Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    sasshu_love

    @sasshu_love

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 6

    sasshu_love

    ☆quiet follow

    リヴァエレ原稿進捗。
    下書き。校正していないので読みにくいかもしれません。
    ⚠エレンの名前は出てきません。
    ⚠リヴァイさんの様子がちょこっとおかしい描写があります。多分これからもっと様子がおかしくなるかも。

    #リヴァエレ
    liveried

    宣戦布告 2 一万ボルトの宣戦布告



     あなたは引き裂いたのよ。わたしの心を、いとも簡単にね。それはまるで稲妻のように。

     ……たしか、こんな感じの歌詞だったはずだ。
    俺、リヴァイ・アッカーマンが、自分のファミリー・ネームを覚えることに苦戦していた幼いころ。伯父の車の後部座席で、うたた寝をしながらきいた古い歌謡曲があった。それを最近、よく思い出す。
     それはきっと恋をしたからなのだと俺は考えている。生まれてはじめての恋だ。
     てっぺんに昇った満月が、地上に落ちてきたと勘違いしちまうくらい綺麗な瞳が、俺とばちっと重なったんだ。
    そのときの衝撃といったら! 口下手な俺には、上手く説明する能力は持っていないけれど。……とにかく、やつと目が合った瞬間、俺は暗黒の空に、ぴりぴりと裂ける稲光を見た。それが俺の脳天を狙って一直線に落ちてきて、貫いたのだ。
     そのとき、俺は恋は稲妻なのだと悟った。昔きいた歌謡曲の歌詞そのものだと、感動に胸が震えていたのを覚えている。
     初恋にどぎまぎして、年甲斐もなくあたふたと焦っていた俺は、意をけっして唯一の友人であるエルヴィン・スミスに相談をした。そしたら、やつは、
    「ははは! リヴァイ、それはな、恋人たちの別れを歌ったものだよ。恋に落ちて、失恋ソングが脳内で流れるって、おまえ、それ、その初恋とやらは、大丈夫なのかな?」
     ……なんて、ひどいことを言いやがったんだ。もちろん、俺はやつのすねに思いっきり蹴りをくれてやったさ。
     くそが。絶対にこの初恋を叶えてやる。どんな手を使ってでも、な。

     ***

     No Nameのエルには秘密がある。
     いや、ちがう。リヴァイ・アッカーマンに秘密がある、のほうが、正しい。
     リヴァイ・アッカーマンは、ごく普通の男だった。ちいさな町のこじんまりとした学校で用務員の仕事をしている、しがない三十路すぎの男。
     そんな男が、なぜ『No Name』というロック・バンドをはじめたのかというと、それはただ単に頼まれたからで、深い意味はまったくない。
     一度きりと思っていたが──当初の依頼はそうだったはず──出す曲出す曲がなぜかヒットを飛ばして、依頼人である友人、エルヴィン・スミスに『なんとか、このとおり!』と、泣きつかれたから、いまだに続けているというだけだった。
     リヴァイがNo Nameのエルだということを、リヴァイ自身はそれほど大したことだとは思っていない。用務員の仕事自体、重労働ではないし、同僚にも恵まれている。No Nameの仕事だって、自分たちでスケジュールのコントロールができるから、難なくこなしていると思っている。それよりも高校の教師と、社会的に有名な大会社の経営という、二足のわらじを履いているエルヴィンのほうがよっぽど化け物だと思う。
     偶然同じ職場で出会って、偶然意気投合して、リヴァイが休憩中に口ずさんだ歌をエルヴィンが偶然聞いてしまったことからはじまった、この副業……まあ、そんなことはどうでもいいだろう。
     大事なのはリヴァイの初恋のほうだ。だれにも言わないと強く誓った──エルヴィンに笑われたからだ──秘密の恋。
     リヴァイが人生ではじめて恋に落ちたのは、用務員の仕事中で、舞台は職場である学校だった。
     季節は春から夏に移り変わる一歩手前の、緑が生き生きとした気持ちのいい昼下がりだった。
    リヴァイが、ホーム・センターで買った長方形の携帯ラジオを胸ポケットにいれて、心地よい人の話し声に微睡んでいた、午後の休憩時間のこと。
     緑の木立のなか、少年が歩いていた。ひとりだった。
     太陽光が燦燦と降りそそぐその下で、鳥のさえずりとともに現れた少年は、どこか上の空だったように思う。
     リヴァイが彼の存在に気づいたのは、ベンチの背もたれにたてかけていたほうきの柄が、大きな音をたてて倒れたからだった。
     リヴァイと少年、この通りにはほかに誰もいなかったから、その音がひときわ大きく響いた。
    リヴァイは身をかがめて、ほうきを拾い上げる。顔を上げたときに、その少年の姿が目に入った。
     金属がアスファルトに強く叩きつけられた音で、反射的にこちらに向けられた双眸に、リヴァイは目を奪われてしまった。
     リヴァイの喉がごくりと鳴る。
     毛量が多く長さもあるまつげが、綺麗に並ぶ瞳。陽の光が差して、ダイヤモンドが散りばめられたようにきらきらと光っていた。
    その瞳がリヴァイを見たと同時に、リヴァイは美しい瞳の存在を知ってしまったのだ。
     その瞳の素晴らしさをたとえるならば、夏祭りのまんまるいビー玉。けれども、輝きはそんな安っぽいガラスのおもちゃなんかではなく。ふたつの瞳に、黄金をぎゅうっと詰め込んだような、比べものにならないほどの煌めきを放っている……そう、夜空に昇るまるい月、そのものだった。
     少年と視線がぶつかった瞬間、リヴァイの心臓が跳ね上がった。
    晴れ渡る空に、突如暗雲がたち込め稲光がびかびかとひかりはじめる……これはすべて現実ではなく、そのときのリヴァイの心のなかだけの出来事、心情を表してみたのだ。
    その重たい雲のなかで、大きく膨れはじめた雷が鋭い刃に変わり、リヴァイをいっきにつき刺して切り裂いた……そしてこれは、リヴァイが受けた衝撃の比喩。
     身体中に電流が走った。それは頭頂部から足の爪の端まで、ものすごいスピードで全身を駆け巡っていった。
     リヴァイの身体はがちがちに固まってしまった……まあ、これも精神的な面でのたとえになるのだが、このときは本当にしびれたようになって、身体がいうことをきいてくれなかったのだ。それくらい、少年の美しさはすさまじいものだった。
     リヴァイは少年から視線を離さなかった。離せなかった。少年はすぐに顔を背けて、リヴァイから遠ざかってしまったというのに。
    この一瞬の邂逅が、リヴァイにとって忘れられないものになった。
     そのときに、リヴァイの脳みそ中に、幼いころにきいた伯父のお気に入りの歌が流れはじめたのだ。

     あなたは引き裂いたのよ。わたしの心を、いとも簡単にね。それはまるで稲妻のように。

     男の低くてかすれた声が、せつなく甘く、そしてしっとりと恋のうたを歌っている。

     リヴァイは、ちょうど心臓のあたりの胸ポケット、そこに入った携帯ラジオごと握りしめて、その場にたち尽くした。

     ***

    「……オレ、あなたの大大大ファンで……!」

     ──お月様が俺の楽屋に現れた。
     大きな瞳をくりくりっとさせた少年が目のまえに現れた瞬間、リヴァイはそう思った。
     天井で煌々と光る蛍光灯のせいではない。淡青色の光は眩しいくらい強いものだが、それ以上に少年の瞳は輝いているように見える。まるで、己の力のみで光っているようだ。
     熱視線がリヴァイに向かって送られている。
     リヴァイの心は一瞬で射抜かれてしまった。まるで感電したかのように、身体が小刻みに震える。
     地上に舞い降りた天使だ……!
     ライヴの終了後、幾重にも巻いた包帯を顔からとり去って、火照った身体がようやく冷めてきたと思っていたのに、またもや体温が上昇してしまった。
     それは、いたしかたないこと。だって、リヴァイが恋焦がれている相手が目のまえにいるのだ。そして、リヴァイをじっと見つめている……。
     リヴァイは平静を装って、大きめな造りの椅子、その手すりに手をかけた。頬杖をつき、そしてゆっくりと足を組み直す。その姿を傍から見れば、大御所俳優の余裕が漂っていることだろう。だがリヴァイの脳内は、パニックで思考回路はショート寸前だった。
     ──ああ、どうしよう。はやくなにか話しかけなければ。「お疲れさま」とか「いつも応援ありがとう!」とかがいいのか……? いや、そんなつまんねぇのは絶対だめだろ。もっとスマートな感じがいい。ロック・スターっぽいやつ……なんだよ、ロック・スターっぽいって。馬鹿っぽいじゃねぇか。じゃあ、どうすればいい? なんとかして、この少年に好印象を与えたい。だが、なぜだろう、エルヴィンのように気の利いた言葉がまったく浮かんでこない……。
     恋をしてから、リヴァイは恋愛のハウツー本をたくさん読み漁った。だが『忙しいひともこれで安心! 一〇分で読める恋愛の教科書』も、『ラブのルールこれを読めば大好きな人のド本命になれる』も、こんな大事なときになにひとつ役にたたないではないか!
     リヴァイがひとり考え悩んでいると、
    「あのあのっ、オレ、今日のライヴの設営とかやってて! いやそれはどうでもいいか、じゃなくて、あの、オレ、ぜんぜん怪しいものじゃなくて、その……」
     急に少年が早口でまくしたててきた。リヴァイがずっとむずかしい顔をしているからだろう。きっと、なにか自分が粗相をしてしまったのだと、勘違いをしているのだ。
     そんなこと、これっぽっちもないぞ、気にするな。……そう言ってやればいいものを……!
     情けないことに、リヴァイの口はなかなかそれを言い出せない。
     今にも泣き出しそうな面持ちの少年を見て、リヴァイは内心焦っていた。ほんのちょこっとだけ、泣いた顔もきっと可愛いんだろうなとか、思ってしまったけれど……。
    いや、とにかく。少年はまったく悪くない。全部、リヴァイが不甲斐ないせいだ。
    「気にするな」……意をけっして、リヴァイは口を開けようと勇気をふりしぼる。けれども、
    「あ、っそうだ、これがあるんだった……!」と、阻止されてしまった。
     少年がデニム・パンツのポケットに手をつっ込む。しかし、すぐに焦ったそぶりを見せた。
    「あれ、あれ、あれ?」これじゃない、どこいった? 一瞬にして顔から血の気が失せていく。「ちゃんと大事にしまっていたのに……!」
     自分の身体をまさぐる少年。どたばたと忙しなく動き、ときおりその場で数回飛び跳ねる。
    「ちがう、ちがう、こっちじゃないってば……! 馬鹿!」
     そう、ひとり言ちて、
    「こ、これだぁ!」と、大きな声を上げた。
     目をまんまるに見開き、リヴァイが口を開く隙も与えずに(その点は、脳内真っ白なリヴァイにとってありがたいことだが)少年が四角いカードを、リヴァイに向けてつき出してきた。首にかかったSTAFF専用のネーム・ホルダー、その裏面。
    「バックステージ・パス! 通行証、オレ、ちゃんと持っています!怪しくなんかありません!」汗だくで、満面の笑みをリヴァイに見せる。
     ああ、なんて可愛らしいのだろうか!
     リヴァイの固まっていた頬がゆるむ。
     それに気づいた少年が安堵の息をこぼし、ぱあっと一際明るい笑顔を浮かべた。
     ひゅっ、と、リヴァイは息を飲んだ。少年の完璧すぎる美しさに絶句した。……もともと、なにひとつ言えてはいないのだけれど。
     その瞳を、リヴァイは直視できない……。でも、顔を背けるのはしのびないしもったいない。だから、少年のまるい額のほう(そこもすごく可愛い)に、視線を向けることにした。
     目は口ほどにものを言う。とはよくきくが、少年はその眉毛さえも立派に意思表示をしている。にっこり笑うときは眉尻がほんのすこし下がり、焦ったときはその逆で、上に上がってまるで山のように変化する。先ほど、しゅんと落ち込んだときには、漢字の八の字そのものを額に描いていた。
     太めの眉は少年を快活に見せて、さらに意志の強さを表しているとリヴァイは思う。リヴァイの楽屋に単身乗り込むということは、それなりの勇気がいるだろう。憧れの相手(『憧れ』だなんて! 調子に乗りすぎだろう! エルヴィンの誘いに乗って本当によかった)を目のまえにして、はきはきと喋ることもできる。リヴァイが逆の立場だったら、きっと怖気づいて逃げ出しているはずだ。
     リヴァイは、少年と目があわないよう──あわせた瞬間、メデューサの魔力のような少年の美貌に囚われる自信がある──慎重に視線を動かした。
     次は頬だ。瑞々しい肌の頬。今は真っ赤に上気している。その輪郭はすっきりとかたちがよく、少年の完璧なパーツを収めるための、完璧なつくりをしている。
     けっして不審者だと思われないように、リヴァイは自然を装って少年を観察していた。瞬きをしてみたり、時計の針を気にしてみたり。でもすぐに目は少年を映す。
     つづいて、視線は完璧なその輪郭の中心に移動した。そこには整った高い鼻があった。すうーっと鼻梁の伸びた鼻。鼻頭にちいさな汗の玉が光る。それさえダイヤモンドの輝きを帯びていて、美しいものの中心はやはり美しいんだなと、リヴァイは感嘆の息をもらす。
     ごくごく自然に、流れるように、リヴァイは目線をわずかに下げた。すぐに少年の唇が目に入った。ぐっと一文字に結ばれたそれは、血色がよくて赤みが強く艶がある。この可憐な唇が言葉をつむぐさまを見られて、リヴァイは今日が命日になってもいいと強く思った。
     そのとき、少年は頭を乱暴にかきむしった。突然の動きに、リヴァイの目がその部分に誘導されてしまった。
     瞬間、胸がどきどきと高鳴った。
     日々の業務や休暇、本日のようにライヴ真っ最中のときでさえ、ずっと願っていたこと。一度は触れてみたいと思った少年の、繊細な髪が今、リヴァイがすこし手を伸ばせば届く距離にあるのだ……。
     とても柔らかそうなキャラメル色をしている。触れてしまったら、リヴァイはどうなるのだろうか……? きっと、恋の瞬間のような落雷だけではすまされないことだろうと思う。
     その前髪が跳ねる額には、汗が浮かんでいた。
     リヴァイの少年観察は、ふりだしであるまるい額に戻ってきてしまった。
     リヴァイは「ふう」と満足げに息をはいた。
     それを見た少年が、またしても勘ちがいをしてしまったようで、青い顔をして名札の入ったネーム・ホルダーを、さらにまえにつき出してリヴァイに見せてくる。
     ナイロン製のホルダーの四つの端が、すべて折れ曲がっていた。その汚れ具合を見るかぎり、つい先ほどまで熱心に働いていたのだろう。呼吸もまだすこし乱れている様子だ。
    「……疲れているだろうに」
     リヴァイの口からぽつりと言葉が出た。
     少年は、はっとした表情で、
    「……いえ! こんなの、ぜんぜん大したことねぇです!」
     と、顔をぶんぶんと左右にふった。その虹彩が嬉しくてたまらないというように、きらきらと光る。
     ようやくリヴァイに会話のチャンスが到来した! いや、自分でもぎとったんだ!
     リヴァイは、はやる気持ちを抑える。平常心を保ちながら、組んでいた足を解き少年に向かって身を乗り出した。
    「そうか? だがおまえ、それすげぇ汗だぞ」……これでタオルを自然に貸してやることができるかも。……うまく事を運べば、少年の汗が染みついたタオルが手に入ると邪な考えが浮かぶ。リヴァイは胸のなかでほくそ笑んだ。そして、ミラー・ドレッサーに置いてあったタオルを、すばやくつかむ。だが、
    「いえ、ほんとぜんぜん大丈夫です……! こんなの、すぐかわくので! エルさんのタオル、汚すわけにはいかねぇから、お気持ちだけで! それだけで、めちゃくちゃ嬉しいですから! ほんと、ありがとうございます」とても早口で話す少年。汗を手の甲でごしごしと拭う。
     リヴァイは落胆した。これで会話の機会も、少年の汗が染み込んだタオルも、両方を失ってしまったのだ。
     すると、少年はちらりとリヴァイを見て、シャツの裾を手でひっぱりもじもじと揉みはじめた。下唇を噛んで舐めてを繰り返して忙しない。強い緊張がリヴァイにまで伝わってくる。
     だけど、緊張の度合いで言えば、断然リヴァイのほうが上だった。だって、初恋の相手がすぐそばにいるのだから。
     そうだ、少年の名前。名前を呼んでみたら、いっきに親しくなれるかもしれない。……あれ? 肝心の名前はなんといったっけ? たしか……たしか……。響きがとても美しいってことは覚えているんだ。ああ、でもだめだ、まったく出てこない。エルヴィンに一番はじめにきいたはずなのに! 緊張しすぎて、あれだけ呼んでいた(心のなかで)のに、頭から吹っ飛んでしまったではないか!こんなことになるならば、彼の顔に見惚れていないで、名札をしっかり見ておけばよかった……。
     どんなに後悔したって、頭のなかが発熱したようにぼうっとしていて、なにも思い出せない。
     リヴァイがなにひとつ話せずに、口を閉ざしていると、
    「突然、すみません……」
     少年がおそるおそる口を開き、謝罪をしてきた。
    「先生……あ、スミスさんから、オレお願いされて……ここのアルバイト……っ、このパスも、ちゃんと先生からもらって……あのっ、オレ、その、のっ、No Nameが大好きで……!」
     新曲が最高だったとか、アルバムは全部持っていますとか、チケットが全部外れてなかなかライヴに参戦できないとか、ファン・クラブに入りたいけれど、母親が許してくれない、とか。しどろもどろ、支離滅裂に、でも一生懸命に話す少年。
     けれども、リヴァイの耳にはなにも入ってこない。せっかくの少年との邂逅、このチャンスをどうものにするかと、脳みそをフル回転させてそれだけを考えていた。
    「オレ……大好きなんです……本当に、あなたのこと」大きな瞳にたっぷりの涙をたたえて、うつむく少年が「ああ、オレ、なに言ってるんだろう」と、消え入りそうな声で言った。自嘲の笑みを浮かべて。
     リヴァイの心臓が爆発しそうになった。胸に火の塊みたいなものがこみ上げて、リヴァイの身体を燃やし尽くそうとしている。
     好きだと言われた! 想いを寄せる相手に! 天にも昇る気持ちとはまさにこのこと……。いや、だめだ、リヴァイ・アッカーマン。落ち着くんだ。少年は『エル』のファンなのだから。喜びすぎて分別をなくしてしまっては、この恋は早々に終わりを告げてしまう……平常心だ。
     リヴァイはゆっくり息を吸って、はいた。スターらしく、かっこよくふるまうんだ。
     ぜんぜんまったく問題ないぞ。……リヴァイは、もう一度勇気を出してそう声をかけようとしたのだが、
    「そうだ!」少年はおもむろに顔を上げ、
    「どうしても、あなたにお願いしたいことがあって……!」
     と、ころっと表情を変えた。
     リヴァイはむぐっと唇を噛む。出鼻をくじかれてしまった。
     少年はかまわずに、散々いじくり返したポケットから黒の油性ペンをとり出し(ポケットの裏地も一緒に出てきた。すごく可愛い)そして、
    「……ああ、くそ!」
     突然、悪態をついた。「なにか、紙っ、色紙とか、なんにもねぇじゃん! オレってば、ほんっと馬鹿だ……!」
     少年が頭を抱えて狼狽える。
     リヴァイは目を細め、その様子を目に焼きつけるように、じっと見つめていた。目のまえでコロコロ変わる表情や動作が、最高に可愛い、本当に可愛い、可愛いしかない。
     リヴァイは少年が求めるのならば、なんだって差し出すつもりだった。
     なんでも言ってくれ! と、リヴァイは口には出せずに、心のなかで叫ぶ。
    「図々しいと思いますが」……こんなチャンス、二度とこないかもしれないし。と、リヴァイにペンを差し出す少年。そして自分の着ているシャツを引っ張った。
    「ここっ、ここに、サインをお願いします!」
     一歩、二歩、三歩と、少年がリヴァイに近づいてくる。
     適度にとられた少年との距離は、リヴァイが理性を保つのに最適だった。なのに、少年は自ら危険な場所に赴こうとしている。
     ……いやいやいやいや、なにを考えているんだ俺は……。ただのサインだろう? 大丈夫。ささっと書いて、終わりにするんだ。
     リヴァイは自分に強く言い聞かせる。
     どきどきどきどきと心臓の鼓動が鳴り響き、少年に気取られないか心配になってくる。
     ちらっと、一瞬だけ様子をうかがってみると、少年は目をかっと見開き、唇を左右に引っ張りながら結んでいた。……期待のこもった眼差しが、リヴァイにそそがれている。
     少年が差し出したペンを、リヴァイはおそるおそる受けとった。
     わずかに触れた指先が、しっとりと濡れていた。
     ぴきっ。
     リヴァイの身体が凍りついたように固まった。だけど、それを少年に悟られないように平静を保つ。だが、リヴァイのがんばりは、無情にも打ち砕かれてしまうのだ。……その油性のペンに。
     ペンはリヴァイの指から転がり落ちてしまった。カランカランと、リノリウムに落ちたペンがかわいた音をたてる。
     とっさに少年がかがんだ、そのときだった。リヴァイの鼻先を少年のキャラメル色がくすぐった。
     ぴきぴき……!
     リヴァイの身体が、さらに固まってしまった。まるで石になってしまったかのよう。
     少年のぐるぐると渦巻くつむじが、リヴァイの目と鼻の先にあった。そのさきに、すっきりとした襟足があり、骨のかたちがくっきりとわかる項部が目に入る。
    「……ちょっと、待っててくださいね……」
     少年がどこまでも転がっていこうとするペンを、すんでで引き止めた。そして、
    「とれました!」
     ふっと顔を上げる。リヴァイと目があうと、にっこりと目を弓のように細めて微笑んだ。
     やばい……!
     リヴァイはとっさに目を逸らしてしまった。だが、それがいけなかった。
     リヴァイが逸らした視線の先に、普段は人の目にさらされることのない、秘められたものがあったのだ。
     少年の鎖骨の、まるいくぼみがはっきりとふたつ並んだその奥に、花咲くのを待つ蕾のように上を向いた、ちいさな乳首があった。
     ……可憐なサーモン・ピンク。
     リヴァイのこめかみに、ぴくっと血管のかたちが浮かぶ。
     少年が着ているシャツの襟が大きく開いているためだ。オーバー・サイズのせいなのか。だのに少年は、それにかまわず身をかがめたのだ。
     健康的な肌色が顔を出して、リヴァイの視界いっぱいに広がっていった。
     リヴァイは自分が置かれた状況が、すぐには理解できなかった。すこしでも気を抜けば、迷路のような感情の沼に吸い込まれていきそうだ。
     異常な興奮がリヴァイを襲う。激しく攻めたててくる……。
     落ち着け、落ち着け、落ち着け。
     リヴァイはゆっくりと深呼吸をする。眉間にしわを寄せ、固く目をつむった。
     読み漁った恋愛本を脳内に思い浮かべて、何ページも何ページも捲ってみるが、この激しい衝動のやり場、対処法が見つからない。
     自分の呼吸が荒くなるのを感じる……。胸のなかで赤い血がどきどきと脈動し、心臓がつき破るように激しく鼓動を打つ。
     リヴァイが未知の感情による恐怖に震え出しそうになったそのとき、まぶたの裏に文字が流れ出した。
    『やっぱりもてるのは草食系より肉食系!』
    『草を食む草食系よりも、狙った獲物は逃さない肉食系の方がもてるのは自然の摂理! 人間の本能は今も昔も変わらない!』
    『勝ち組負け組、あなたはどっちを選ぶ?』
    『選ばれるための法則……さあ、今こそ悔いなき選択を!』
     それは、数多にある恋愛本のなかの一冊、リヴァイが付箋を貼った文章ばかりだった。
    『悔いなき選択を!』
     リヴァイはまぶたをゆっくりと上げる。
     上下のまつげが離れると同時に、立ち上がり手をすばやく動かした。身体が自然に動いていた。
     少年が半身を起こしたタイミングで、その柔い二の腕をつかむ。
     少年の頬が強張った。手にしたペンが、またリノリウムの床に転がり、リヴァイが座っていた椅子の下をとおって影に向かって消えていった。
     大きな目を皿のようにまるくして、リヴァイを見つめる少年。
    「……あの」困惑したような目つき。愛想笑いを浮かべ、
    「なにかしましたか? オレ……」
     少年が言葉を発した。すべてを言い終えるまえに、リヴァイはその身体を強く引き寄せる。
     リヴァイは微笑んでいた。唇の端をわずかに上げただけの、他人が見れば意地が悪い──だけどそれはリヴァイの精いっぱいの笑顔なのだ──と思われるような笑いだった。
     少年の驚きを隠せないでいる唇をめがけて、リヴァイは顔を近づける。
     ──煽ったおまえが悪い。……相手のせいにする男は最低なやつだ。と、SNSで見かけたことがある。リヴァイもその考えには賛成だ。抑えきれない衝動を他人のせいにするなんて、恥ずかしいやつだ。……そう思っていたのだけれど。
     自分がその立場に立ってみないと、見えないことがたくさんあるもんなんだな。
    やっぱり人間というやつは、どうしようもなくて。
     こんな状況に陥った今では「煽ったおまえが悪い」って言いたくなる気持ちも、よくわかるようになった。
     だって今、リヴァイはものすごく「煽ったおまえが悪い」って言いたい気分だったから。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💕💕👏👏💖🙏👏👏🙏👏💯💕👏🙏💕👏👏😍👍👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works