夢を見た。
内容は、少し前にあった不思議な出来事。
自分たちの命を、音楽を、夢を守るために戦っていた時だ。
夢の中での自分たちは、あと一押しが足りずそれでも負けてたまるかと、見えない敵を睨みつけていた。
向かうから攻撃が来て、それを相殺するために音楽を奏でる。
必死にドラムを叩くも、消しきれなかった攻撃が後輩2人の方に向かった。
とっさに2人を庇おうとした時、前に立っていた冬玄が何かを掲げた。
それはあいつの首にかかっていた黒い石、確か、姉の形見だと言っていたもの。
石は甲高い音を出したかと思うと、強い衝撃波を放った。
それは確かに目の前にいる不可視の怪物に届いたらしく、叫び声をあげる。
同時に風が止み、圧迫感が消えた。
勝った。生き残った。
嬉しさに腕の中の2人を抱きしめて、冬玄にもハグをしてやろうと振り返った。
あんなことできるなら早く使えよ!なんて軽口を叩こうとして、
いなかった。
正確にはいるはずの場所には何かが落ちていた。
あいつのベースと服と、血と肉だけがそこにあった。
「なんで…?」
疑問の声が口から出たが、頭では理解してしまった。
あの時使っていた石は、効果は強くとも反動が大きいものだったんだと。
あいつは、それを承知で使って死んだんだろうと。
理解に感情が追いついて絶叫する。
同時に、頭のやけに冷静な部分が気付く。
音が遠い。
琥珀くんが冬玄だったものに駆け寄る音も、南香ちゃんがあげる泣き声も全ての音が遠くに聞こえる。昔のように。
立て続けに起きる理不尽に心が崩れる感覚がする。
ふと、ろくに聞こえないはずの耳に声が届く。
やけにハッキリ聞こえるその声曰くは、俺に残った聴力を捧げれば冬玄を生き返らしてくれるらしい。
選ぶまでもない。
残ったところで何の役にも立たない俺の耳なんかより、冬玄の命の方が大事に決まってる。
俺の答えを聞いた声は、愉快そうに嗤う。
薄れる意識と同じように、俺の世界から音が消えた。
次に目が覚めた時は病院だった。
全身傷だらけだし、やっぱり音は聞こえないけど、同じ病室に冬玄がいた。
あいつの姿を確認した瞬間みんなくっついて泣き出した。
あいつは訳分からんみたいな顔をしてたけど、俺はみんなで帰ってこれたのが嬉しくてしょうがなかった。
でも、そこからは上手くいかなかった。
俺の耳は聞こえないし、琥珀くんは前ほど上手く楽器が扱えないという。
琥珀くんのものは努力次第でどうにかなるかもしれないが、俺のはどうしようもない。
暫くは続けてみたけれど、やっぱりバンドを辞めようと決めた。
メンバーのみんなは引き止めてくれたけど、俺自身がみんなの足を引っ張って、前に進めなくなるのが許せなかった。
だから、荷物をまとめてバンドから出ていった。
そこで目が覚めた。
ベッドから飛び降りて、録音してある自分たちの音源を流す。
聞こえる。
大きく息を吐いてへたり込む。
そうだ、あれは夢。
現実では誰も欠けなかったし、俺の耳も治ったし、バンドはみんなで続けてる。
ただ、とベッドに頭を預けながら思う。
多分、あれは可能性として有り得たことだ。
冬玄の石にそういう効果があったのは知ってるし、あいつだけじゃなく、誰が死んでもおかしくない状況だった。
最後の声あたりのはよく分からないけど、分からないことは沢山あったし、深く考えないことにする。
あの時誰かが死んでたら、夢と同じ選択はするだろう。
たとえバンドを辞めることになっても、誰かがいない方が辛い。
でも、ここは夢じゃなくて現実だ。
仮に今耳が聞こえなくなっても、絶対にバンドを辞めるものか。
難聴でもやりようはいくらでもあったんだ。
耳が聞こえないくらいで辞めてたまるか。
意地でもこの場所にしがみついてやる。
明日も明後日も、みんなでバンドを続けて、いつか1番のロックバンドになるんだ。
誰にも言ったことは無いけど、それが今の俺の夢。
さぁ、明日も練習だからとベッドに戻る。
もうあの夢は見ない。自分たちはあそこを乗り越えた。
あとは全員で先に進むだけだ。