静寂を揺らして、波が立つ。
目が合うだけで。
耳がその声を拾うだけで。
真の足元にはこの頃頻繁に、小さな波ばかりが打ち寄せては去っていく。ざわざわと落ち着かないのに、どうしてかそれが嫌ではない。予期せぬタイミングで通過していく波を幾つも見送ってきた真はふと、波紋の生まれるその場所にもっと近付いてみたいと思った。
この時間は中庭でトレーニング中のはず、とカーディガンを羽織った真が訪れた先には、靴紐を結び直して気合いを入れるジュンの姿があった。結んだ縄跳びをほどいたジュンが、伸びきった前髪の向こうに佇む真の存在に気が付く。軽く会釈して挨拶をした彼に、真は少し落ち着かない様子で切り出した。
「あのさ、漣くん。この間のやつ、僕もやってみていいかな」
「この間のって何すか」
「だからその」
夜の蒼い影にも決して埋もれない、ジュンの眼光を真正面から向けられて。目を泳がせて狼狽えた真はしかし、意を決したようにジュンへと向き直った。
とてて、と小さな歩幅で距離を詰めると、両腕を広げてぽすり、横っ腹に飛び込んだ。
「じゅ……充電!」
ってやつ、と。小声で付け足した真は、ウィンドブレーカーの滑りやすい生地を指先で辿る。冷たさを感じたのも束の間。次第にじんわりとジュンの体温が伝播して、ああ、確かにこれは何とも形容しがたいものが心に蓄電する感覚だと、こわばっていた真の頬も緩んでいく。
その、上方で。
手の甲を口元に寄せたジュンは、あまりの衝撃に思考も身体もフリーズ、もとい、ショートしていた。冷たいはずの風が心地良いとすら感じる程に、耳はひどく熱を帯びている。
「……過充電っすわ、オレの方は」
静寂を揺らして、波が立つ。
そう、一滴。
零して波を立てるのはいつだって真であるという真実を、当の本人は未だ知る由もない。