Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    関東礼

    @live_in_ps

    ジュナカル、ジュオカル、ジュナジュオカル三人婚
    成人済

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💐 🍣 🍰 🎆
    POIPOI 26

    関東礼

    ☆quiet follow

    先日ウェーブボックスからリクエストいただいたオフィスラブのジュナカルです
    リクを送っていただきどうもありがとうございました
    オフィスラブのシチュエーションがほぼ活きておらずすみません…

     斜め向かいの椅子に座るカルナが顔を上げ、アルジュナを認めて懐かしそうに笑った。ロールカーテンの下ろされた技術部のオフィスは淡い水色に潤んでいる。三つ年上だ。折り目正しいネクタイの結び目は、彼の社会人としての振る舞いへの習熟を示している。いま、膝を付き合わせひとつの画面を見つめている男より、カルナはずっと大人で、だから学生時代のアルジュナは菓子をほしがるように焦がれた。彼が甘いお菓子から夏の暑い日の塩に、そして砂漠での一滴の水に変わるまで一年かかった。いらないと思ったのだ。十九歳のアルジュナが振った二十二歳のカルナはよその部署に配属された中途採用の新人として彼よりもアルジュナよりも年下の先輩に仕事をならっている。
     終業時間を待ち、声をかけた。真新しい社員証をゲートに通したカルナが駅の方向をちらりと見やってからアルジュナと並ぶ。足を止めた。「まっすぐ帰るのか?」の問いかけに「いや……」と返事を濁すと、「ならオレの家まで案内してくれ」。地図アプリの画面を見せてきた。透明なスマホケースにはメンズアイドルのブロマイドが挟んである。
    「相変わらずだな」
    「む。なにがだ」
    「好みがわかりやすい。……私のこともガキだと思って好きだったんでしょう。大学一年の頃なんてまだ垢抜けようとも思ってなかった。いまはもうおじさんだから貴方の眼中になんてないだろうが」
    「振った側のくせにずいぶん未練がましいことを言ってくる。8年ぶりか? 同じ会社にいたのは偶然としても、お前から寄ってくることなんてもうないと思っていた。せっかくだ。頼りにさせてくれ。きょうだけだとしてもな。引っ越したばかりでまだまっすぐ家に帰れないんだ」
    「いいですよ。先にそこの喫煙所に寄らせてください。一本吸います」
     紙巻か? 訊ねてくるカルナに頷く。街路樹の葉が風に揺れている。
     カルナの家の場所は一回で覚えた。二十二歳の彼のアパートも派手なラブホテルが裏にあってわかりやすかったものだ。部屋が暑いからと夏の間はまだ童貞のアルジュナも遊びに行くたび涼みにホテルへ誘われた。バイト先だから許してもらえてるのだと言っていた。家族に言い知れぬいらだちを感じたとき、GUで揃いのパジャマを買って一日ずっとホテルでアイスを食べた。映画を観た。同じサイズの服を着ると否が応にもカルナの華奢さに気が向く。エアコンの下近づいた肩の温もりにも。貝殻型のベッドに腰掛け真珠を模した照明に照らされた彼は美しかった。静脈の透けて見えるこめかみに蜜柑色の影を帯びた汗が付着し、薄いまぶたが赤らむ。
     翌日はさっそく家へ迎えに行った。早起きの得意なカルナは身支度を終えコーヒーを飲んでいたところだった。机に伏せられた文庫本はガルシア=マルケスの「百年の孤独」だ。透明なカバーの下で黄色い表紙が朝陽を浴びていた。連れだって電車に乗り改札を抜ける。つり革を握りつつ横目に見た横顔は八年間、胸に秘めてきた面差しより痩せている。心の中にある湖、膝を折らずとも見つめられる鏡のような水面へ乳白色の波頭が混ざり、粉糖めいて溶けながらカルナの顔が映る。真っ暗な闇にずぶ濡れの彼が立ちあがり、流星のごとく弾ける滴を払い笑うのだ。まなじりの柔和に吊った愛おしそうな顔。甘い檸檬の汁を舐めたみたいな貴い驚きに打たれ立ち尽くす姿。カルナの愛の告白に動揺して咄嗟に断ったその日を境に、アルジュナはことさら懐かしく彼を心臓へ囲ってきた。初めてのキスの間もまぶたの裏にあったのは彼の顔だ。伏せられたまつげの影も頬の産毛も狂おしく真実で、目を開いた途端消えてしまうことにどうしようもなく不安になる。「お前とセックスしたいだなんて一度も思ったことはない」と手を握ってきたカルナを自分の匂いのするベッドで抱き潰すことばかり考えて生きてきた。あと一年傍にいられたならたぶんその場で断ったりしなかった筈だ。己が心に照らし合わせて、果たして熟考すべき相手だと結論はださずともみすみす逃す真似はしなかった。その彼が口実をつければ一日のうち何度だって会いに行ける場所にいる。もうデスクまでの最短距離を100回シミュレートした。大口の商談相手との交渉より具体的で、けれど無意味なシミュレート。ただなぞるだけで喉が熱くなる。
     近くの公園でともにランチをとった。世話を焼くのは得意だ。四阿の下で鯉の行き交う清かな水音がする。
    「まめな男になったな」
    と空の弁当箱を包み、カルナが所在なげに視線を遊ばせる。向き合った。正面から見つめ返す。
    「アルジュナ。お前……もしや、オレを好きなのか?」
    「そうですよ。もしやなんてわからないふりをするのはよしてください。先輩だって昔は好きな男に親切にしてたでしょう。つまり、私にです」
    「ん……」
    「これからは私が貴方に親切にして甘やかしてあげます。久しぶりに会った後輩がこんなになっていて怖いだろう。私たちには共通の友人がいなかった。貴方が卒業して部活にこなくなっただけで容易く音信不通になれる。LINEのひとつも交換しないまま纏わりついてきていた貴方の慎重さを稀有に感じるようになったんです。上品すぎますね」
     ふいにコーヒーの良い香りがした。マグボトルの蓋に半分注ぎ、カルナが手渡してくる。指と指が触れあった。花と柑橘系の果実の香りのするゲイシャコーヒーだ。浅煎りの豆は口当たりが瑞々しく、爽やかな風味のとおる鼻孔がくすぐったい。「お前にやさしくされるのはごめんだ」。すました顔で彼が言い、ボトルからコーヒーの匂いを嗅ぐ。
    「おぼこくてひたむきだからな。気立てがいい。人を大事にするより、大事にされている方がいいよ、お前は」
     卒業式以前、アルジュナが振る前のカルナの思い出は、一度も恋に汚れていない。湖に映るカルナの姿は見ようと思わなければ無垢のまま取り出し触れることができる。暗中のほとりにさらにまぶたの闇を重ねて、むしろ白く霞んだカルナの影はアルジュナの指で抽象と変わり執心のフィルターを透過する。自意識の過剰さゆえすべてが新鮮に輝いて見えた世界で、彼も神の思し召しのように燐光を帯びていた。年を重ねるにつれ生々しく古びるカルナへの慕情から隔たって、まだアルジュナへの恋を告げない彼がきれいだ。
     それがうれしい、といまのアルジュナは思う。
     年上ぶって二十七の男をおぼこだと言うカルナはなまめかしく老いている。学生のときと違い年の差もほぼ消失したようなものなのに、真面目に後輩として扱おうとする彼の方がよほどひたむきだ。
     休憩の終わりには部署へ送っていった。靴音の響く廊下を歩きつつ、彼の薬指に人差し指を引っかける。わずかに空いた隙間へ手を滑り込ませ握った。腰よりやや低い位置で繋いだ手のひらがじょじょに汗ばみ吸いついてくる。カルナはほとんど力を抜いており、アルジュナの手もぎゅっとときめく心臓とは正反対にリラックスしている。彼にまた会うまで、しんどい恋だと勘違いしていた。自分の抱いているものが大人の二人を疲れ果てさせてしまうような愛だったらと思うと切なかった。でも違うらしい。カルナは気楽そうにしている。デスクに座るまで繋いだままのアルジュナの手を引き、途方に暮れる目つきをした。次いではにかみ、忍び笑う。
    「このかわいい恨み言をオレに、全身で言い続ける気なのか、しばらく」
    「カルナが大事にしてくれるなら一生です。しばらくでいいならこんなに見せびらかしたりしない」
     こちらから手を離した。アルジュナをひたむきだと言ったカルナの心に従いたい。席へ戻り、パソコンのスリープモードを解除する。暗い画面に一瞬映ったアルジュナの顔は古び方がカルナと似ている。
     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏🙏🙏😭😭😭💞💞💞🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works