薔薇でできた赤の女王様────────
街を見下ろすようにそびえる城に住む、蛇のように鋭く冷たい赤の女王の体は薔薇でできていて、その体に流れるのは花びらの形を成す血液。
その髪は咲き誇る紅の色で、その舌で紡がれる言葉は棘。
しなやかながらも力強い立ち姿は、見るものを魅了してやまない美しいひと。
でもそんな女王はだれにも愛してもらえないから、今にも枯れてしまいそう。
その姿に魅了されたものは女王に心酔し、崇拝のこころを貰って生きていたけれど、悪辣ささえ美しかったけれど、怖くて強い女王からみんな離れていってしまった。
女王はもうひとりぼっち。
薔薇は、ひとりでは咲けません。
肥料を、水を。愛情を与えてくれる人がいなければ、枯れてしまいます。
美しい色を、失ってしまいます。
さびしくもひとりで、散ってゆくのです。
「たいへんです!たいへんです!このままでは女王が死んでしまいます!」
「だれか!だれか女王を愛してください!」
「たくさんたくさん愛してください!美しいお姿を、取り戻してください!」
賑やかな猫の音楽隊が、楽器をかき鳴らし街を歩く。
とても聴いていられない、がちゃがちゃとうるさい鍋の蓋と箸の音色。リズムに合わない言葉たち。尻尾を大きく振りながら、3匹は進む。
街の人々は、それを聴いて囁きます。
「あの女王はもうきっとだめだろう」
「誰にも愛されなかった悲しいひと」
「このまま枯らせてあげたほうがいいんじゃないか?」
ひとりの男が前に出ます。
「優しさなんていらないだろう!おれは、あの女王に首を刎ねられそうになった!消えない傷が残っている!」
うさぎの花屋が泣き喚きます。
「わたしなんて棘で刺されたわ。まだ抜けないのよ。とっても痛いの」
大木の青年が怯えます。
「ぼくはあの鞭で何度も何度も…。ああ、思い出すと体が震える…」
「あの女王がきてから、何もかも変わってしまったわ…」
───暗くて重いなにかが、街をつつみます。
「いいや。枯らせるより先に、殺してしまえばいい」
「そうだ。この手であの美しい体を焼き払ってしまおう」
「それがいい。もうあの女王は、咲いていてはだめなんだ」
「───はぁっ、はっ…!」
どうして、どうして!
死んでいたこの国のために尽くしてきたのに!
おまえら全員、間抜け面で俺に見惚れていたくせに!そのやかましい声で「女王!女王!」と崇めていたくせに!
せっかく城に入れて、雨風を凌がせてやったのに!食事だって与えた、仕事だってまわしてやった、着るものだって新しいものを!
受け入れて喜んでいたのに、先に裏切ったのはおまえたちだろう!
「ああ、もう…!許せない。なんで、あいつら…!」
城で不貞を働いた男がいた。二度と同じことが出来ないように、消えることのない傷を残した。
泣いて文句しか言わず働かない庭師のうさぎに、育てれば金になり咲くことの出来る棘を渡した。
隅で震えてるだけだった大木に鞭を打ち、その葉を艶のあるものに変えた。
なのに。
「城が、庭が。俺の薔薇が」
ぜんぶ、全部全部全部全部潰して壊して引き裂いた。
何もかも奪っていって、被害者ぶって火を放った。
見上げると、遠くで炎をあげて激しく燃える火。
それは太陽より眩しく強く、しかしおぞましい色を放っている。
だめだ、早くどこかへ行かないと。この森もじきに火の海だ。
安全なところへ辿り着かないと、この体も燃え尽きて、何も残らない。
「いやだ、いやだ…」
──おれがいたことが、なかったことになる。
全てが燃えて灰となり、明日には忘れ去られる。
そんなのは死んでもごめんだ。
あんな奴らのためになんて、死んでやらない。
だから走れ。木を掻い潜り草をかき分け、森の暗闇に飲み込まれそうになる前に、この足で。
いつかみたあの輝きを求めて。きっとあの光が救ってくれると信じて。
だから走れ、走れ!
「…………」
……走らせてくれ。
斬られたところから紅い花弁が散ってゆく。はらはら、土にかえる。
鮮やかだった髪の色は、暗くくすんでしまった。
棘なんてもう抜け落ちて、武器は何もない。
足は力が入らない。いつから座り込んでいたのか、立ち上がることも出来ない。
ああ、火が近付いてくる。
ごうごうと音を立て、黒い煙が上り、緋色がすべてを包み込む。
結局、誰にも愛されないまま、ひとりきり。
褒められたこの美しい体も、もう傷だらけ。
今にもすべて散ってしまいそうだ。
「痛い………」
枯れるだけなら、良かったかもしれない。
朽ちるだけなら、残ったかもしれない。
「せめて。最期に、見たかった。たった一度、心から美しいと思った……あの、純白……」
目を閉じる前に見えたのは、そんな色だった気がする。
─────────
「……かわいそうに、こんなに傷付いて。けれど、もう大丈夫。君を愛するのは、私だけだよ───…私の愛しい、紅い薔薇。そばで永遠に、咲き誇ってくれ」
舞う火花をくぐり抜け、辿り着いた森の奥。
そこで炎の色とは違う鮮やかな赤を見つけた。
あたり一面には、真っ赤な花弁が大量に散っている。…その中に、力無く横たわっていた、美しいひと。
身に纏っている白がその赤に塗れることも構わずに、枯れかけている体をそっと抱き上げた。
「……やっと、手に入れられた。私の、かわいい茨……」
君を枯れさせはしない。必ずまた、綺麗に咲かせてみよう。
額へ口付けると、すこし髪の紅が戻った気がした。
終