光の行く末 ED③別離そして……ルートあれからどれくらいの時が流れたのだろう。
エリューシオンに降り立ったアンジュはまわりの風景を眺めながらそんなことを考える。
ユエが地上に降り立ってから5年以上の月日が流れた。
人生の長さの中では長いとは言えない時間であったが、守護聖も半数以上は入れ替わった。そして、隣で手をつないでいる息子の成長を考えると短いとは言えない時間が経過していた。
「お前が育てた街でお前のことを感じていたいんだ」
聖地を去るとき、ユエはそう呟き、エリューシオンで「余生」を過ごすことを選択した。
自分たちが会うのはおそらくこれで最後。別れ際にそんな覚悟を決めて抱き締められたときの力強さは今でも忘れることができない。
「ここ、どこ?」
「エリューシオンよ」
「エリューシオンって、おとうさまがすんでいるという?」
別れ際にもらったひとつのメモ。それはユエがエリューシオンで当面の間過ごす予定の住所であった。
もちろん、何らかの事情で引っ越す可能性は否定できなかったし、本人もその可能性があることは示唆していた。
「なんかすごいね」
歩き始めるとアンジュは自分が知っているエリューシオンとは街並みが全然違うことに気がつく。
ビルが建ち並び、そして道行く人々は携帯電話を持ち歩いていた。
見知った風景でないことに寂しく思うものの、自分が育てた土地が成長しているのを見るのは率直に嬉しかった。
ただ、この街の変貌からすると、ユエと会える可能性は低いだろう。
それどころか彼が生きていた痕跡を見つけることすら難しいだろう。アンジュはそう思った。
おそらく彼が見てきた風景とは異なるけど、彼が過ごし、そして何らかの形で携わってきたこの街を肌で感じたい。
そう思ってアンジュは少しだけ街を歩くことにする。もちろん、隣にいる5歳になったばかりの息子が疲れない範囲で。
それにしても。
そう思いながらアンジュはまわりを見渡す。
街の中心部は人が溢れかえっているが、もともと人が多いのだろうか。あるいは、今日は何かの行事があるのだろうか。来たばかりの自分にはわからないが、何やら熱気が溢れていた。
「すいません、今日、何かあるのですか?」
アンジュが道行く人にそう尋ねると、アンジュより少し年齢が高い女性が親切に答えてくれる。
「今日はユエ様の誕生日だから、それをお祝いするパレードを行っているんですよ。ほら、ユエ様に扮した人が通りますよ」
すると、金髪に、遠目だからはっきりとは見えないが緑の瞳をし、少し派手な装束を身につけた人物が通りの中央を歩くのが見えた。
その姿はアンジュが知っているユエの姿に酷似している。
そして、彼を称えるかのように数十人のダンサーが彼を囲むように踊りながら通りを過ぎ去っていく。
「ごめんなさい、私、ここに来たばかりだから詳しくないのですが、ユエ…さまって、どういう方なのですか?」
女王である以上、令梟の宇宙で起こっていることは知ろうと思えば知ることができる。どんなに些細なことでも。
でも、知ったところで自分は個人的な立場で干渉することはできないし、些細なことに目を向けすぎると物事を大枠でとらえることは難しくなる。
そのため、星の存続に関わること以外は耳にしないようにしていた。そして、実際、ユエが去ってからの約5年、1回を除いてはアンジュのもとにエリューシオンに関する情報が入ってくることはなかった。
「私も詳しくはないのだけど、数百年前だったかしら、この土地が他の惑星から侵略されそうになったとき、先頭に立ったという人物ですよ。しかも、血を流すことなく解決したから、エリューシオンにおいては英雄なのです」
その言葉は本当なのだろう。
街を行く者は老若男女問わず、ユエ、ユエ、ユエと叫んでいる。
中には酒を飲むものもいて、この土地において「ユエ」という者がいかに伝説の存在になっているか身に染みて感じる。
そして、アンジュはユエと別れてからたった一度だけエリューシオンに危機が訪れたことを思い出す。
王立研究院から隣の星から侵略に遭いそうになっているという報告は受けた。そして間もなく解決したことも。
そのとき名前ははっきりとは出さなかったけれど、おそらくユエが解決したのだろう。
血を流さずに終えたというのが彼らしくもある。
「あとユエ様は女王信仰を熱心にされていたそうです。生涯独身を貫いていたみたいで、恋愛や結婚の話が出ても、『俺は女王陛下に忠誠を誓っています』というのはユエ様の口癖だったそうですよ。『女王陛下と結婚しているみたい』なんて不敬な噂もその当時はあったみたいです。そんな経緯もあり、この広場は女王広場と名づけられているのです」
そう言われてアンジュはあらためて足元を見る。
確かにタイルは桃色がメインで差し色に緑が使われている。これは紛れもなく自分を意識したもの。
ユエだけではなく、この街では自分も伝説の一部となっていた。なんかそのことがとても不思議であった。
そして広場を見ていると、ユエがいかに女王陛下としての自分を誇らしく語っていたか伝わってくるような気がした。
「お父様は、この土地で素敵なことを成し遂げたみたい」
息子に目線を合わせてそう話す。
まだ小さいからだろうか。
息子はキョトンとしながらも、何かを理解しようとしているのか考え事をしている。
「ところで、きょうはどうするの?」
息子にそう言われてアンジュは現実に戻る。
万が一ユエに会うことができれば彼のもとで過ごす予定だった。
ただ、この様子だとそれは不可能だろう。
祭りが開催されているため難しいかもしれないが、どこかホテルを探すのが現実的であった。
「少し歩くけど、いいかな?」
そう言ってアンジュは息子の手を取る。
「え、何これ……」
すると、その手のひらが先ほどまでと違う熱を持っていることに気がつく。
思わずおでこを触るが、至って普通の熱さで、手のひらだけが熱かった。
本人も元気そうであるが、イヤな予感がし、思わず近くにあった噴水の縁に腰を掛ける。
すると、今度は手のひらが冷たくなったかと思うと、顔がとてつもなく熱くなる。
そんな感じで身体の一部が熱を持ったかと思えば、別の箇所は驚くほど冷える。そんはことを繰り返していた。
しばらくしてアンジュはひとつの可能性が頭の中をよぎって背筋がぞわっとした。
そう、カナタが話していた守護聖として聖地に来る直前に身体で起こった変化と酷似している。
まさか、そんな。
アンジュは思わず頭を抱え込みながら身体を丸くする。
そんなことをしても隣の息子の状態は変わらないのに、今は現実を見つめたくなかった。
すると
「大丈夫か!?」
頭上から声が降り注いてきたため、アンジュは思わず見上げる。
するとそこにいるのは金髪に緑の瞳を持つ自分よりも年上の男性だった。
「ユエ……」
思わずそう呼んでしまう程度には目の前の男性と記憶の中のユエは似ていた。しかも髪の毛がぴょんと跳ねているところも含めて。
「ああ、俺か。何か伝説のユエ様に似ているらしいな。そう呼ばれることはあるから、気にしなくていいぜ。とりあえず心配だから病院でも連れていこうぜ」
突如目の前に現れたこの男性のことをユエに似ているというだけで信じていいのかわからない。
だけど、その瞳の透明さを見ていると信じられるような気がした。
「もしかすると病気ではないのかもしれない」
どこまで事情を話せばいいのかわからない。
ただ、カナタが守護聖として目覚める直前に見せた兆候と同じ可能性が否定しきれなかったし、その場合、むしろ病院に連れていくと面倒なことになりそうな気がした。
「なんか事情があるみたいだな。さすがに男の一人暮らしの家に連れていくわけにいかないからホテルを手配してやる」
見知らぬ自分たちにここまで優しくしてくれる理由がわからない。
だけど、やってきたばかりの街で、息子の急な異変を感じて気が動転していたアンジュには目の前の彼の親切さがありがたかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アンジュが予感したように、それから本当に間もなく聖地から使いのものがやってきた。
彼が持っていたのは、光のサクリア。
遺伝子だからか、たまたまなのかはわからない。
そして、守護聖の候補は他にもいると聞いたことがあるが、やはり守護聖の父と女王の母を持つからだろうか。幼いながらも強い力を持っているとのことだった。
つい最近別れたばかりの聖地の者に会い、そして説明を聞かされ、アンジュは不思議な気持ちになる。
ただ不思議なことに彼のその運命を受け入れている自分もいた。
「せっかく下界で普通の親子として生活する予定だったのに……」
エリューシオンに降り立ってからすぐに息子に異変が起きた。
さすがに心労がたたったため、ホテルで数日間やすませてもらった。聖地から出るときに支度金の一部を現金で受け取っていたのが幸いだった。
だけど、さすがにいつまでもホテル暮らしもしていられない。
だからといってここでの生活を整える段階にすら立っていない。
これからどうやって暮らしていこう。
そんなアンジュにユエに似ている男性ーアンジュは便宜上ユエと呼んでいるが、話しかけてくる。
「もしよければ俺の住んでいるアパルトマン、部屋が空いているから、そこを紹介しようか?」
「え?」
考えてもいない申し出にアンジュは驚きを隠せない。
すると、ユエは頭をポリポリかきながら話す。
「お前、昔好きだった女に似ているんだ。髪がピンクで目が緑。しっかりしているけど、変なとこが抜けていたんだよな……」
性格の特徴を聞いていると、よくいそうだと思うけど、桃色の髪と緑の瞳の組み合わせまで一致しているのはそうそういないような気がする。
「あと、お前の息子、なんか他人事のように思えないんだよな…… 初めて会うけど、初めてのような気がしないというか……」
そう言いながらユエは何か考えているようだった。
「俺、昔の記憶がほとんどないけど、さっき話した女のことだけは忘れられないんだ」
そう言いながらアンジュの瞳を真っ直ぐ見つめてくる。
その瞳の透明さには見覚えがある。
飛空都市で、そして聖地で愛し、愛し合った男性と同じもの。
アンジュは心の中に浮かんだ可能性を否定する。
まさか、そんなわけはない。
ユエの生まれ変わりとか、あるいは時空の操作で本人と会っているとか、そんな都合がいいことが起こるわけない。
だけど、一方で真実を確かめたい自分もいる。
「そうね。遠く離れたとはいえ私には息子がいるし、それに忘れられない人がいるから、恋愛とかそういうのは無理だけど、だけど、あなたのことを徐々に知ることができたら……」
そう話すと目の前の男性はぱあっと顔を輝かせるのが見える。その表情はどこかユエを思い出させる。
そして、アンジュはこれからのことを考えた。
まずはこの世界でのユエの功績を調べよう。
それが目の前の男性が何者であるかのヒントにつながるかもしれない。
そうすれば自分の歩むべき道が見えてくるかもしれない。
そう考えながらアンジュは早速荷造りをはじめる。
すべてはこれから始まる。そんな期待を込めながら。