「おはよう。アカネ」
「……」
虚空を見つめる目。
「今日の朝ご飯はどうする?」
「……」
何も語らない目。
高坂茜。俺の妹。俺が守ると決めた大切な妹。
俺が犯した罪であり、俺が愛した、家族。
アカネが何も言葉を発さなくなったあとも、俺たちの「家族」としての生活は続いている。
家族。
家族とは、一体何なんだろうか。
アカネは、父親にDVを受けていた。
暴言暴力は当たり前、子供を道具とみなし利用する。
暴力を受けていた時のアカネは、何の感情も享受しない──人形のようだった。殴られても一切の抵抗もなく、謝罪を繰り返すだけの。
俺はそれが許せなかった、助けたいと思った。間違っていると思ったから。
元来俺は家族という存在とは無縁だったから、できることなら家族とともにいることが万人の幸せであると考えていた。
だけどアカネの場合は違う。かえって心の傷を、癒えもしないうちに抉るようなものだと、暴力を目の前にして気が付いた。
だから俺は止めた。
家族になると宣言した。
アカネに未来を選ばせた。
その行いは……間違いだったのか?
いや、そんなはずはない。
あのままアカネを父親のもとに行かせておく事は素より考えられなかった。
じゃあ………どうして、こんなことに?
俺は何か間違ったのか?
正しい行いをアカネにしてやれたか?
してやれているか?
分からない。
自問自答を何回も何回も繰り返した末に俺が出せた結論は、このままアカネの「お兄ちゃん」として生きることだけだった。
それがアカネの幸せだと。そう思った。
アカネの幻想の中で生きる俺。お前は、ちゃんと良い兄でいれているだろうか。アカネを守り、慈しみ、幸せな時間を共有できる存在になっているのだろうか。
アカネの瞳を見つめる。そこには色こそあれど、表情の色は存在しない。ずっとずっと、ここではない、この世界ではない何処かを、遠い遠い何処かを──届かない場所を見つめている。
まるで叶わない光景を遠くから眺め夢見ているかのような。
それを見ていると、俺にその光景を見せる器量はなかったのだろうかと、また思いを巡らせてしまう。
俺も似たようなもんだな、と心の中で嘲笑した。俺だって家族という存在を遠いところから見つめていたから。叶わないと感じていたから。
所詮、俺たちの関係は家族という存在を求めあった、かりそめの──
「お兄ちゃん」
「……アカネ?」
「お誕生日……おめでとう……ございます」
「……」
ああ、まだ、覚えていてくれているんだな。
心が壊れていてもなお、俺のことを。
暗い部屋の中で、壊れものを扱うように抱きしめた。
窓の外の向日葵は、萎れる兆しを見せていた。