本気だって分かってないみたい」
「……あれ、なぁんだ。もう、君たち、ちゃんと両想いだったんだね!」
「…ん?両想い?日和くん、それってどういう…」
「それは、茨と話してみるといいね!ジュンくん、茨!こっちおいで!」
「はい?なんすかおひいさん」
「閣下!?何故ここに…」
そのあと、ちゃんと想いを通じ合わせたとかなんとか……