[30/30] 30話後、次元を超えるエースとアリス 空間の瞬きが増える。ハート、クローバー、ダイヤの欠片に囲まれたあの、暗く深い水の底へ転送されないことをアリスは強く祈る。
一方のエースは平然と――それどころかどこか慣れた様子で、不安定な色彩のざわめきを眺めていた。不意にアリスは、ひとつの可能性へと思い至る。
きぃんと響く、長く強烈な耳鳴り。
「ねえ、私が記憶喪失になったのって……もしかして今回が初めてじゃなかったりする?」
高音に擦り潰されぬよう、ほとんど叫ぶような形で。尋ねたアリスは、エースの唇が動くのを見て必死に耳を澄ます。
「この約束をくれる『君』も、今回が初めてじゃなかったりして」
掲げる小指に結ばれた水色が、アリスの見た最後の景色だった。
***
見上げた空は青く、澄み切っている。
黒の城の廊下でテント泊をしていたはずのエースは、出入り口の幕を上げたら森に囲まれていたという一連の状況から、引っ越しが起きたのだと理解した。自室で寝起きする住人と異なり、彼の場合はこういう時に余計な苦労をする。規模の違いはあるが、森は基本的にどの国にも存在しているものだ、どの国に、どの組み合わせで配置されたのか、把握をするまでにどうしても人より時間を要してしまう。
まずは国の全体が見える高台を目指し、のんびりと道を往くエースの視界の先。見慣れた、見知った、忘れ得ぬ水色のスカートが、穏やかな風に揺れていた。分かれ道で立ち止まり、どちらの道に進むか悩んでいるようだ。
「……さて。それで君は、」
エースは数十メートル先の少女ではなく、良く晴れた空を――否、空の向こう側にある「こちら」を見上げて。
「『君の』アリスは、俺と。どんな仲になってくれるんだ?」
楽しそうに笑ってから、答えを待たずに少女の元へと歩き出した。
そうして彼は改めて、何度目になるか分からない「はじめまして」を口にする。
いつかの果てで、最後の一人になったアリスに巡り合うために。
今も独り、悠久の時の狭間を歩き続ける。
了