目が覚めて、薄暗い部屋の中にいるのは自分一人だ。まだ朝は遠いが、夜の気配は去りかけている。昨夜、あんなに好きなだけ食い散らかしておいて、ピロートークの一つもなく、さっさと帰ってしまうのもいつものことだし、これがセフレと呼ばれるものであることも重々理解している。
だが、こうも道具のように扱われるのはさすがに自尊心に触れるようで、俺は溜息をついた。
肌に跡を残しあうような関係じゃないせいもあり、彼がいた気配は俺が抱える気だるさのひとかけらだけだ。部屋の片づけなんてしているわけもなく、俺は一度起き上がると、片づけておくことにした。洗濯はすべて清掃サービスに任せているが、さすがにこの有様のシーツを洗濯してもらうのは気が引ける。多少ましにして後を任せることにした。
そのために十分な金を払ってるだろう?と彼にはいわれそうだが、俺は残念ながら気遣いと礼節のある人間なので無理だ。それに、変な噂が広まっても困る。俺に関してはは構わないが、この街に拠点を構える俺の上司に赤裸々な噂をつかせるわけにはいかない。
ただでさえ璃月で俺たちファデュイは色眼鏡で見られる。彼はそんなこと気にしていないようだが、部下であるならばそういう細かいところまでのサポートは必要だろう。
そう。俺は、ファトゥス「十一位」の「公子」タルタリヤ様の補佐官だ。
軽く仮眠してから目覚ましより早く目を覚まし、身支度を整える。家をでる前に仮面をつけると、北国銀行へと向かった。
「リオさん。おはようございます」
「おはよう」
すれ違うほかのファデュイに挨拶をされながら、俺は北国銀行の扉を開ける。
あの奔放な「公子」様の補佐官になったのはいつだったか。急に移動を命じられて、「公子」様の補佐官へと昇格していた。俺が補佐官になってから、璃月にいるファデュイの困りごとや問題は、ほぼすべてが最初に俺に報告されるようになった。「公子」様がこの事実を知ったら怠慢だとでも言いそうだが、あの容赦のない青年に直接報告するより、俺でワンクッション踏んで判断を仰いだ方が、自衛になると思っているからだろう。その分俺に責任が課せられる訳だが、拒否するのもかわいそうですべて引き受けている。仕事量が膨大になっているが、遅らせたことはないので何とかなるだろう。
怖がられているが、「公子」様のしっかりした仕事ぶりや、正当な評価をする態度はちゃんと慕われており、だからこそ俺も彼のために働いている。女皇様のためであるのは言うまでもないが、やはり近しい人に心は動かされがちだ。と、いうより俺が彼に入れ込んでいるのはある。セフレとは言っているものの、俺の感情はそんな軽薄なもので出来てはいなかった。本当にセフレとして楽しめていたら楽だったのにと何度考えたかわからない後悔を胸に、彼は与えられている机で仮面をずらすと、主に滞納者についての情報を集め、資料を整理する。事務仕事をするときはさすがに外すことが許されているが、部外者が急に入ってきたときにすぐにつけられるようにするに越したことはない。
「おはよう」
扉を開ける音とともに、涼やかな声が聞こえたのに俺は立ち上がると頭を下げる。
「おはようございます。「公子」様」
「立ち上がらなくてもいいよっていつも言ってるのに」
その言葉に顔を上げて、その顔を見る。整ったかわいらしい顔立ちをしている彼が、戦場ではあんなにも苛烈なのだから、人間見た目によらないものだ。俺は昨夜の彼の余計な表情を思い出しそうになるのを気力で押さえつけ、動揺などせずにまた着席する。
その俺に何を思っているのか、足を止めてじっと俺の顔を眺める「公子」様に、俺は再び視線を上げた。
「何が御用でしょうか。「公子」様」
「いいや、何でもないよ。君はいつも変わらないから好感が持てる。これからも、期待してるよ」
「はい。ありがとうございます」
つまり、余計なことを言わない人間でいてくれということだろう。
別に体の関係があることを使って何かする気はないので、素直な返事をすると、「公子」様は感情の読めない顔で俺を眺めてから奥の部屋に足を進める。付き合いが長いからこそわかる、なんだか機嫌を損ねた気配がした。でも何も言わなれなかったので問題ないだろう。彼は饒舌な方だから、何か言いたいことがあったら言うはずだ。まあ、「公子」様のお考えは俺にはわからないから、どうしようもない。
最初にセックスをした夜のこともそうだった。。
あの時は、日中に宝盗団の激戦があり、その熱収まらずといった「公子」様に誘われたのだった。壁に追いやられ、顔の近くの壁を腕でたたいて追い詰めてくる「公子」様に煽られて、ベッドになだれ込んでしまった。興奮で少し染まった頬と、激情の宿る瞳に俺も当てられたのは事実だ。そもそも、その時にはもうタルタリヤ様に惚れこんでいたので、何も考えずに流されてしまった。
部下として思考を鈍らせた罰を今受けているようなものだ。
なぜ俺を選んだのかもわからない。その場にいた俺が見目も悪くなく、口封じがしやすかったからだろうとは、冊子はついている。
心の伴わない、片思い相手と体を重ねるのが、こんなにつらいなんて思ってもいなかった。
今の温度のない会話がじわじわと心にのしかかってくるのに、溜息をなんとかのどの奥で殺して、俺は手元の書類に注意を向ける。そんなことを考えている暇があったら仕事をするべきだ。俺はファデュイなのだから。
「リオ、少し良い?」
そのタイミングで、蛍術師をしている同僚の女性が声をかけてきたのに顔を上げる。その気配が動揺しているのに、俺はすぐに察して立ち上がると、仮面をする。彼女の後について銀行の外へと出た。
「融資を受けていた薬師、分かるかしら」
「ああ。ずいぶん支払いが滞ってたな。彼女が?」
「他のファデュイが取り立てに行った先で、自ら胸を突いて死んでしまったと報告があって……」
「え?」
思いがけない内容に俺は仮面の下で目を見張ると、すぐに思案する。大事だ。俺の耳に入ってないとなると、まだ幸運なことに噂が広まっていないのだろう。
「どう対処したんだ?」
「死んだことを確認してから、彼女の恋人が亡骸を引き取っていったけど……」
「取り立てに行ったことで薬師を死に追いやったとしたら、まずいことになるな。さすがにこの件は俺だけの判断じゃまずいだろう。事実を確認してから、俺から報告するよ」
「リオの責任じゃないでしょう?あなたが報告するの?」
「そういう仕事だからな」
問題ない。俺の不始末じゃないとしても印象は良くないだろう。今更、どう思われようと、これ以上気持ちを向けられないのなら、下がったところで意味はない。むしろ嫌われた方が気楽でいいかもしれない。もし左遷されたとしても、それはそれで……。
「リオ?」
心配げに問われて俺は首を横に振る。
「なんでもない。少し出る。君も他の仕事をして銀行から少し離れていてくれ。公子様は鋭いからな」
「わかったわ」
ひとまず薬師の恋人に会いに行こう。渡された資料を覚えこみ、膨大な資料の中に混ぜてしまうと、俺は璃月の街に出た。
のだが、調査早々に行き詰った。恋人が見つからないのだ。嘆き悲しんで飲んだくれてるなんて情報は入ったものの、どこにも見当たらない。そして自死したなんていう噂も全く広まってない。いったいどういうことだ。まさか逃げたか?と思ったが、契約上彼から取り立てるようなことはできないため、、隠れる意味はないはずだ。
話によると彼女が死んだのはつい昨日のことだ。それならば葬式の手配がされるだろうと、往生堂に足を運んだ。
この往生堂が請け負っている仕事のせいか、いつ来ても静寂が似合うと思いながら、主人を探す。と。奥から姿を現したその男に、俺は足を止めた。
「これは、鍾離先生」
簡単に礼を取ると、鍾離先生はしげしげと俺を眺めて腕を組む。
「ああ、公子殿の補佐官か。来るとは聞いていないが、要件はなんだ?」
「鍾離先生ではなく、往生堂の主人に聞きたいことがあります」
「彼女なら出かけている。戻るのは夜だろう」
タイミングの悪い、と、俺はこの仕事にかけられる時間を考えながら、主人の行き先を訪ねて探すか逡巡する。
「尋ねられることにもよるが、俺で分かることなら答えよう」
「感謝します。では、若い薬師の葬儀の依頼が入っていると思いますが、そのことで聞きたいことがありまして」
「そんな予定は聞いていないな。だから彼女は出かけている」
「え?」
思いがけない返事に間の抜けた声を上げてします。だが、確かに仕事がある中、半日以上店を開けたりはしないだろう。つまり、葬儀を依頼されていない。この璃月で葬儀といえば、往生堂の名が上がる。確かに葬儀を引き受ける人間はいるが、この国は式と名の付くものを大切にするため、よほど金がないか、おおっぴらに開けない人間しか依頼しないだろう。
確かに金銭的に苦しかっただろうが、葬儀をするのは彼女ではない。自死はファデュイの汚名になるかもしれないが、同情を買うためには良い手段だろう。なのに往生堂に依頼をしていない?
「何か困りごとのようだな」
「先生にご迷惑がかかることではありませんのでご安心を」
「心配はしていない。おまえは良く仕事が出来ると公子殿が自慢げだった。せっかくの縁だ。力になれることなら力になる」
ありがたい言葉だったが、事情を話すのも難しい。きちんと礼節と契約をもって対すれば、怖い人じゃないよ、と公子様は言っていたが、ファデュイ内の案件を話すわけにはいかない。とはいえ、悩む。何か相談すれば解決するような安心感がこの人にはある。
少し考えると、鍾離先生は気の長い人のようで、待っていてくれた。
甘えさせてもらってしばし考えた後、ふと思いついたことを尋ねてみる。
「鍾離先生、人を仮死状態にする薬など、ご存じありませんか?」
ふむ、と反応してから、鍾離先生は口を開く。
「教えてもいいが、ただでは教えられないな」
「う……」
知識が値千金になることも、この璃月に来てよくよく知っている俺は、ですよね、とばかりに素直に問いかける。
「いくらでお話いただけますか?」
「何、金銭の話ではない。その件が終わった後、事の次第と顛末を話してくれれば良い。そうだな、夕食に誘ってもらえれば、これ以上はない」
「それは……」
ファデュイのミスを鍾離先生に話すのは気が引けたが、鍾離先生の様子を見るに、きっと知っているのだろう。背に腹は変えられない。
「承知しました。では、情報の対価に、私が現在かかわっている案件の詳細をお話します」
「何、『約束』だ。そんな畏まらなくていい」
「は……」
そんなことを言われても。鍾離先生の貫禄というか落ち着き方が只者じゃないので俺みたいな人間は恐縮してしまう。仮面の下でなんとも言えない表情を浮かべている俺にかかわらず、鍾離先生は話し出した。
「不死仙草という薬草がある。不老木薬集に載っている薬草だ。不老と書いてあるが毒草であり、一口で死に至る。だが、適切な量で仮死状態を引き起こし、治療に利用するという話が載っている」
「寡聞にして聞いたことがありません」
「俺も実物を目にしたことは数回だ。珍しく滅多に手に入らない。市場にはまず流通しない。また、魔除けの意味合いもあり、家宝にしているという家があると聞いたことがある」
俺は薬師の資料を思い出す。地方で薬師をしている古い家の血筋であり、最近璃月で店を起こそうとやってきていた。格式はあるようで、それを考えると可能性がないわけじゃない。となると、彼女は生きている。
「ありがとうございます。鍾離先生。では、解決したらご連絡いたします」
「ああ。待っている」
身をひるがえすと、背後からの視線で見送られているのが分かった。
人探しならファデュイの得意分野だ。案件を持ってきた彼女に話を通して、見つけ出させよう。
「不死仙草?」
公子様が尋ね返してくるのに、俺は頷いた。
「はい。この契約者の女性が持っていた薬草の市場価値を確認したところ、借用額より高いことが判明したため、その薬草、加えて調合方法と引き換えに契約を終了したいと考えています」
資料を眺めていた公子様は、テーブルにそれをぱらりと落とす。
「ふぅん、いいよ。君の判断に任せる」
「ありがとうございます」
突っ込まれたら話さざるを得ないなと思っていたのだが、仕事での俺の信頼は中々厚いようで、事なきを得た。
「仕事はひと段落だ。たまには君を労おうと思うんだけど、何か食べたいものは?」
「え?」
そんなことを言われると思っても見なかったので、虚をつかれた声を出してしまう。そしてタイミングが悪いことに、この後鍾離先生を夕食に招待する約束をしていた。
「いえ、お気持ちだけで充分です」
「つれないね。俺との食事は気が乗らないかな?」
「そ、いうわけでは……。その、今夜は私用がありまして……」
完全に断るのに都合のいい理由みたいな文句をそのまま口にしてしまった俺を、公子様は頬杖をついて見つめてくる。
「俺からの誘いより大切な私用ね」
「こ、公子様……」
「アハハ、冗談だよ。俺は別に相手は君じゃなくても構わないから」
今日はもう帰りなよ。一仕事終わったし、なんて言われて、俺は妙な冷や汗をかきながら北国銀行を後にした。後若干傷ついた。俺じゃなくてもいいらしい。まあそりゃそうなんだろうけど。
一度自宅で着替え、ファデュイの制服から私服にすると、往生堂まで鍾離先生を迎えに行こうと、すると招待しようとしていた店の前で先生とばったり出会った。
「あれ?鍾離先生。迎えに行きましたのに」
「散歩のついでだ。それに君との食事を楽しみにしていた」
そんなことを言われても、そんな高級な食事を用意できない。また変な汗をかきそうだ。
「公子様みたいなランクの食事はご馳走出来ませんよ」
「君に期待しているのは面白い話の方だ。それに瑠璃亭だろう。奮発したな」
璃月の名店に個人的な用で初めて予約を取った。
「鍾離先生がお相手ですからね。見栄を張りました」
素直に認めると、鍾離先生は小さく笑みを浮かべる。
「公子殿の補佐官にしては、君は素直な性質のようだ」
「公子様の言及に含みを感じますが、まあ概ね仰りたいことは分かりますよ。そうですね。あの方の補佐官には向いていないかも知れません」
「そこまでは言っていない。ああ、話過ぎてしまうな。入るとしよう」
鍾離先生の促されて瑠璃亭の中へと足を踏み入れる。ふと、視線を感じたような気がして振り返るが、俺の視線の先で扉は閉じられた。
鍾離先生との食事は想定していたものよりも随分と楽しいものだった。先生は聞き上手であり、薬師の話を面白そうに聞いた後、俺の璃月の印象を尋ねてきた。スネージナヤとの違いを話すと、先生は途中で関係する璃月の逸話や知識を口にしたが、それは嫌なものではなく、純粋に勉強になったうえに、興味深く、話は弾んだ。
ほろよい気分の上機嫌で瑠璃亭を出る。
「送っていきましょうか」
「いや、必要ない。仕事後だろう?帰ってゆっくり休むといい」
「ありがとうございます」
笑いかけると、鍾離先生はふむ、と考える仕草をする。
「先生?」
「いや、これは気がつかなかったな」
「何がです?」
「何でもない」
気になる反応をしたのにそう焦らすように言ってから、先生は話す気がないらしく続けた。
「何か困ったらまた来ると良い。酒を交わしたのならただの仕事相手じゃなくなっただろう。力になる」
「ありがとうございます」
何回お礼を言ったかな、と思いながら、気遣いに素直に感謝する。そのまま自宅に帰ると、明日の支度をしてから眠りについた。
翌日、いつも通りの制服と仮面をつけて、北国銀行へ行く。
公子様にも変わりなく、俺は自分の席に着いて仕事を始めると、入り口の扉が開き、先日の案件を持ってきた同僚が顔を覗かせた。
「リオ、少しいいかしら」
その声に立ち上がり、北国銀行を出ると、人目につかない場所に行く。
「薬師の件、ありがとう。私が担当していたから助かったわ」
「仕事をしただけだ。うまく片付いて良かったよ」
「謙虚ね。…………今夜、空いてるかしら?」
彼女は黙ってから、俺を見上げる。その意味深な視線の問いかけが分からないほど純心じゃない。
「今夜は、」
「仕事中に、不純な話かな?良いご身分だね」
気配がしなかった。はっと振り向いた先で、笑みで唇を歪めている公子様の姿がある。
「昨日の今日でまたデート?随分とモテるね。補佐官」
「公子様……」
公子様の視線が俺だけを見ているのに、完全に萎縮している彼女を見やって俺は口を開く。
「仕事に戻って」
「え、でも……」
「公子様とは俺が話すから」
怯えている彼女になるべく優しい声をかける。口を挟んで来るかと思えば、俺たちのやりとりを眺めるだけで公子様は黙っている。彼女は公子様に頭を下げ、それから足早にこの場を立ち去っていった。
「お優しいね。君の本命は彼女かな?」
「仕事中に申し訳ありません。お咎めがあるなら私に」
「誘ったのは彼女の方なんじゃない?それでも君が叱責されるなんて、変だよね」
「彼女とここで話していたのは私の判断でもあります」
「君のそういうところ、本当にいらいらするよ」
声が低くなったのに、完全に機嫌を損ねたことを理解して俺は黙った。ああ、嫌われたかな、なんて表情が歪むのに、仮面があって良かったと思う。口元だけ耐えれば気付かれない。
「じゃあ、質問を変えるけど、鍾離先生とはどんな関係?」
「え?」
関係と言われても、昨夜で会ったのは二回目だ。
「昨夜、随分楽しそうだったよね。もしかして鍾離先生の方かな?」
「見ていらしたんですか?」
戸惑って問いかけても、公子様は返事をしない。
「方、と言われてもなんの話だか……。鍾離先生には助言をいただいたことがあり、そのお礼に食事にさそったまでです」
「助言のお礼で瑠璃亭を?」
確かに聞くには釣り合わない内容だ。だが本当のことをいうわけにもいかず、俺は黙る。
「俺には、」
小さく公子様は呟く。
「あんな顔を向けないよね。あんな声も出さない」
「公子様?」
公子さまは笑った。
「そして名前も呼ばない。君が俺のことが嫌いなのは分かっているけど、君の本命がどちらにしても、俺が関係を解消することはないってちゃんと理解しておいて」
「公子様、俺は、」
まるで公子様が俺のことが好きであるかのような表現に、驚いて口を挟もうとするのに、公子様は冷たい一瞥で俺を黙らせる。
「君は俺の道具なんだから、余計な言葉を口にしないでくれる?」
「……申し訳ありません」
ひどく心臓が痛む。それは立場への心配ではなく、俺の心が悲鳴をあげてる痛みだ。これ以上は耐えきれないと、俺がそれ以上を伝えるのを諦めると、公子様はどうしてか瞳を揺らすように俺を見た。
なんでそんな傷ついたような顔をするんだよ。
言葉にならずに黙った俺に、公子様は一度視線を下に向けた後、顔をあげる。
「仕事に戻れ。次はない」
「承知しました」
身を翻して先に行ってしまった公子様の背を見つめ、どうしてこうなったのだろうと項垂れるように、歩き出した。