宴席の美味しそうな料理の匂いに誘われながらも、箸を手にすることもなく私はうろうろと広い会場を歩いていた。流石にテーブルにかけられたクロスの下を覗いて歩けるような場面ではなく、どんどん窮していくのが自分でわかる。
というのは、会場に持ってきていた帝君ぬいがいつの間にかいなくなっていたのだ。自分でいなくなることはあり得ないので、私が何かに気を取られて何処かに置いたに違いないのだが、それにしたって見つからない。
「どこ行っちゃったんだろ帝君ぬい……」
ついつい擬人化してしまうのも許されたいが、今は本当にそんな状況でもない。
仕方なしにお店の人にこれくらいの帝君のぬいぐるみを失くしたことを恥をしのんで言おうと思ったのだが、廊下に出てもタイミングが悪いことに誰も捕まらなかった。探しているうちに厨房まで来てしまう。こうなったらここで誰か店員を捕まえようと覗き込んだ私は、驚愕に目を見開いた。
「よくこんなものを仕入れることが出来たな」
「ああ。きっと縁起のあるトカゲに違いない。唐揚げにしたら喜ばれるだろう」
話している二人のシェフはいいんだけど、いやよくない。いやちょっと待て。それはどう見てもトカゲっぽいぬいぐるみだ。もふもふの手触りをよく見ろ。というか罰当たりでは!璃月の人間恐るべし。食い意地は日本人にも負けてないんじゃないだろうか!いやそれどころじゃなかった。
私が混乱している前で、帝君ぬいが衣の中に……!
「私の帝君!!!!」
叫んでがばりと起き上がり、至近距離で帝君ぬいと同じ、いやそれ以上に鉱石っぽく美しい金色の瞳と向かい合うことになる。
「え?」
きょとん、とする私をまじまじと見ているのは鍾離先生だった。
「今……」
先生が何かを言おうとするのにも構えず、私は慌てて問いかける。
「しょ、鍾離先生、私の帝君ぬい見ませんでした?」
「え?」
金色の瞳が見張られるのに、先生ってこんな表情するんだと思いながら気が気じゃない。室内には美味しそうな匂いが漂っている。まさか本当に揚げられたんじゃ?!
「寝惚けているようだが、貴殿の作ったぬいぐるみなら貴殿の横で寝ている」
「え?」
見下ろせばちょこんと帝君ぬいは私の隣にいた。
「……………………」
「……………………」
ようやく現実が見えてきた。
「す、すみません……私……ほんとに寝惚けてて……」
おかしいと思ったら夢だった。食い意地が張っていたのは私だ……。
「いや、構わない。うなされているようだったから起こそうと思ったんだが……、そうか。ぬいぐるみの方か……」
どこか少し残念そうな顔をした先生に何が?と思いつつ、先生のこの表情の違いが見分けられる人、あまり居ないんだよなあとこの前判明した事実を思い出す。モブだからこそ、レアな表情を見せても問題ないということだろう。
先生は今度は私にもわからないようにすました表情をする。まあ、私に何を隠すもないだろうし、いつもの先生だ。
「夕食が出来上がった。良い松茸が手に入ったんだ。貴殿と食べようと思って邪魔をしていた。疲れているようだったので起こさなかったんだが、起こした方が貴殿のためだったかもしれないな」
「ううう、すみません……」
ここ最近私の方が世話を焼かれている。というか仙体の姿になってることが少ない気がするのだが、体調がいいのだろうか。というかちょっとこの状況おかしいとは思っているのだけど、突っ込むタイミングが掴めない。つくづく立場が弱かった。
「それと」
済ました顔で先生は言う。
「私の、というのは誤解を招く。気をつけてくれ」
なんか言ったっけ?と首を傾げる私は、寝起きに叫んだ一言を思い出し、不敬すぎて顔が上げられなくなることとなったのだった。