51家に戻ってから、私は「体調が良くない」といって部屋に引きこもった。そしてまた泣いた。泣いて泣いて泣いた。6歳になる前の日に涙が枯れる程泣いたのに私はまだ泣けた。
あんまりだ。
これでは悟が可哀想すぎる。
あの日私が抱き締めた赤ん坊が背負ったのはなんと深い業なのか。
生まれたばかりの悟、ハイハイする悟、初めて歩いた悟、最初の言葉は私の名前だった悟。あの悟がいつの間にか私よりずっと大きくて私を守ってくれる存在になった。自分の全ては私のものだといとも簡単に言ってのける愛しい人になった。
その悟が______
気付くと朝だった。
泣き疲れて眠ってしまったようだ。
カバンから携帯電話を取り出すと充電が切れていた。連絡がつかずイライラしている悟が目に浮かぶ。携帯電話を充電器に接続して顔を洗いに行く。
「実ちゃんおはよー」
「光、おはよう」
「実ちゃん大丈夫?酷い顔してるよ?」
「昨日より大分いいよ。ありがとう」
光は人の顔をよく見ている。
きっと微かな表情の変化も見逃さないだろう。
「超朝早くにお兄ちゃんから電話きてたよ」
「え、何時くらい?」
「4時」
「携帯電話の充電切れちゃってたのよ……光が出てくれたの?」
「だってずーっと家の電話鳴ってるし、誰もでないから私が出たよ。実ちゃんは家にいるけど体調悪いから寝てるって言ったら発狂してた!」
「ちゃんと任務こなしてくれるかしらね?」
クスクスと二人で笑いながら交互に洗面台を使った。
対馬さんは昨夜から食事をしていない私の為にお粥を作ってくれていた。柔らかく消化に良さそうなおかずも少し。
パパにも顔色が良くないと言われたが光に言ったのと同じように答えた。
体調は悪くない。
辛いのは心だ。
幸い、心の痛みはまだ体に現れてはいない。
私はパパに横になってくると伝えて部屋に戻った。
まだ気持ちの整理ができていない。
私たちにできることってなんだろう。
後悔を少しでも少なく、か。
泣くのは体力を使う。
夕べ泣きすぎて余程疲れたのかいろいろ考えていたらソファーでうとうとしてしまった。
浮遊感_____
そのあと背中がひんやりとし、体に毛布がかけられた。
「ごめん。起こしたな」
「……悟?任務は……?」
「あとでね。寝てていいよ」
私は瞼を閉じた。
寝返りを打とうとして悟が隣で寝ているのに気付いた。静かに寝息をたてている。
白髪碧眼。睫毛と眉毛も白いし肌の色ももちろん白い。初めて悟を見る人はさぞ驚くだろう。
私はそっと悟の長い睫毛を摘まんだ。
「なにしてくれてんの」
悟は目を閉じたまま眉をひそめる。
「白いなぁって思って摘まんでみた」
「今更……しかも摘まむって」
「そう。今更だけど白いなぁって」
「体調どうなの?」
「大分いいよ。貧血っぽかったみたい」
「本当に体調は気を付けて?普段は気にならなくなったけど実は体弱いんだから」
「心配かけてごめん。任務は?」
「領域に生徒を入れてあげる約束してさっさと祓って1人で帰ってきた」
「そんなことしなくて大丈夫だから~!携帯電話の充電切らしちゃったのはたまたまだからね?」
「実の心配をするのが俺のライフワークだから諦めて」
「なにそれ」
目の前で悟が微笑む。
「悟、愛してる」
悟はきょとんとしてから満面の笑みになる。
「俺も!実愛してる!」
ベッドでぎゅうぎゅう抱き締め合う。
悟の匂い
悟の体温
悟の鼓動
自分に刻みつけるように。
「ねぇ悟?」
「んー?」
「会って欲しい人がいるんだけど……」
「え。ここにきて他に彼氏がいるとか言いはじめちゃうの?」
私は吹き出した。
「そんなわけないでしょ!前にも言ったけど私の彼氏は悟以外にいないから!」
「うーん、それが聞きたかったぁ」
そう言うと悟は更にぎゅうぎゅうと力を入れる。
「悟!痛い!」
「あ、ごめーん!」
「もう!」
「で、会わせたい人って誰?」
「会ってから説明した方がいいと思うよ」
「サプライズ?」
「そうね。サプライズ。次はいつ時間とれそう?」
「うーん、まだちょっと分からないけど、先方の都合もあるんじゃないの?」
「先方は私たちを優先してくれるって」
「じゃあ来週の土曜日は?その頃には実の貧血も大分良くなるだろ?」
「オッケー。じゃあ来週の土曜日って先方にも連絡しておくね」
「誰なんだか気になるね~」
「悟にとっていい経験になると思うよ」
「俺にとって~???」
悟は大分変な顔をしていたがそれ以上追求はして来なかった。私が口を割らないと分かっているからだ。
次の土曜日は10月の最後の土曜日だ。
私は悟と二人で出掛けた。
彼女に会いに。
「で?どこに行くの?」
悟は大人しく私と歩いている。
「もう少し。あの占い館って看板が出てるビル」
「……占い???するの???」
「そんな露骨に嫌そうな顔しないでよ」
「俺そんな顔した?…………え?」
悟のスイッチが入ったのが分かった。
「待っててくれてるだろうから行こう」
私は気付かないフリをして悟を促す。
「……実?俺を誰と会わせたいの……?」
悟は立ち止まったままだ。
「誰かはもう分かってるかもしれないけど、とにかく会って」
悟はサングラスを外してビルを凝視している。
悟からビリビリするくらいのナニかを感じる。
殺気、とも違う。
警戒、か。
「そいつに会ったの先週の土曜?だから先週体調崩したの?」
私を一切見ずに厳しく言う。
「悟。敵意は感じないはずよ。やめて。」
「行こう」
悟は私の手を引っ張ってビルに向かった。
「何で俺に話してくれなかったの?」
悟はビルの入り口の前で立ち止まった。
自分が引っ張っていた私の手を見ている。
「ごめん。痛くなかった?」
「……大丈夫」
私は両腕を悟の腰に回し、頭を悟の胸に預けた。
「黙っててごめんね。」
悟の腕が私の体を包む。
「ちゃんと会うよ。俺に話があれば聞く」
「うん。行こう」
私たちはエレベーターで2階に上がり、「未来の光」のブースを目指した。
近づくにつれ、悟の圧倒的なオーラに気圧される。祓いをする時はこんな感じなんだろうか。
約束の時間ぴったりに私たちは「未来の光」のブースに入った。
桜子さんはテーブルについていた。
「お初にお目にかかります。次期当主様」
悟は桜子さんをじっと見ている。
「あんた……何者?」