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    Houx00

    @Houx00

    @Houx00
    色々ぽいぽいするとこ
    こちらは二次創作です。ゲームのキャラクター、公式様とは一切関係ありません。

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    Houx00

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    里のみんなが半分モンスターになってわちゃわちゃしながら美女と野獣ごっこしてウツハン♀がくっつく話
    なんでも許せる人向け
    【朗報】ウは二足歩行からの四足歩行

    狼は花を愛でる―◯●◯―


     ギルドからの依頼に出て、しばらくぶりの里に帰ると以前と少し様子が違った。

    「ああ、おかえり!」
    「ただいま戻りました」

     まず、傘屋のヒナミさんが頭巾をかぶっていた。
     まだ冷え込む季節だし、ずっと野外に立っているからかな…と納得して橋を渡りきると米穀屋さんもイヌカイさんも頭巾をかぶっている。
     でもその先の受付を見ると、ヒノエさんは頭巾をかぶっていない。

    「おかえりなさい、今回もご無事でなによりです」
    「ヒノエさん、ただいま戻りました。あの…皆さん、頭巾をかぶられているのは今のカムラの流行ですか?」
    「あぁ…ええと、それは……」

     なにか言いにくそうに視線を彷徨わせたヒノエさんを不思議に思っていると、

    「猛き炎よ、戻ったか!」

     たたら場の前から手を上げた里長がこちらに歩いてくる。
     その顔がいつもと違うような気がした。近くでよく見ると違うどころか、額から立派な角が生えている。ラージャンみたいな。

    「フ、フゲン様、その角は…」
    「おおこれか! どうだ、男前が上がっただろう」
    「…うん? はい、」

     茶化したように言って角を撫でる里長に、最近外からの観光で里を訪れる人も増えたし、新しい催しでもするのかと思っていると背後から複数の足音がした。

    「それが聞いてくれる 実はアタシたちも…」

     振り向いた私の前で勢いよく頭巾をとったヒナミさんの後ろでイヌカイさんも顔を出した。ヒナミさんの頭にアイルーのような耳が生えている。

    「全く困ったよ。これじゃどちらが飼い主かわからない」
    「…ワフ」

     そう言って頭巾を取り、隣のゴウカを撫でたイヌカイさんの頭にもゴウカと同じ耳。
     よくよく見ればふさふさの尻尾まで…。

    ―○●○―

     里の目抜き通りには私の帰還を知った人たちが集まった。
     ただし、その人たちの中には知っているのに知らない姿をしている人たちが複数いる。

    「すこし見ない間に皆さん…ワイルドになりました?」

     そう返すのが精一杯の私の視線の先では里長にはラージャンの角と尻尾、ハネナガさんにはイズチの耳と尻尾。アヤメさんはナルガクルガの黒い耳と長い尻尾を引きずりながら不服そうにしている。

     ハンターじゃない民はアイルーとガルク、子どもたちの中にはエンエンクやカモシワラシによく似た耳と尻尾をつけている子もいる。みんな、人の耳はなく獣の耳で音を聞き取っているのか誰かが話すたびにぴくぴくと動いた。
     アイルーと竜人の皆さんが難を逃れているのは元々が亜人だからかもしれない。

    「おかえりゲコ」
    「テツカブラ」

     いや、声のする方を見下ろすとよく見ればゴコク様だ。
     杖をついた長老様がみんなの腰の位置から私を見上げていた。

    「どうもこの里全体が妖術にかけられたらしいゲコ」

     困った顔で加工屋を見たゴコク様の視線の先には仏頂面で刃物を研ぐハモンさんがいる。勿論、その頭には隣のフクラさんとお揃いのアイルーの耳が…。ご愁傷様です。あ、よく見ればミハバさんも。

    「あっ、そういえば教官は? クグツチグモとかですか?」
    「ウツシか、あやつは…」

     船着き場の方を見れば定位置の屋根の上にその姿はない。けれど里長が指笛を吹くとすぐ、翔蟲の羽音がして新たなモンスターが里長の前に跪いた。
     と、同時にビタンッと勢いよく地面を叩く音がする。

    「いった! あぁ、また尻尾を地面に打ち付けてしまった…。あっ、里長! なにかご用ですか?」
    「ウツシもこの通りだ」

     俯いた金の角、頬の傷の隣、人間の耳の位置には青緑の尖ったもの。
     優しい琥珀のタレ目は相変わらずなのに眼球は瞳孔が縦になり、口布といつもの首元を隠す装束を身につけていないのは首元から覗く黄土色の蓄電殻と白い帯電毛のせいだろう。
     そしていつも通りさらされた小麦色の腕は青緑の甲殻が鱗のように肘まで伸びている。その風貌と言い、色合いといい、打ち付けたという尻尾もジンオウガにそっくりだ。
     どう見ても皆さん同様、いや、皆さんの数倍、異常な姿で太い尻尾を抱えて私を見た教官は嬉しそうに破顔する。

    「愛弟子! おかえり、帰ってたんだね!」

    ―○●○―

     そして舞台は集会所へ移った。

    「これが例の花だよ」

     艶のある葉に固く閉じた赤い蕾は椿の花のようだった。
     陶器の花瓶に一輪挿しされた花を持ってきたハナモリさんの頭にもガルクの耳。尻尾ももちろんふさふさと揺れている。

    「先日、カムラの里を観光に訪れていた少女がいて。白い装束の似合う可愛らしい子だったんだけど」

     花瓶を抱えたまま話すハナモリさんの話はこうだった。

     家族も連れもなく、一人でカムラを訪れたらしい少女は「呼ばれた気がした」と不思議なことを言い、しばらく里に宿をとって滞在したらしい。
     里のお団子やリンゴ飴を食べ、オトモ広場を見学し、たたら場の熱にも気にした様子なく見学したいと里長にねだった。もちろん、少女といえ限られた区間だけの見学だったけれど彼女はたたらの人々の昼夜を問わない働きぶりに「ふむふむ」と関心していたそうだ。

    「口調はすこし高飛車…というと言い方は悪いかもしれないけど、不思議な子でね。悪い子ではなかったよ。で、あちこち見た中でもウツシ教官をやたらと気に入ってね」

     そうして教官の後を着けて周っていたという。教官の言うことやることしていることを「それはなんだ」と逐一聞いて、それはもうべったりだったとハナモリさんは笑った。

    「古龍をはめる罠の開発や新しい鉄蟲糸技、ヌシの操竜についても興味津々で、そういえばモンスターたちのことも妙に詳しかったな…」

     そう言うと金の角を外の光に反射させながら教官が考え込む仕草をする。その腕はやっぱり雷狼竜の青緑の甲殻に包まれて首筋の白い毛先は集会所をそよぐ風に揺れた。

    「実はハンターになりたかったとか? もしかしてどこかで愛弟子の話を聞きつけて俺のところに来たんじゃ…」
    「それなら最後にあんなことは言わないし、こんなことにはなってないと思うよ」

     嬉しそうな口調の教官に苦笑するハナモリさんは話を続けた。

    「そして来た日と同じ、突然「帰る」と宣言した去り際に、彼女はウツシ教官にこの花を一輪渡したんだ」

     少女の白いワンピースに火のように真っ赤な花、里ではおめでたい配色のそれにウツシ教官は首を傾げながらも受け取ったらしい。
     往来で行われたそれに里の人々は小さな初恋か一時の淡い恋かと和やかに見守っていたら、少女の口からは理解不能な言葉が飛び出したという。

    「貴方は人間にしてはすこし力をつけすぎた。乱獲し、継ぎ接いだ化け物にまではしなくとも糸で縛り付けたモンスターを使役し、道具の改良にも余念がない」
    「え?」
    「すこしモンスターの気持ちを味わってみてはどう? なに、退屈はさせないわ」

     その時、晴れた空に一筋の稲光が走った。
     その音と光に空を見上げた里の人々は雨も風もない空を不思議に思いながら視線を往来へと戻した。そして少女と対峙する教官の姿を見て、通りかかったイカリさんが「ひぇ」っと悲鳴を上げる。
     そこにはまさに半分雷狼竜、半分人間のウツシ教官がいたという。

    「この枝から花びらが綺羅星のように舞い散ってなくなったとき、あなたたちはその姿から戻れなくなるわ。けれど貴方が白い光に撃たれるように誰かを愛し、またその人と結ばれたとき、この魔法は解けるかも。解けたらいいわね。聞けば貴方はあまりその…ふふ」
    「あなたたち…? その姿…? うわっ! なんだこの爪!」

     そこでやっと自分の姿に気付いた教官が叫び声を上げ、里中から教官と同じような悲鳴が響く頃には少女は忽然と里から姿を消していたらしい。
     一輪の花と混乱を残して。

    「というわけなんだ」

     話し終えたハナモリさんの耳が困ったときのガルクのようにへたりと寝た。引っ張ってもとれないらしく、感情と同期しているという見解。
    「というわけなんだ」と言われても夢物語のようなものだ。
     おとぎ話でももう少し脈略がありそうなものなのに。

    「とりあえず、元凶は教官ということでよろしいですか?」
    「そ、そんな言い方しなくてもよくない? 愛弟子…」

     花の管理はプロフェッショナルであるハナモリさんがしてくれているそうで今のところはなんの変化もないそうだ。でも椿の花は花びらだけではなくある日、花ごと落ちる。そこまでその子が知っていたかはわからないけれど、猶予はあまりなさそう。

    「でも『白い光に撃たれるように』とはどういう意味でしょう?」
    「それもみんなで考えたんだけど、その後に続く『誰かを愛し』という言葉に稲妻のことじゃないかって説が有力だね」
    「稲妻?」
    「ほら、昔からよく言うだろう? 稲妻に撃たれるような恋って」
    「なるほど?」

     そうは言いながら少女が口にするには古風な表現だと思った。
     みんなの言う通り、不思議な女の子だ。

    「とりあえず、教官が恋をして好きな人と結ばれればいいんですか?」
    「おそらく、そういうことだね」

     頷くハナモリさんの隣でこちらは以前と変わりないオテマエさんが口を開いた。

    「だからウツシに意中の人はいないのかと聞いても、」
    「好きな人は……い、いないよ!」
    「この通りニャ」

    「うーん」と一人と一匹が困ったように肩を落とし、教官はそっぽを向いて頬を掻く。誰よりもモンスター化の著しい見た目なのにその顔に緊迫感はなかった。
     それが気にはなりつつ、その日から教官の恋人探しが始まった。

    ―〇●〇―

     さっそく話が里に回ると教官の恋人立候補者は多く、里娘や未亡人、雌のアイルーも何匹かやってきた。
     普段は残念と揶揄されていても、人柄はいいしあの顔と稼ぎに人柄だ。気にしない人はしないんだろう。それにみんな耳と尻尾が生えていてお互い様と言えなくもない。

     その人たちと一通り面談して、めぼしい人を見つけるのが最優先の仕事だと里長に言いつけられた教官は朝から茶屋の長椅子に座りっぱなし。
     その前を代わる代わる座る女性が途切れたところで、一度休憩を、と伝えに行くと教官はその身をぐったりと机に預ける。
     そのそばに立ちながら声を掛けた。

    「大変ですね」
    「この姿だろう? フクズクに突かれるから屋根にも立てないし狩猟も禁止されて…」
    「気になる人はいましたか?」
    「うーん…」

     歯切れの悪い返事だ。
     可憐な女の子から妖艶な美人、もふもふのアイルー娘まで選り取り見取りだというのに。元々教官はあまりこのやり方にいい顔はしなかったのもあるんだろう。

    「子どもたちの中にも教官のお嫁さんになりたいって子が何人かいましたよ」
    「キミみたいに?」
    「それはっ、恥ずかしいからその話はやめてください…!」
    「そっか…うん、そうだよね。古いことを出してごめんよ」

     そう言って笑う教官の角がヘタリと寝た。
     朝からずっと続くお見合いであのウツシ教官とはいえやっぱり疲れているのかもしれない。

    「そうですよ。今はもうお嫁さんに匹敵する強い絆が私たちにはあるじゃないですか!」
    「そっか、そうだよね! 俺と愛弟子は師弟として結ばれて一蓮托生! 今さらそんな…ね」

     同意を求める瞳に頷いて私は嘘をついた。
     あの頃の気持はまだ燻ってはいても立候補するなんて恥ずかしくて出来ない。それに、好きな人はいないと聞いた時点で望みは薄い。正直、あのときはホッともしたけどやっぱりガッカリした気持ちのほうが大きかった。

    ―○●○―

    「ウツシ教官は理想が高いなぁ」
    「ハナモリさん! そんなつもりはないよ! ただ…」

     茶屋の椅子に根でも生やしたように座ったウツシ教官に声をかけると、彼はなんとも歯切れの悪い返事をする。
     そういえば気まずそうに湯呑を手にする手にある爪が一段と伸びているような、気のせいだろうか。

    「俺だってはやく元の姿に戻って愛弟子と狩猟に行きたいけど…そんな理由で相手を決めるのは相手にも失礼というか、」

     けれど中身は変わらず愛弟子基準な彼は、なんとも彼らしい誠実さでお見合いに挑んではいたらしい。

    「さすがにその姿では狩り場に出られないもんな」
    「うん、今日も本当は前々から約束してた愛弟子と狩猟の予定だったんだけど…」

     あれから時間は刻々と過ぎて、見守る花は幸いにも花瓶の中で凛と咲いている。
     ウツシ教官のお見合いは連日続き、今日も手応えを感じず集会所を後にする女性の背中を見送っていると、装備に身を包んだハンターが二人受付へとやってきた。

    「こんにちは、ミノトさん。受付をお願いできますか? あとからもう二人、狩り場で合流の予定です」
    「はい、どうぞ。ではこちらにお名前を…」
    「あっ! 今日はセールか。すこし買い足しておくものがあるからちょっと待ってくれ。な、ミノトちゃん」

     一人はこの里の英雄で、もう一人はおそらく同年代の男だ。
     二人は最近よく連れ立っているのを見かける。彼は近所の村のハンターらしく、カムラの加工屋の常連だという。そこから仲良くなったんだろう。

     受付カウンターに凭れ、親しげにミノトさんに声をかけた彼とは俺も何度か話したことがある。たくましく見るからに強そうな青年、けれどすこし軽薄で里娘たちに幾人か粉をかけていると噂話に聞いた。まぁそこはみんなカムラの強かな娘たちだ。うまくかわしているらしい。
     そしてよほど自信があるのか、その幾人の中にあのヒノエさんも含まれており、ミノトさんからは厳しい目が彼に向いている。

    「そんなに睨まなくてもいいだろう? 美人の真顔は怖いなぁ」

     そういって隣の英雄の肩に回った腕は細い腕で即座に払い落とされていた。英雄も英雄で仕事と割り切って彼とは付き合っているように見えた。
     とはいえ、ハンターなら彼のように色んな意味で血の気が多いものなんだろう。この里のハンターたちが穏やかで特殊なんだ。なにせお手本やハンターの代表格があのウツシ教官だ。そう思っていた。

    ――ビタンッ!

     と、そこで背後でなにかを床に叩きつける音がした。

    「やあ、愛弟子。今日は約束を守れなくてごめんね。気をつけて行ってくるんだよ」
    「あっ、ウツシ教官! お気になさらないでください。狩猟の代わりにお見合い頑張ってくださいね」

     そしていつの間にか椅子から立ち上がっていたウツシ教官は目に入れても痛くない教え子のもとに太い尻尾を引きずり歩きだす。その教え子の後ろでは、元気な声に振り向いた件の彼が驚愕の表情を浮かべていた。

    「うわっ、なにか里の催し物か?」
    「…あっ、これには色々と事情が、えっと…」

     角を生やし、禍々しい姿のウツシ教官は自らの姿を気にもせず二人に近寄る。人のいい笑顔を絶やさぬまま。けれどミノトさんにあとから聞いたところによるとその目は縦に瞳孔が絞られっぱなしだったという。

    「も、催し物です! ほら、アヤメさんとハナモリさんもあの通り!」

     そこでナルガクルガとオサイズチの尻尾を引きずりながら集会所にやってきた二人に視線を促した英雄は愛想笑いで彼に言う。
     他の里民は頭巾やなんやで誤魔化していたのでここまで彼も気づかなかったんだろう。

    「へぇ、これからは観光に力を入れるとは聞いていたけど…すごいな!」

     そして根は素直な青年は純粋な瞳で三人を見やり、英雄の言葉を信じたようだった。その間もビタンビタンと鳴る音に気付いた彼は音の主であるウツシ教官の背後を覗き込む。

    「これはどうやって動いてるんだ?」
    「それは里の極秘事項です!」

     変わらず床を叩きつける金の尻尾は挨拶以降、物言わぬ主のかわりに不満を露わにして彼の前で床板に叩きつけられていた。会議で不在のゴコク様がここにいたら「床が抜けるでゲコ!」とお叱りが飛んだだろう。

    「はぇ〜!カムラはまだまだ謎がたくさんだな! 面白い里だ! 美女も多いしな!」
    「そうなんです、他にもすごいところがいっぱいあるんですよー。ね、教官!」
    「そうだね愛弟子」

     そこでまた動いた尻尾はガルクのように横に揺れ、集会所の床は守られたに見えた。
     ところが、

    「ああ、そうだ。今日は俺の愛弟子のことをよろしく!」

     英雄と連れ立つ彼ににこにこと微笑みかけたウツシ教官はまたビタンと尻尾を鳴らし、一段と派手な「ゴッ」という衝撃と共に床板の裂けるバリバリという悲惨な音が集会所に鳴り響いた。




    「ねぇ、もう誰かハッキリ言えば?」

     口火を切ったのはアヤメさんだった。
     ナルガクルガの耳をイカのように寝かせて、お団子をかじる彼女が見つめるのはしょもしょもと角を下ろして集会所の床を修繕するウツシ教官。
     その隣にはいつもよりすこし目を吊り上げたゴコク様が仁王立ちしている。

     ぶち抜いた床の修理を手伝うと手を上げた英雄たちの申し出を「ご自身の不始末はウツシ教官ご自身でしていただきます」と制したのはミノトさんだった。本音のところはあれ以上、二人を彼の前に置いておくとクエストボードが薙ぎ払われるか、穴がまた増えるからだろう。
     そしてウツシ教官自身も二人を追い出すように見送ってさっさと代わりの板を見繕いに行き、大工道具を借りてきて今に至る。

    「どう見てもウツシはあの子が一番のお気に入りニャ」
    「だとは思うけど、それは愛弟子としてじゃなく?」

     オサイズチの尻尾の先にズタ袋を被せたハネナガさんがお茶のおかわりを注ぐオテマエさんに尋ねる。

    「そこでずっと身の入らないお見合いを見てきたあたしがいうから間違いなしニャ。あんな茶番もう見てられないニャ」

     すると呆れ顔のオテマエさんは今日はもう終いにするのかウツシ教官の特設お見合い席を撤去し始める。言われてみればたしかにそうで、お見合い中、食い気味に挑んでくる相手にどこか引き気味のウツシ教官の姿を思い出す。

    「さっきにしても雷を落とさなかっただけ理性はあるようだけど。若い男の子相手に一丁前に嫉妬なんてしちゃって。わかりやすいよね」
    「へぇ、あの人が嫉妬ねぇ…」
    「でもさすがにこれ以上は見守ってられないのニャ」
    「アタシもそろそろ元の姿に戻れないとこれまでのリハビリがパーになっちゃう」
    「そうだなぁ、俺もいい加減、尻尾の鎌を磨くのにも飽きてきた頃だし…」

     団子をつまむハンターの視界の先では金槌で一生懸命、釘を打つウツシ教官がいる。その音できっとこちらの会話は聞こえていないんだろう。
     それをいいことに二人と一匹に手招きされた俺は、おせっかい焼きな里の習慣にならってその輪に加わった。

    ―○●○―

     教官のお見合いは困難を極めていた。
     オテマエさんいわく教官が心撃たれるような女性は未だ現れず、それでも一度話したくらいではお互いわからないだろうと何度も茶屋に足を運ぶ女性もいるという
     そして今もぐったりと茶屋の卓に寝そべった教官の腕には青碧の鱗がびっしりと。先日見た時よりもモンスターらしい範囲が広がっているのは気の所為?

    「他に方法はないのかな…」
    「どうでしょう。ゴコク様も前例がないと仰っていましたし」

     話しかけた教官の腰掛けた長椅子には古い巻物が積んである。
     どれも里の書庫にあるようなしっかりした作りのものだ。妖術、奇術、呪詛…おおよそ眉唾ものな伝記ばかり。聞けばお見合いの合間に見ていたものらしい。

    「そっか…。あ、そういえばここを訪ねてくるなんてなにかあった?」

     いつもの笑顔に戻った教官はさっき寝た角を上げてこちらを見上げた。

    「ハナモリさんが『嫌な予感がする』ってうちに来て…」
    「ハナモリさんが? 花のことかい?」
    「はい。すこし茎が萎れてきているから教官のことを手伝ってやってほしいって」
    「今朝見せてもらった時は変化がないように見えたけど…。それに手伝うって…」
    「あと!アヤメさんとハネナガさんも! 教官の弟子として協力してほしいって! それから、オテマエさんも!」

     アヤメさんとハネナガさんははやく狩りに出たいから、オテマエさんはいつまでもお見合いでテラス席が使えないのは困るからと水車小屋を訪れた。いつも里にいるハネナガさんが? と不思議には思いながら、アヤメさんとオテマエさんの言い分には納得して教官の様子を見に来たけど…。

    「そっか、さすがにこれ以上はみんなに申し訳ないよね」
    「はい、元に戻れなくなったら色々と不便はあるでしょうし。里長は今の姿をお気に召しているようですが…」
    「うんうん。すこし我儘が過ぎたな…」

     その寂しげな横顔に教官が何かを隠しているような、誰かをかばっているような気がした。それというのも、それぞれバラバラに私のところを訪れた三人とオテマエさんは『ウツシ(教官)にはちゃんと想い人がいるはずだ』と口を揃えて言っていたからだ。

    「本当はいるんじゃないんですか?」
    「なにがだい?」
    「好きな人です」

     そこでぐっ、と教官の息が詰まった。
     わかりやすい人だ。
     
    「…彼女に想いを伝える気はないし、迷惑もかけたくないんだ」
    「それに彼女はここに座ってくれなかったから、望みはないんじゃないかな?」

     そして素直な人。
     お見合いのために常時予約席とされ、代わる代わる里中の女性が座った向かいの席を見つめて教官が寂しそうに笑う。

    「それにね! いろんな人と話してみて一人どうかなって思う人はいたんだ! まだその人にはなにも言ってないけど、旦那さんを亡くされてずっと一人らしくて…お互い今すぐにとはいかないかもしれないけど、親睦を深めたら、もしかしたら、」

     だんだんと遠くなる声は私が聞き取ることを拒否しているからか、教官の声が小さいのか判別がつかなかった。

    「あの人とは歳も近いし、落ち着いていていい家庭を築けるんじゃないかと。俺の今の見た目も『アイルーよりガルク派です』って気にしてないみたいだし」

     そのまま詳しく聞かされた教官の選んだ人は私とは正反対のタイプだ。
     見た目も、性格も、職業だって狩人のように長期間家を空けるようなことのない家庭的な人。その人を語る教官はすべてを悟った、凪ぐ水面のような穏やかな目をしている。

    「でも教官には好きな人が…」
    「恋にも色々とあるからね、叶わない恋も恋だよ」

     落ち着いた声で言う教官の背後できらめく川を花筏がいくつも流れていた。そんなふうにすべてを水に流して、本当に好きな人を諦めて教官は里のために誰かと添い遂げるのかもしれない。そんな予感がしたと同時に、教官の理想は私とは程遠く望みはないに等しい、そして何事も諦めない信念を彼から学んだ私はその選択にがっかりもする。

    「その人と…うまくいくといいですね」

     座りかけた教官の前の縁台から一歩後ずさって言うと彼の表情も見ずに背を向けた。ここで微笑み返されたら私は生涯、教官の笑顔を直視できなくなる。

    ―○●○―

     止める間もなく席を離れた愛弟子は集会所を出ていった。
     引き止める言葉もない俺は、伸ばした手の先の鋭い爪をまた卓に戻すと頭を抱える。

    「前、いいかしら?」
    「えっ?」

     可否の前に俺の向かいに座ったのはシイカさんで、彼女はアイルーの耳と尻尾を隠すことなく風にさらしていた。耳先の毛を揺らす風に目を細めた彼女は穏やかに俺を見つめる。

    「シ、シイカさん、まさかキミまで俺とお見合いを…」
    「ごめんなさい。顔は素敵で性格は可愛らしいとは思うけど、タイプじゃないの」
    「アッ…うん。ですよね」

     するとシイカさんはくだけた表情で頬杖をついた。

    「ここのところの騒動で一句思いついたからウツシ教官本人に聞かせようと思って」
    「詩かい? どうぞ。聞くよ」
    「じゃあ」

     んっん、と咳払いをして日よけの傘を見上げた彼女はすぅ、と息を呑む。

    「愛(め)で騒ぐあやめも知らぬ恋草を 埋み火気取るも火中に立ちて」

     凛とした声でシイカさんは詠み上げると、顎に手を当てて考える素振りを見せた。

    「うん。やっぱりイマイチ。どう? 当の本人としては」

     どうと聞かれても、図星を突く言葉にぐうの音も出ない。

    「ジンオウガも獣でしょ? やっぱり火は怖いの? 手を出せないほど」
    「シイカさんは手厳しいなぁ」
    「そうかしら。そのまま立ち竦んで一生物の火傷をする前に忠告しに来てあげたのに」
    「それは…、どうもありがとう」

     身を焦がすうちは熱に浮かされているのでまだいい。
     地獄はこの身から焔が消えたあとからじわじわ、じくじくと嫌な痛みを伴ってやってくる。この歳だ、そうなると傷跡だって消えやしない。埋み火のままくすぶりなどしたら尚、地獄。
     彼女の言葉は今の俺を見て、きっとそうなることを示唆しているんだろう。

    「後悔しない選択をね」

     そう言ってシイカさんは立ち上がると呆れたように尻尾で座布団を払って席を離れる。その背中を見送りながら押し黙る俺は、縋りたくても縋れない相手の顔がいつもに増して頭から消えずにいた。

    ―○●○―

     後日、諸用で里を離れていた私が集会所を訪ねるとハナモリさんに見せてもらった椿の花ははっきりと花弁を開いて黄色い花芯を見せていた。
     まるで今日、明日にでもボトリと落ちてしまいそうだ。
     だと言うのに、

    「教官が失踪した?」
    「そうでゲコ、里に戻って来ないゲコ。あやつめ、ここのところは日に日に難しい顔をしておったがまさか逃げたか」
    「教官はそんなことしませんよ。里を放って逃げるなんて絶対しません。ゴコク様だって知ってるくせに。調べ物もしてたみたいだし、もしかしたら妖術を解く手がかりを見つけたとか…」
    「にしてもおかしいでゲコ」

     と、空の特設お見合い席を見るゴコク様が言うことには…。

     夜なら姿を見られることもないだろうと里長に命じられ闇に紛れて夜の大社跡までおつかいに向かったことまではわかっている。けれど朝が来ても結果も成果も報告がなく、本人も里に戻らない。
    「朝には戻るよ」とだけ聞いていたオトモの証言にひとまず一昼夜を明かし、翌日も、翌々日も戻らないとなると里は騒然とした。
     それが、あのウツシ教官だからだ。

    「どこかのハンターに見つかってあの姿だから攻撃でもされたんじゃ…」
    「ウツシはその辺のハンターにやられるタマじゃないゲコよ」
    「でも……心配なので様子を見てきます」

     教官の安否はもちろん、今の里の騒動のこともある。
     それにここのところ教官は外からみてもわかるほど思い悩んでいたようだとハナモリさんは言っていた。
     そして私は最悪の事態を必死に頭からかき消しながら水車小屋に戻った。
     そこで大社跡に向かう準備をしていると、どこからともなく慌ただしい羽音が小屋に飛び込んで来る。

    「わっ、翔蟲?!どうかしたの?」

     水車小屋に二匹の翔蟲が飛び込んできた。
     慌てたように私の腕に糸を絡ませた蟲たちは玄関を向いて必死に飛ぶ。その鉄糸に引っ張られるまま立ち上がると、彼女たちは引きずるようにして私を里の外へと連れ出した。

    ―◯●◯―

     大社跡の近くの村で噂話を聞いた。
     山奥から獣の鳴き声がするらしい。
     大社跡まで様子を見に来ていた住民に聞き込みをしたところ、その鳴き声は私の師が失踪したのとほぼ同時期から近隣の村まで聞こえ始めたようだ。

    「それがなぁ、なんとも淋しげな遠吠えなんだよ。まるで誰かを呼ぶような…ありゃ番でも呼んでるんじゃないかと村のみんなで言ってたんだがな」
    「遠吠えですか? ぁ、ちょっと待って、そんなに慌ててどうしたの?」

     聞き込みの間も私の腕を引いていた蟲たちを追って住民と後を着いていき、キャンプから小川に沿って河原に立つと前方から地鳴りがする。
     ザッザッとモンスターの爪先が地面を削りながら走る音だ。それと同時に小型のモンスターたちが逃げ惑う声もした。
     そして次第に近付く足音と共に石造りの鳥居を潜り、ススキ野原に姿を現したのは蒼く輝く雷光虫を連れた一頭のジンオウガ。

    「ひっ…」

     その迫力と鬼気迫る姿に話を聞いていた村人は慌てて蔦を登って逃げ出していた。立ち止まったジンオウガはこちらをまっすぐに見つめると様子をうかがう私に向かって地面を蹴る。
     そして荒れる鳴神はいつもの片手ではなく両腕を高く上げて、私に大きな影を落として覆いかぶさろうとした。

    「っ、」

     左に転がって襲撃を回避するとジンオウガは即座に前足を踏ん張って砂埃を上げながら方向転換する。そしてすぐこちらに金の眼を向けた。
     これは二度目の襲撃、肩が下がっているから体制的におそらくタックルが来る、と膝をつきながら起き上がるとジンオウガはその場に頭を下げ、

    「くぅん…」
    「……ぇ?」

     目の前の獣が上げたにしては可愛らしい声がその場に響いて、雷狼竜が完全に伏せてしまった。上目使いにこちらを見る双眼が潤んでいるような気がして呆気にとられていると、私をここまで誘導してきた翔蟲が雷光虫のように彼の周りを飛び回った。どうも様子がおかしい。
     心配そうにジンオウガの顔を窺う蟲たちに妙な既視感を覚える。
     それに、あの左頬の稲妻のような古傷はどこかで…

    「まさか…教官ですか?」

     そんな馬鹿な、たしかに教官はジンオウガに似ているけどれっきとした人間だ。
     けれど無双の狩人は私の言葉に嬉しそうに頷いて尻尾をふると「わぅん!」と大きな鳴き声を上げた。



     伏せる体に触れるとピリピリと痺れるような感触がした。
     へたりと寝た角はたしかに教官が生やしていたものだし、近くで見た顔の傷も一致している。
     それに人々から森の王者と呼ばれるモンスターだけあって、こんなに人懐っこい野生のジンオウガは見たことがない。
     
    「ああ、可哀想な教官…大好きな里にも帰れず、こんな場所にひとりぼっちで…」

     太い首に腕を回して、頬に触れる帯電毛に顔をうずめると腕にすり寄る小さな顔がさっきまでの緊張を解してまぶたを閉じた。

     でもまさかこんなことになっていたなんて。
     たしかに花が萎れるに伴って教官は鱗や爪の鋭さを増していた気がするし、他のみんなよりもモンスター化が著しく激しかったけど…。
     でも理由はどうあれ、この姿でもし里に向かうようなことをすれば砦までの観測地で見つかり、ギルドに報告が入ったはずだ。そして人里までモンスターが降りてきたとなると追い返すような依頼が入ったはず。
     もしかしたらハンターに追われて怪我をしたかもしれない。そう思うと誰より先に見つけられたのは幸運だったと思う。

    「迎えに来るのが遅くなってごめんなさい。もう大丈夫ですよ」
    「がぅ」

     ふるふると頭をふるジンオウガから雷光虫が離れると、甲殻の蒼く輝く隆起した肩には私をここまで導いた翔蟲がとまった。

    「でも困りましたね、いよいよ本当のモンスターになってしまうなんて…」

     これは一刻の猶予もないだろうことが考えられる。教官が言っていたように今から誰かと親睦を深めて…なんて言ってられないだろう。
     それに里のみんなも同じようになってしまったら、カムラの里存続の危機。それは確実に避けたい。
     だから…私は、ここで覚悟を決めることにした。

    「そこに座ってもいいですか?」

     目の前の岩を指すと雷狼竜は不思議そうに首を傾げる。でもすぐに岩の前に座ったので私も岩に腰掛けた。
     いつもは物陰から見守ったり、武器を持って対峙するモンスターとまるでお見合いでもするように向かい合って座るのは変な感じだ。

    「すこしだけお話をしましょう」
     
     そこですっかりジンオウガになってしまった教官の顔を、はっきりと見据えた。

    「あのっ、私はハンターをしています」
    「?」
    「カムラの里で生まれ育って、里長とウツシ教官にご教授いただきハンターになりました」

     ずっと一緒にいた教官に改めて自己紹介をするというのは気恥ずかしい。緊張から擦り合わせた膝に視線が落ちかけて、慌てて顔を上げて背筋を伸ばした。

    「えっと、あと今は主にエルガドでの任務についています」
    「がぅ?」

     教官も戸惑いつつ頷いて相槌をうってくれるから私は話を続けた。

    「それから…実はずっと好きな人が居て、」
    「きゃいん」

     そこまで言うと叱られた子犬のような甲高い悲鳴が響いた。
     声の主はすぐに頭を下げて小さな耳を大きな爪先で覆って隠してしまう。頭の小さなジンオウガはそれだけで目元もすっかり隠れた。

    「聞いてください! 今、貴方にきちんと話しておかないと一生後悔しそうなんです!」

     めずらしく露骨な拒絶を示した教官の腕をはがして叫ぶと、彼は尖った耳を伏せて聞きたくないと再度、体で表した。それから眉のような隆起も下げて黙り込む。

    「本当はずっと好きだったんです、今も」

     教官から視線をそらさずに告げた私にモンスター化した彼の体からバチリと光が爆ぜる音がした。金の眼は熱を帯びたように潤んで揺れる。それからしばらく、視界の端ではキラキラと水面が輝き、木の葉はひらひら舞い散っていた。
     そのまま答えはなく、お互い見つめ合ったままどのくらい時間が経っただろう。

    「…教官は、私じゃだめでしょうか?」

     耐え兼ねて再度、口を開いた私の耳に聞き慣れたバチバチという帯電する音が届く。慌てて離れた翔蟲が私の後ろに隠れると、見慣れた蒼く発光する甲殻、逆立つ蒼白い毛並みと展開した金の角が注ぐ日光に反射した。
     そしてまたどこからともなくジンオウガの背中に集まる雷光虫は眦に憂いを帯びていた瞳も黄金に輝かせて、見惚れていると彼はゆっくりと瞬きをする。

    「なんて。相手にされないのはわかってます。ただ、失礼を承知で言わせていただきますが、この感情を伝えずに後悔するのだけは嫌だって先日の教官を見てたら思って、だから教官も好きな人にはきちんと気持ちを伝えたほうがいいと思います」
    「私が敬愛して誰より想う教官が好きになった人だから、きっとその姿も受け入れてくれますよ」

     言ってしまった。おかしな妖術にかけられている上に、経験も豊富で年上の恩師に向かって差し出がましく失礼にも程がある。
     好きな人はいないと聞いた時も、あのお見合いの席に呼んでもらえなかった時も、この気持ちを教官に伝えれば困らせるだけだと思っていた。でも自分の感情に踏ん切りをつけるためにも、教官の幸せを思っても、今こうして素直な気持ちを伝えて後悔はない。
     それに優しい教官はきっと丁寧に振ってくれるはずだ。

     あと私に出来るのはこれから里に教官を連れて帰るか、いや、それよりも…

    「お話は以上です。ご静聴ありがとうございました。では、ぜひ教官の想う相手の方のお名前を教えてください。可能な限り最速でここまでお連れします」

     フクズクで里宛に火急の文を飛ばしてオトモに連れてきてもらおう。でも出来れば道中の安全も確保したい。途中まで私が迎えに行って合流、それからガルクに全力疾走を頼んで……と、すっかりフラれたつもりで気持ちを切り替え、算段を立てていると。
     教官の返事は予想に反したものだった。

    『キミは俺でいいの…?』

     獣の口にしてははっきりと人の言葉を喋った彼はおそるおそるといった様子で私の顔を覗き込む。
     間近に迫ったジンオウガの顔は牙も角もモンスターそのものだ。なのに頭に流れ込むのは聞き慣れた教官の声だった。

    『キミが想ってくれた俺が選んだ人だから、キミはこんな俺でもいいのかい?』

     双眼の色形はモンスターのものなのにすがるような視線は人間のようで、不思議だ。それに問いかけられている内容もすぐには理解できない。
     でも私の答えは単純で、たった一つだ。

    「教官がいいんです」

     目の前の頬の傷に口付けてはっきり返すとジンオウガは器用に上半身を起こして、両前脚で顔を隠し、凶暴な爪の隙間から「わぉん」と嬉しそうな鳴き声をあげた。

    ―◯●◯―

     それから、何かを察知したように背中から一匹残らず雷光虫が飛び立ったジンオウガはその光のなかで元の教官の姿を取り戻した。集会所でいつも私を見守る姿そのままで河原に立った彼は不思議そうに、もう鋭い爪も鱗もない腕を見つめる。

    「人間に戻った」

     次に水面を覗くと小麦色の皮膚を取り戻した頬をペタペタと触った。

    「愛弟子! 俺はいま人間だよね」

     嬉しそうに繰り返す教官に頷いて、そのまま腰を掴まれ人形のように抱き上げられて喜ばれながら問いかける。
     もとに戻ったということは件の女の子が言っていた『誰かを愛し、またその人と結ばれる』という条件は満たされたということだよね?
     それって、もしかして…そういうこと?
     急な展開にまだ半分は事態を飲み込めていないけど、とりあえず確かめなくてはいけないことがあった。

    「ところで、もとに戻る方法は白い光に撃たれるような…って白い服の女の子は言ったんですよね?」

     すると教官は頷いて私を地面に戻す。

    「教官は私にいつ撃たれたんですか?」
    「えぇ、言わなきゃだめ?」
    「聞きたいです」
    「それが…あれだけいつもキミを見てると思い当たることが多すぎて、正直いつのどれだか検討がつかないんだ」
    「どういう意味ですか?」
    「ずっと前からキミに何度も惚れ直してるってこと」

     その答えに聞いたこっちが恥ずかしくなって目をそらすと、視界の片隅で白いスカートの裾が揺れた気がした。

    ―◯●◯―

    「ねぇねぇ、イオリくん! ハンターさんとウツシ教官はどんな感じ?」
    「いい雰囲気みたい、あっ!」
    「えっ! ちょっと、なに? 見えないよ」

     ハンターさんの後を追って様子を見に来たススキ野原での光景がヨモギちゃんにはまだ早い気がして慌てて目隠ししたけど、ボクも直視は出来ずに盗み見のように覗いた水面に映る二人が顔を寄せ合っている。うぅん、これはヨモギちゃんにあとでなんて誤魔化そう。
     まぁでも今は、ウツシ教官ももとにもどって同時にボクたちの耳や尻尾も消えた。きっと里のみんなも元通りだろう。これで万事解決だ。

    「ねぇ、私にも見せて!」
    「うん、あとでカゲロウさんがいいって言ったら教えるね」
    「なんでぇ!?」

     すると野原に響いたヨモギちゃんの大声に、慌てて離れた二人がこちらを見て照れくさそうに笑うからボクは大きく手を振って声をかける。

    「二人ともおめでとう! さあ、みんなで里に帰ろうよ! きっとみんなが首を長ーくして待ってるよ!」

     そして今夜はお祝いの宴会だ。だってそうだよ。
     おとぎ話はいつだって、めでたしめでたしで終わるから。
      
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