煌めく星の河を渡り望むものは(七夕の日テゾル)グラン・テゾーロに乗船するルートは、ふたつ。
世界一のカジノ船であり誰もが憧れる豪華客船でもあるグラン・テゾーロを、一生に一度の贅沢だと夢見て訪れる者たちを『捉える』ためのルート。グラン・テゾーロを宣伝するパンフレットにも大きく取り上げられている黄金の水路――それを通ることはすなわち、絶えることなく降り注ぐ金粉をその身に浴び、知らぬうちに黄金帝の奴隷予備軍となることを意味する。
故に、各国の富豪や王侯貴族、天龍人、海軍といった、純粋な『客』として迎えられる者たちは、後方の安全な港から乗船する。
かつて拳を交わし、紆余曲折を経て今は黄金帝の唯一としてグラン・テゾーロに招かれているルフィも、無論、テゾーロの能力を染み込ませた金粉をその身に浴びる必要などどこにもない。
だが、その日――仲間たちにはいつも通りの港を使うよう告げたルフィは、ミニメリー二号にひとり乗り込んだ。
宙へ掲げたてのひらに、大切な麦わら帽子に、静かに降り積もる金粉。水路と同じように淡く煌めき始めた自分の腕を捻ったり曲げたり、どこか懐かしそうに、楽し気に動かしながら眺めていたルフィは、ミニメリーの頭の上で小さく震えた電伝虫ににやりと笑った。
『――何をしている、麦わら』
水面や水路以上に煌めく豪奢な電伝虫から流れ出たのは、不機嫌な声。
「テゾーロこそ!もうすぐショーが始まる時間だろ?楽しみだなァ。おれ、今日はトクトウセキで見てるからな!」
『席はこちらで用意していると言ったはずだ。……海水のプールに放り込まれたいのか?』
電伝虫から微かに聞こえる靴音の反響。一度その場所にも連れて行ってもらったことがあったが、カツン、カツン、と響く靴音はショーの開始を知らせるカウントダウンだ。ルフィの胸の鼓動も、その音に合わせて期待に弾む。
だからこそ、ルフィはテゾーロに「断る!またあとでな!」と高らかに告げ、通信を切った。
いつでも自分の思い通りにならない相手に、これからどうしてやろうかと薄暗い感情が胸の内に渦巻く。
だが、その一方で、今回は何をするつもりだ、と予想だにしない行動で心からテゾーロを愉しませる唯一の存在に、知らず、口角があがった。
鮮明に脳裏に蘇るのは、はじめてその姿をこの目でとらえた日。
テゾーロの心に呼応して水面が大きくうねり、ステージを一気に天井まで押し上げる。頭上で響き渡るメロディにのる自身の名にぐっと手をあげ、黄金色の空を割ったテゾーロに、大観衆の声と数多の星が降り注いだ。
今日のショーのコンセプトは、とある国に伝わる物語をモチーフにしたものだ。テゾーロが大きく腕を払うと、小さな星の欠片が集まり、空に星の河がうまれた。
続いて、軽快なステップを踏み華麗なターンをきめたテゾーロの、羽ばたきにも似た大きな手の動きに応えたのは、黄金の水面ではじけた水の粒――それが形を変えた、鳥の一軍。
観客がその優美な姿に新たな歓声をあげたが、それを上回る野太い声が突如会場に響き渡った。
「テメェら!あいつら全部奪い取れ!!それでもうひと勝負といこうじゃねェか!!」
テゾーロの能力は広く知られているというのに、自分こそは、と己の能力を見極められない名もなき海賊たちの挑戦は耐えることがない。今日一日しか行わないショーを邪魔する輩に、薄い笑みを浮かべながらも静かに怒りをのせた黄金の枷をテゾーロが生み出そうとした、その時。
「こらー!おまえら、テゾーロの歌の邪魔すんなァ!!」
赤い弾丸が、星降る空を駈けた。
「お、お前ら!ちょうどいい。ちょっと手伝ってくれっ」
熱した鉄のように色づいた肌からほのかな熱気を立ち昇らせたルフィがそう声をかけたのは、無粋な海賊たちの攻撃を避けて羽ばたく黄金の鳥。自身の体長とほとんど同じそれの背に飛び降りたルフィに、命を持たぬはずの鳥が声なき声を高らかにあげ応える。
縦横無尽に旋回する鳥たちの背中に次々と飛び移りながら、ひとり、またひとりと海賊を水面に叩き落としていくルフィの動きに合わせ、テゾーロの意を受けたバンドがふさわしいメロディを奏で観客を盛り上げた。
仕上げはいう間でもなく、テゾーロの役目。
船長を船ごと砕いたルフィの一撃を見届けたテゾーロが再び歌声を響かせ、黄金の腕で落ちた海賊たちを次々に拘束し――集まったそれは、観客の見慣れぬ異国の植物の姿に変わった。空飛ぶゴンドラに乗ったダンサーたちが観客たちに声をかけ、あらかじめ渡していた色とりどりの短冊をあつめその枝を彩った。
フィナーレは、星の河にかかった鳥たちの橋という美しくも豪華な景色。降り注ぐ星の煌めきは水路の比にならないほどの煌めきで、興奮しながら手を伸ばす観客たちから、橋上の逢瀬を隠した。
「――まったく……何がしたいんだ、おまえは」
ステージではそれなりに楽しむことができたが、プライベートフロアの巨大な浴室に体を沈めると、自然と深い溜息がテゾーロの口から漏れた。
VIP席のモニターで一部始終を見ていたらしい麦わらの一味がバカラに説明した内容によると、年上の恋人を振り回しがちなルフィにたまには素直に何でも言うことを聞いてみたらとけしかけた仲間がいたらしい。特に今日は、とある国ではめったに会えない恋人たちの逢瀬の日だからと。
能力で誰もが――麦わらのルフィという世界を揺るがす男をも意のままにできると考えていたのは、昔の話だ。否、いまでも奪えるものからは奪っていたが、ルフィ自らがその支配下にはいろうとしたことは、テゾーロに複雑な思いを抱かせた。宣言通り海水で洗わせようとしたのも断られたため、未だルフィの体にはテゾーロの能力の支配下に在る黄金が染みついている。
ぱしゃぱしゃと楽し気に足を動かしているルフィの頭頂部に落ちた声と吐息は、テゾーロが思っていたよりも大きく浴室に響いた。きょとん、とした表情で首を傾けたルフィの大きな黒い瞳が、テゾーロを映す。
「なあ、テゾーロ」
もぞもぞと腕の中で体の向きを変えたルフィは、ちゅ、と音をたててテゾーロの眉間の皺にキスを落とした。その予想外の行動に、ふ、とテゾーロの体から力抜ける。それを感じ取ったルフィが、今度は右肩に僅かにのぞく、星の端にも口づけた。
「――今の、おまえがやらせたか?」
「……なんのことだ」
「いまの、ちゅーだ!――違うだろ?それに、前にも言ったじゃねェか。おれはおまえに支配されねェって。おれはいつだって、おれのしたいようにするだけだ。だから、テゾーロだってそうしていんだぞ」
な、と笑うルフィの表情のうちに、無邪気さだけでない感情を読み取ったテゾーロは、悩んでいた自身を内心で笑い飛ばした。
「……それも、そうだな。ならば私も、好きにさせてもらおうか」
ぐ、と握った拳に込めた力が、黄金を自在に操る。望むところだ、と笑ったルフィに仕掛けた口づけは頬を掠めただけで終わったが、それでもテゾーロも、嘘偽りのない笑みを浮かべていた。