物流所の朝は兵士だった頃より少し早い。必ずしも毎朝鎧を着込む必要はないので、これは無駄なことだとわかっている。
抱えなれてしまった木箱を抱え上げる。日に日に重く感じるような気がして漏れかけた舌打ちを抑え込む。不服だがルビ王国の戦況は決して芳しくない。
物流所勤務としての仕事は二つ。国から送られてきた物資を分配すること、労働力を含めたリソースを手配すること。フラスコ内で加工された薬品類は道具屋の管轄なので、受付シフトにさえ回らなければ仕事自体は少ない。
山奥に派遣されることもあるが、それとてリハビリのようなものだ。兵士として服役する見込みは当然ない。山路を踏破できるわけでもない、なんとか薪を割れる程度の人間が戦場で何ができるだろう。
フラスコに足を踏み入れた直後、生きたまま退役することはないのだと教わった。
負傷兵の処遇は二つ。畑としてディエミに貢献する名誉ある仕事か、物流所勤務に回されるか。俺がこの仕事をしているのは、「ネガ物質を生成できない体質」だかららしい。知ったことではない。
今日のシフトではこれ以上やることがない。警備の真似事程度はするが、負傷兵が警備したところで高が知れている。
「お友達」と関わることがほぼない。この仕事の良いところはそれだけだ。兵士としてのスケジュールに慣れてしまっている身では、この空き時間を無駄に思い悩んでしまう。
ルビ王国の国民ならば、ましてや兵士としての道を選ぶ人間ならば。一度はサリヴァン一世の武勇に憧れたことがある。だから血を吐く訓練に耐えて、その地獄を課してくる教官や国に忠誠が誓える。王の偉業の一助になることを夢見て俺たちは鎧を纏っている。
だから、国のためになるのであれば化け物の指示とて従うのだ。未だ疫病蔓延する村でも、血の渇かぬ処刑場跡でも、ネガ物質とやらを集めてやるし魔物とも戦う。そこまでは納得している。誇り高きルビ王国の兵士であれば、国のためと言われて命の最後の一滴を差し出さない人間はいない。兵士でなくとも国属ならそうあるべきだ。命をかける理由が同じだという理由で俺たちは隣人を信頼する。
俺が正しく兵士だった頃。シクロは俺の目の前で三度死んでいる。気味の悪いカラスから兵士を庇って。錯乱した新兵にやられて。……俺に、殺されて。
リネの村の魔物は強かった。兵士数人がかりで不気味な木の魔物を足止めする間に、鳥型の魔物の攻撃に後方の兵士が被弾する。やられた兵士の側に準備の良い奴がいなければ、高確率でそいつは味方に剣を向ける。そいつへの対応をしようとしている間に抑えきれなくなって前衛が崩れる。
ネガの魔物と真正面から相対した部隊はおそらくこうして壊滅してきたし、俺たちもその歴史を再現しようとしたところだ。魔法陣からシクロが現れて、そのまま前衛兵士を庇って死んだ。あいつ鎧も着てないのに。でもその間に立て直しが間に合って、俺たちは逃げ出したんだ。
次に俺たちがリネの村に行った時も同じだ。初任給で白旗買っちまった新兵は精神安定剤なんか持ってない。味方に斬りかかったところで、通りがかりのシクロが飛び込んできた。目の前で血を吹き出して倒れた人間がもう一度俺たちの前に立ちやがったんだ。錯乱ものだ。当然新兵も止まらずにグサリだ。リネ王国の兵士として、当然一撃だった。
最後はもっと酷い。いつものように突然庇って、いつもと違って死ななかった。魔物の攻撃が掠るだけで済んだが、最悪なことにシクロが錯乱して、俺たちは運が悪かった。薬もない、シクロの錯乱が醒めるまで耐久戦なんかできない、できることは一つだけだ。俺は魔物を倒すよりも先に丸腰の人間を斬ったんだよ。死んでも死なないんだから魔物みたいなもんだろって。
女子供であろうとも、国のために働くなら国に守られるべきだと俺は信じている。だが迷わず死ににいく人間のことをどう守れっていうんだ?
「お友達」になるようなやつはイカれている。斬っても突いても死なないからって、だからって、いや、さすが、ディエミのお気に入りだ。