「出来た……!」
する、と指先で撫でた障り心地は滑らかで心地いい。
私はやすり掛けが全ての部分に丁寧に施されていることを丁寧に調べた後、そう声を上げた。
渾身の力作。小さな先生用ベッド。
寝返りを打っても大丈夫なゆったりとしたサイズに、落ちないように、だが幼児用っぽくみえないように柵を低めに、知り合いの職人に頼んで彫刻を施してもらったものを付けた。
敷いた布団も毛布も最上級の布を用意して、このベッド一つで私のベッドどころじゃない金額がする。
満足して眺めていると、鍵を開ける音の後に扉の開く音がした
先生が帰ってきたことを察して私は玄関まで迎えに行くと、先生が両手にいろいろな食材をもって立っていた。
「おかえりなさい……?大収穫ですね……?」
「ああ、同居人に夕食を作るのだと言ったらいろいろ持たされてしまってな」
「先生人望ありますもんね」
それにしても、同居人?契約関係を表向きに言うとそうなるのだろうか。……同居人??????
「先生、それ誤解を生むんじゃ……」
先生は男性の姿をしているし、男女で同居というといろいろ差しさわりがありそうだ。
私は恋人もいないし暫く作る予定もないので問題がないが、知識人として有名な鍾離先生がモブを同居人と表現することに問題はないだろうか。
「事実を述べたつもりだったが、貴殿に不都合があるなら訂正しよう。確かに先に貴殿の了承を得るべき事柄だったな」
なんて、澄ました顔で言っている所を見ると、何か意図があるのかもしれない。
でもそう言っておけば、先生が体調の悪いときに、私が急ぎの連絡のつなぎになれそうだし、確かにその方が良いのかもしれないと考え直した。
すると先生は視線を部屋の奥に向ける。
「木の香りがするな。やすりを持っているところを見ると、何かを制作していたのか?」
「あ、そうでした。先生の龍体の時のベッドを用意した方がいいと思いまして。彫刻の部分のデザインは勝手ながら私が考えたんですけど……」
先生に見繕ってもらうことが一番いいのだろうが、私に先生の眼鏡にかなうようなベッドを仕上げる財力はないし、先生は言って以上の好感を抱いてくれてはいると思うので、思い切って作ってしまった。
私のベッドから少し離れたところに置かれたベッドを見て、ふむ、と先生は足を止める。
いや、先生に私のベッドで寝てもらう申し訳なさの一心で作ってたけどこれめちゃくちゃ緊張する……!今すぐ土下座して燃やしたくなってきた。
「これは……璃月の山河を表す伝統的な模様をベースにしたものか。色のある衣装と違い、木の色合い、質感を利用し、彫りだけでこうも魅せるものに仕上げるのは、デザイン、彫刻ともに良い腕がないと難しい」
「そ、うですか……?勝手なことしたかなと思って今更ながらに緊張していますが……」
「そんなことはない。貴殿の心遣い、いつもありがたく思っている。しかし、これほどまでのものを用意するのは負担だったのではないか?」
「ああ、いえ。先生貯金をしているので大丈夫です」
「先生貯金」
繰り返した先生がちょっとかわいかったが、繰り返させてしまった単語が先生に全く似合わなかった。
「先生のぬいぐるみで出したやる気でこなした仕事のボーナスを貯金してます」
「ぬいぐるみで、か」
先生が解せなそうなのに、しどろもどろになりながら続けた。
「ええと……。こう、椅子に座りながら膝の上に乗せてデザインをすると仕事が捗るんです……」
「毎日、あの鞄でぬいぐるみを仕事に連れて行っているのは、そういう理由だったのか」
「不愉快だったでしょうか……」
先生は首を振った。その表情は穏やかなものだ。
「いや、契約はしたが、人とのつながりは対価だけで成り立つものではない。日頃の貴殿の気遣いに報いることが出来るのなら、喜びこそすれ、不愉快になど思わない」
素直にほっとした表情を浮かべてしまった私を、先生はその特徴的な瞳で見下ろす。何を考えているのかちっともわからないけど、何を見透かされていても嫌じゃないと思う。いや、困ることはあるけど。
「じゃあ先生。さっそく今夜から寝てみてください」
ああ、私にカメラを買う伝手があったならなあ。初めての小さな帝君が寝ているところを永久に残せたのに。やはりその魅力はぬいぐるみでは敵わないのだ。
そんなことを考えると、先生はふと口を開く。
「そういえば、龍体の姿とはいえ、貴殿のベッドを借りることを負担には感じていなかっただろうか」
「え?まあ、先生の正体を知っていますし……。緊張しますし、恐れ多いですけど、負担だったわけじゃないですよ」
「それなら良かった」
頷いて先生が小さなベッドに近寄り、しげしげと眺めている背を見つめながら、今の質問の意味を考える。もしかして一緒に寝るのが嫌なのだろうかと心配させたかな。
まあ先生にとって私は「庇護すべき璃月のモブ」でしかないだろうし、そこに私のプライベートはあまり関係ないのだ。
それよりも、寝ぼけてぬいぐるみと間違え、抱きしめることの方が危険だ。
気に入ってくれたらしいことに安心して、私はずっと入りっぱなしだった肩の力を抜いたのだった。