初めての朝…いい匂いがする。
そう感じながら唯が目覚めると見えてきたのはいつもよりも高い天井。
身体を動かすと感じるのは下半身の鈍痛。
そして見えてきたのは端麗な顔。
「御門さん……」
隣にいる恋人の名をそっと呼ぶが紫色の瞳は瞼に閉じられたまま。
「まつ毛、こんなに長いんだ……」
彼の顔を近くで見ることは滅多になく、またいつも唯を真っ直ぐに見つめる瞳を閉じている姿を見るのは初めてだった。
そのため唯はマジマジと御門の顔を見てしまう。
「それにしても、御門さんとこんなことしちゃったんだ……」
昨日、「話したいことがありますから」。
そう御門からマインが来たのは学校の授業が終わった頃で、唯は慌てて御門の家に向かった。
その後彼が心を打ち明ける出来事があり、ふたりは雪に導かれるかのように肌を重ねた。
まだ雪は残っているのだろうか。カーテンから漏れる光が光を反射しているのか眩しく感じる。
すると隣から「ん…」という寝息なのか吐息なのかわからないものが漏れてくる。
そして、
「おはようございます」
少し眠そうにしながら隣にいる御門が話しかけてくる。
「おはようございます…」
心の奥底まで見透かしていそうな瞳を見ていると昨夜のことを思い出し、唯は気恥ずかしさに包まれる。
そんな唯の頬に触れながら御門は唯を見つめてくる。
「お身体の具合はいかがでしょうか」
「大丈夫です。御門さん、優しかったですし」
多少のダルさはあるし、どこか下半身に違和感も覚える。
だけど、話に聞いていたほど痛みは感じなかったし、身体もそれほどつらくはない。
すると御門は神妙な表情で唯を見つめてくる。
「ただ申し訳なく思う気持ちもあります」
「何がですか? すごい素敵な夜でしたよ」
「唯さんにとって初めてのことでしたのに、成りゆきのように行ってしまい申し訳ございません。しかもこんな場所で」
確かに昨日、御門のピアノの演奏が終わり、雪が降るのを眺めていたら、自然とくちびるを重ね、そして流されるかのように肌を重ねた。
「いいえ、この家に着いたとき既に夜だったからもしかして…という期待もありましたし、滅多に入ることない場所で、しかも御門さんが心開いてくださったあとだから、私、一生、忘れられないと思います」
そう、ずっとすべてにおいてはぐらかすような態度を取ってきた御門が弱い部分すら見せ、そして素直にすらなった。
シチュエーションとしてはこの上なく完璧なもの。
「ただあえて言うのであれば……」
ひとつだけ心残りがあった。
くだらないことと言えばくだらないけれど、でも自分にとってはとても大切なこと。
「なんでしょう」
隣にいる御門がこの上なく優しい瞳で唯を見つめてくる。
その視線に励まされ、唯は口を開く。
「新しい下着を用意できなくて…… あとお気に入りの下着もちょうど洗濯中で、それが心残りだったのです」
御門からマインが届き、京都へ向かう前にいったん菩提樹寮に戻り荷物を整えた。
その際、到着が夜であることを見越し、念のため着替えも用意した。
だけど、お気に入りの下着はあいにく洗濯に出したばかりだったし、買いにいくにもそんな時間はなかった。
「おやおや」
御門のきょとんとした声につられて唯は本音を呟く。
「御門さん、満足してくれたのか不安で」
すると隣から御門の手が伸びてくる。そして、そっと唯の頭を撫でる。
「充分かわいらしいですよ」
そう言ったかと思うと、御門は唯のブラウスのボタンを外し隙間に顔を埋め、胸の谷間にそっとキスを落とす。
「この下がどれほどまでに魅惑的なのか想像させるには充分でした。それに下着姿のあなたも肌に残る刻印が綺麗に映えていらしてかわいかったですよ」
日は出たのに夜の続きを思わせるかのように御門のくちびるは唯の肌に添わせる。
「それに唯さん。あなたは何も身につけていなくても魅力的ですよ」
くちびるの感触、そして耳元で囁かれる言葉。これらに声が上がりそうになるが、カーテンの隙間から漏れてくる光が唯の理性をかろうじて保っていた。
「御門さんのえっち!」
その言葉を投げると先ほどまでの艶っぽい雰囲気はなくなり、浮葉は面白そうに唯を眺めてくる。
もしかすると多少の本気はあったのかもしれないけど、唯は御門にからかわれていたことに気がつく。
そしてその御門の表情が今までとは異なりどことなく満足げな様子であることに気がつく。
……こんな一面もあるんだ。
心を開いたからか、身体を重ねたからかはわからない。
ただ彼をこんな表情にさせているのが自分という事実がどこか嬉しく感じる。
そうなるともっと彼を満足させたいと思ってしまう。
「御門さんはさっきあのようなことをおっしゃいましたが、やっぱり今度こそ新しい下着買って準備するのでリベンジしませんか?」
「ええ、今でも十分可愛らしいのに、ますます素敵になったあなたを見られるのは僥倖ですから」
「でもいつにしましょう。なんかこういうのって気合い入れると逆に失敗しそうじゃないですか」
そう言うと御門は心当たりがあるのだろうか。クスッと笑う。
そして、唯の顔を見ながらひとつの提案をしてくる。
「でしたら、黒橡のライブのあとはいかがでしょうか。お互い気分も高揚していますし、ちょうどいいのではないかと」
「それいいですね!」
黒橡のライブに行くときはいつも服装も髪型も気を使っている。それが自分の満足のためだけではなく愛しい恋人のためとなる。
そしてそのあとに待っているのはご褒美とも言うべき甘い時間。
そう考えるだけで唯は次の黒橡のライブが、そして次にふたりで過ごす夜が楽しみになる。
すると唯は身体をぐいっと引かれたかと思うと御門の存外に筋肉質な胸に抱き締められる。
「本音を言えばあなたをもっと堪能したいのですが、でもいつまでもどこまでもあなたを引き留めそうで……」
そう話す御門の声は吐息混じりで聞いているだけで唯は切なくなる。
そして自分も同じ気持ちであることに気がつく。
「だけど現実に帰らないといけませんね。さあ母屋に行きましょうか。フキが朝餉を用意してくれたようです」
後ろ髪を引かれる気持ちからなんとか現実に帰る、そんな様子の御門を見ながら唯も未来を見つめる。
次にここに来るときはもっと彼ともっと仲が深められることを期待しながら。
そう思いながら返事をする。自分らしく明るさを名いっぱいこめて。
「はい!」