撫でてほしい 催眠を掛けた相手が連れ立って警察へと向かっていく姿が見える。反対側では警察がボヤ騒ぎの工場の検分に立ち入るのが見える。
モクマは隣に立つチェズレイを見上げた。髪がさらさらと風に靡き、やわらかいフラッフィも存在を誇示している。
「終わったね」
「そうですね。ああ、明日はニューイヤーズデイでしたか」
警察の近くでは騒ぎを知らない市民が新年のカウントダウンを始めている。
「この国は明朝大騒ぎでしょうね」
「うん」
二人は他人事のように言っているがこの国の大スターが違法薬物の製造に拘わっていたとなればゆっくり眠ろうとしていた新聞記者も目が覚めるだろう。
「チェズレイ」
「なんでしょう」
充足した表情でチェズレイはモクマを見る。その彼にモクマは己の頭頂部をゆびさした。
「でてる」
「嬉しいから出てきたのですね。でも帰るまでは隠れてくださいね」
チェズレイが白く柔らかいフラッフィを撫でるとすっとそれは消える。
それでは帰りましょうとチェズレイは歌うように軽やかに声を掛ける。
了解の言葉と共に二人は空を舞ったのだった。
部屋に戻り、潜入服の手入れを済ませるとモクマは体を洗い流し、湯船に浸かった。この国一番のホテルの一組限定のスイートルームに二人は滞在している。
モクマのいるバスルームは豪勢な夜景が見え、かたやチェズレイのいるシャワールームは公表されてはいないが襲撃されようと安全な部屋になっている。
ブロッサムから取り寄せた浴槽に浸かるモクマは不意に見せたフラッフィの生えたチェズレイに思いを寄せる。
フラッフィが生えても生えなくてもチェズレイはチェズレイだ。すべてが好きだとどれだけ言えば彼に通じるのだろうか、美しい夜景を見ながらモクマは一つ息を吐いたのだった。
モクマが珍しく長い風呂から戻ると既に終わらせていたらしいチェズレイが濃紫色のバスローブに身を包み長い髪の毛の手入れをしていた。
やわらかいフラッフィがまだしっとりと濡れている。
「おいで」
何をするのか悟ったのだろう、チェズレイがモクマの座るソファの隣に座る。モクマが木製の青いリボンがついたブラシとタオルで丁寧に白いフラッフィを乾かしていく。目に見えて嬉しいのだろう
チェズレイから鼻歌が聞こえた。
ブローで使用したタオルをランドリー行きの袋に入れ、モクマは再びチェズレイの隣に座る。
ご機嫌だね、とモクマが言う前にチェズレイが優しい声音を掛けながらモクマの身体を抱き締めた。
「モクマさん、私ね、一番幸せな新年を迎えたなと思うのですよ。世界征服が順調なだけでない、この耳を肯定してくださるかたが……ほら」
モクマの手が愛しむようにチェズレイのフラッフィと、乾いたばかりの髪を撫でる。
(いいこだね、チェズレイ……)
「モクマさん」
「どうしたんだい」
心を読まれたのだろうか、モクマは思いながらも平時と変わらない顔をする。
「いいこいいこしてください。あァ……私は悪党ですから、悪い子悪い子でも……」
舌を出しながらチェズレイはモクマに強請る。強請ることが出来なかった子が出来るようになった。それも自分だけに――それだけでもモクマは嬉しかった。
「生きてるだけでいいこだよ。チェズレイ、今年もよろしくね」
心地いい髪も、ふわふわなフラッフィも含めモクマはチェズレイの頭を撫で続けていた。
「ええ。モクマさん……」
「ん?」
ぴたりと撫でるのを止めるとチェズレイは困ったような顔をした。
なにか悪いことをしたのだろうか。モクマは不安になるとチェズレイが小声で訴えた。
「もっとなでなでしてくださいね」
彼が喜ぶならばいつてもいくらでも望むものを与えよう。心に決めてモクマは向かい合ったチェズレイの額に口付けた。
「喜んで」
そしてしばらくの間チェズレイはモクマにされるがままに撫でられたのだった。