なゆみゆ(トンチキ)なゆみゆ
「やるからには本気でいく。まずはそこに横になれ」
お前にSMはまだ早い、という言葉が癪に触ったのだろうか。那由多は一体どこで調達したのかもわからない不気味な仮面を装着するとポケットから鞭を取り出した。試すようにピシャリと床に叩きつける姿が妙に様になっていて息を呑む。那由多の手はこんな悪趣味な玩具ではなく、世界を奪う歌声を浴びせるに曲を作り、マイクを握るためのものだ。これは深幸のある種の願いでもある。しかし那由多はお構いなしに、その神聖な手でふざけたアダルトグッズを握りしめる。今日に限ったことではない。数日前は禍々しいディルドを掴んで「こんなジャンクに俺が負けるわけがない」と突きつけてきた。烈火の如く怒り狂っていて非常にわかりづらいが、那由多なりのやきもちなのだと思う。ちなみに深幸はその玩具を使ったことはない。酔っ払った友人に罰ゲームと称して押し付けられただけだ。激怒していた那由多は中々話を聞いてくれなかったが、宥めながら事の流れを説明すると途端に興味を失ったように凶悪なそれを投げ捨てていた。今回もどうにか説得して、早くその凶器を奪い取らなくてはならない。那由多はマニアックな性癖を知らなくていい。否、知らないでいてほしい。夢を見すぎだと言われても構わない。そのくらい深幸は本気だった。
「待てって那由多…!重くなったかって聞いたのは俺がデリカシーなさすぎたよ。ごめんな?」
「許さねえ。俺を肥やして喜んでいたのは誰だ?俺を膝に座らせて喜んでいたのは誰だ?」
「ご、ごめんって……てか俺そんなに喜んでた?」
「は…?喜んでただろうが!おい界川わかってるのか!!!」
どうやら那由多の逆鱗に触れてしまったようだ。普段の生活や練習中では、那由多の怒りのボーダーラインはなんとなくわかる。少なくともここまで怒らせたことは殆どない。しかし恋人同士として二人きりになるとそうはいかなかった。深幸にそんなつもりがなくても那由多が煽られたと感じることが多々あるし、少しでも子ども扱いすると不機嫌になる。面倒くさい点は多々あるがそんなことも許せるくらいには、那由多のことを愛おしく思っているし、大切にしたい。大切にしたいからこそ、妙な性癖の扉は開かないで欲しいのが本音だが、深幸の願いも虚しく那由多は鞭をぐっとしならせた。不思議と絵になるのだから余計に困る。
「那由多、落ち着けって。な?」
「あ?俺は落ち着いている」
怪しい仮面をつけて玩具を振り回す様子のどこが落ち着いているのか深幸には理解できなかった。お世辞にも上品とは言えないギラついたそれは那由多の目元を覆い隠してしまっていて、険しくも整ったあの素顔が恋しくなる。
「……お前、なんて顔してんだよ」
そりゃあ可愛い年下の恋人が急にマニアックなプレイを強要してきた(那由多はただムキになっているだけだが)のだから、戸惑いもする。