[27/30] 30話後、次元を超えるエースとアリス 息を吐き、俯いていたエースの顔が上げられる。
「君みたいに全部綺麗に忘れて、新しい気持ちで生きていく道も、もしかしたらあるのかもしれないけど」
人差し指を自身のこめかみに添え、彼はこつこつと軽く叩いた。
「唯一覚えている俺すら忘れたら、『その人』は正真正銘、この世界から消えてしまうから」
全ての人から忘れられてしまったら、「その人」の存在が、生きた軌跡ごと無くなってしまう。こんなにも自分に影響を与え、確かに隣に居たはずなのに。薄れるどころか白く透明になり、完全に無に帰してしまう。
「だから『アリス』を俺は忘れない、忘れることなんて出来ない。……そういう訳で君とは、どんな気持ちで関わって、どんな距離感でやっていけば良いのかなって。ずっとずっと、考えていたよ」
アリスはようやく一つ、理解した。
始めは、何もかもを忘れてしまうことの寂しさや申し訳なさ。次に、何もかも忘れられてしまうことの方がずっと辛いと身を持って体感した。
けれども、そうではなかった。真に辛いのは、痛いのは、忘れられてしまうことではなく、覚えていることだ。誰とも共有出来ない思い出を、過去を、記憶を。楽しいことも哀しいことも全部全部、自分独りだけがいつまでも忘れられずに覚えていることの方が、ずっと――。
それを知っていて尚、忘れぬ者で在り続ける道を選ぶのが、エースという人間なのだ。
「なら、記憶を失った私と、『アリス』と、何度でもまた出逢ってよ」
忘れゆく者にしか成れないアリスは、今思いつく精一杯の提案を彼へと投げ掛けた。