海上を撫でるように吹くぬるい風。逆さまの三日月がゆらゆらと水面に揺蕩う。地上での暮らしを選んだかつての蛋民の一族が水上に残していった小さな小屋は、古くはあれど一時の止まり木として十分すぎるほど頑丈だった。
静かな夜だった。呼吸のために浮上した魚がとぷんと水面を割り、小さな波紋が月の形をわずかに崩すやすぐに穏やかさを取り戻す。夜の静寂を破るのはそんな小さな物音と、男の低いうめき声だけだ。
「四仔、おい、しっかりしろ」
固定された右足を苦労して動かし、十二は椅子の上で窮屈そうに体を丸めている男に近寄っていき大きな肩に触れた。寝床でうまく眠れないとき、四仔は外に出した椅子の上でごく浅い眠りに落ちては悪夢にうなされている。ここにいる二人も似たようなものだが、四仔はとくに酷いようで、そんな時十二は出来るだけ側にいることにしていた。
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