「は~ やっぱり札幌といえば味噌だよな~」
「うん、美味しい」
「流星、スープ飲み干しちゃダメだからね」
仁科がスターライトオーケストラの練習に参加した2日目の練習後、路上ライブで冷やした身体を温めるため、一同はラーメン屋に足を運ぶことにする。
さすがに大人数で入ったため、テーブルとカウンターに分かれて座る。
仁科が選んだ店であるが、さすがに地元に精通しているだけに全国津々浦々のグルメを堪能しているスタオケメンバーも納得している様子であった。
そのことに安心しながら仁科はカウンターで隣に座っている桐ケ谷に話し掛けることにした。
「そういえば、コンミスはどうしたの?」
「用事があるっつーて、先に帰ったらしいぜ」
桐ケ谷はどうってことないと言った風に答える。
ふと仁科はここにいない少女のことを思い浮かべる。
事前にSNSなどで姿は見掛けていたものの、実際に会うとそれ以上に脆く、そして崩れ去りそうな印象を持つ少女であった。これこそコンサートミストレスという大役が務まるのか不安になるほど。
「朝日奈さんって、儚げ美人って感じだよね」
仁科が何気なく話した言葉。
すると隣の桐ケ谷がラーメンどんぶりを持ちながら固まっているのが見えた
「は!? 仁科、お前の目、節穴かよ!」
桐ケ谷の反応に今度は仁科が驚きを隠せない。
すると、ラーメンスープを一口飲み終えた桐ケ谷が一言話す。
「あいつはもともとそんなやわなヤツじゃなかったぜ」
そして、今までのコンミスの様子をざっくりと話してくれる。
茨城では桐ケ谷たちに臆することなく話し掛け、また足を震わせながらもケンカの現場に足を運んでくるなど、勇ましい一面も持っていたという。
そして、コンミスとしても最初はついていっていいのか正直不安であったが、仲間が増えると同時に弓に自信がつくようになった。
「ふーん。ということは、京都で恋でもしたのかな?」
自分が見た姿と桐ケ谷から聴く姿。これらのイメージの乖離からついそのような連想をしてしまう。
安易な発想だと思っていたが、隣の桐ケ谷が吹き出しそうになるのを仁科は意外な気持ちで見ている。
「その反応、あながち外れてはいないってことかな」
「そうだな…… 恋愛ってほど進んでいたかはわからねーが。でも、悪い雰囲気ではなかったぜ」
そう言いながら桐ケ谷は京都で起こった出来事をざっくりと話してくれる。
スタオケのオーボエ奏者、鷲上源一郎が仕えていたという御門浮葉。彼の父親の名前は仁科にも覚えがあった。
その御門の高い技術力と透き通った音色のクラリネット。そして、気品ある雰囲気は他のメンバーには持ち合わせていないものだったという。
そのせいかコンミスは御門に憧れに近い感情を持ち、そして御門の方もコンミスに興味を示している。それが桐ケ谷から見たふたりの印象とのことだった。
そして、事情があり、スタオケには入らずグランツに行ったと話して桐ケ谷はラーメンどんぶりを手にした。
「なるほどね……」
慣れた手つきでラーメンをすすりながら仁科は呟く。
昨日見た、どこか自暴自棄になっているコンミスの雰囲気。御門がスタオケに加入しなかったことも響いていることがうかがえる。
オーケストラの一員としても、また憧れとも言うべき感情を持つ相手としても、御門浮葉がスタオケに入らなかったことに対しての喪失感は想像に難くない。
「ま、あいつの事情考えたらグランツに行くのが正解だと思うけどよ」
考え込む仁科に対してどんぶりを両手に持ちながら桐ケ谷はさっぱりとした口調でそう話す。
それは御門浮葉との出会いやともに演奏したこと、そして別れ。それらを通じたからこそ到達する結論だと仁科は受け止めた。
「そっかー。でも羨ましいな」
「ん? 何がだ?」
「君たちはこうやってスターライトオーケストラが成長していくのを見ることができて」
昨日唯から聞いた話だと最初は3人で始めたという。
そして、徐々にメンバーが集まり今の規模になったという。演奏レベルも今も決して高いとは言えないが、最初はとても聴いていられるようなものではなかった、と自嘲気味に話していたのを思い出す。
隣の桐ケ谷はスターライトオーケストラが横浜を飛び出した先の土地で初めて加入したメンバーだと聞いた。
スタオケの規模が大きくなるのも、そして演奏レベルが高くなっていくのも、目にしてきたし、そのためにコンミスと力を合わせた部分もあるのだろう。
そして……
「コンミスの成長も見てきたってことだね」
仲間との出会いを通じ成長していく彼女を、そしてその中でさまざまな表情を見せる彼女を間近で見てきたのだろう。
その立場になれたことが羨ましくないといえば嘘になる。
「ん? 気になるのか、コンミスのこと」
桐ケ谷が仁科にそう尋ねてくる。ただ、それは牽制とかではなく、興味から来るようなものだと仁科は受け止める。
「ま、面白い人だよね、朝日奈さん」
「ふーん」
まるで誤魔化すなよと言わんばかりの声を聞きながら、仁科は左手でれんげを持ちながら右手で箸にラーメンを絡める。
過去のことは変えられない。
だけど、未来は無限に広がっている。
これからの自分がどのような道を歩むのか、そして自分の感情がどのように変化するのか今はまだわからない。
ただ、出会いの遅さで嘆いていても始まらない。その分、これから関係を築けばいいだけ。そう思いながら仁科はコートに手を掛けながらそこにいるスタオケメンバーに声を掛ける。
「さ、ラーメンも食べ終わったしそろそろ帰ろうか。明日もよろしくね」