【whr矢久】頭の悪い俺がふーうんじ高校に入ったらスゲーかっこいい先輩たちがいて毎日が楽しいです! 季節は春、今日も青空。
そして俺は今日も楽しい!
「蒼天駆けゆく竜の風~♪」
校歌を歌いながらウキウキと廊下を歩く俺。
和狩が隣でため息をついた。
「お前はいつも楽しそうでいいな……」
「おう、楽しいぜ!」
「そうか…………」
「どうした? 腹痛いんか?」
「お前の将来が……いや何でもない」
俺の隣で何故か暗い顔をしているのは、中学校からの親友の和狩だ。結構頭がいいのに、馬鹿の俺に付き合って風雲児高校に入ってくれた、いい奴だ。
俺は鈍井。二ヶ月前に風雲児に入学した一年生だ。
こんなに浮かれている俺だが、入ってからずっと楽しかったわけじゃない。
俺はすごく馬鹿だ。でも不良じゃない。
だから馬鹿すぎて風雲児しか行ける高校が無いってわかった時は困った。たぶんナメられてシメられて、人生終わりなんじゃねぇか、って思ったくらいだ。
でもそれはキユー、気球?とにかく全然大丈夫だった。むしろ俺は風雲児に入れてラッキーだった。
だってこの風雲児には、俺の憧れになる、めちゃくちゃカッコイイ男が二人もいたんだからな!
校門に着き、和狩と一緒に待っていると、何分かして憧れのお二人が現れた。
腹から気合いを入れて叫ぶ。
「総長オオォ! 副長オオォ! お疲れ様です!」
「うわっ! お、お疲れ様です……」
挨拶を返していただく、いただだけたのが、風雲児のナンバー2であらせらるる久森副長だ。
一見大人しく真面目そうな副長だが、それは作戦だ。風雲児始まって以来の智将である副長は、敵が油断したところをコキャッと軽く捻るわけだ。流石だぜ。
その隣でこちらを三秒だけ見て、「おー」と言ってくださられたのが、言うまでもなく、我らが風雲児のボス、矢後総長だ。クールな反応、やっぱり頭ってのはこのくらい堂々としてねぇとな。マジでかっこいいぜ。
このお二人が俺の憧れの人だ。
風雲児でヘッドやってるだけじゃなく、なんと二人ともヒーローだ。他の学校は五人とかなのに、たった二人でニンカのヒーローなんだぜ。すごすぎる。
「これからパトロールっすか?」
「あ、いえ、今日はヒーローの集まりで」
「他校のヒーローを絞めてくるんすね!」
「締めませんよ!?」
「おい止めろって。すみません副長、こいつアホで…」
和狩が止めてくるが不満だ。なんでだよ、総長たちが負けるっつーのか?
「総長と副長なら他のヒーローなんて余裕で大勝利だろ。ですよね総長!」
「あー、んじゃ志藤倒してくっか……」
「あの最強ヒーローを!?流石すぎッス総長!」
「ちょっと矢後さん、今日は模擬戦じゃないですよ!」
副長がちょっと怒った感じで、総長に今日の予定を伝えている。最強の総長とこんな風に堂々と話せるのは、もちろん片腕である副長だけだ。
「今日の予定っつーなら、久森……」
しかし総長が耳元で何やらボソッと言うと、副長の顔が突然真っ赤になった。そしてこちらを振り返った。
「……き、聞こえました!?」
「え、聞こえなかったッス。何すか?」
「な、何でもありません! 気にしないでください!」
副長は真っ赤な顔のまま、総長の胸を何度か叩いた。一方の総長は悪そうな顔で笑っている。
「お二人とも、何してんだろ?」
「…………パンチの練習だろ」
「おお!」
つまり顔が赤いのは闘志とかか。そして牛をも殺す副長のパンチを受けながらも、ニヤリと余裕で笑う総長。
「くーーーーーッ! お二人とも、カッコイイっす!」
「何がですか!?」
「すみません本当に、こいつアホなんで……」
そんな風に幸運にも総長たちと話していると、俺の耳に、たぶん世界で一番かわいい声が聞こえてきた。
「兄ちゃ~~~~ん!」
「おっ! こっちだぞー!」
見ると、俺たちが待っていた相手が歩道を走ってきていた。俺の弟であるショータ、小学生だ。
俺がいつも話す風雲児高校が楽しそうだからと、今日は見学にやって来たのだ。
俺が腕を広げると、その中に走って飛び込んできた。
受け止めて、両手で高く持ち上げると、チビのショータはわあわあと喜ぶ。ちょっと重いがカワイイ奴だぜ。
「子供……?」
副長がこちらを見ていることに気付いた俺は、そちらに向けてショータを地面におろす。
「ショータ、挨拶しろ! このお二人が総長と副長だ!」
「兄ちゃんがよく言ってる、そうちょうさん?」
「あ、僕は総長じゃなくて副長の方で……いや、副長でもないはずなんですが……」
「お二人ともすごい人なんだぞ! ショータ、会えてラッキーだったな!」
ショータはじーっと副長を見て、首を斜めにして、とても不満そうに言った。
「なんか、兄ちゃんの話とちがう。弱そう」
「ショータ!?」
「はは、子供って正直だなぁ……」
まずい。確かに副長の見た目はヤワだが、ウシ十頭を縊り殺したという伝説のある副長だ。もしお怒りになったら、子供の首くらいコキャコキャッだ。
副長は一歩進んでしゃがむと、ショータの頭に片手をかけていた。ダメだ。
俺は二人の間にスライディング土下座で割って入った。
「副長、スミマセン、弟がめちゃくちゃ失礼なことを! で、でも、弟を殺るなら代わりに俺を!」
「は、え、いやいやいやいや、殺りませんよ!?」
「だって今まさにショータの頭蓋骨を砕こうと」
「してませんよ!」
「じゃあ首を折ろうと」
「しないですよ!? というか皆さんの僕に対するその野人みたいなイメージってどこから来てるんですか!? あと頼みますから土下座は止めてください!」
「落ち着け。ほら、あれだ、副長はお優しいから、子供はセーフだってことだ」
「そうか……」
副長と和狩の言葉に安心し、俺は立ち上がった。
「わっ」
「あっ、スミマセン」
そしたら副長の顔がめちゃくちゃ近かった。
頭を掴まれていたショータとの間に割って入ったんだから近いに決まっている。身体は軽くぶつかってしまって、顔はぶつかりそうに近い。
やべえ、と俺は思う。これは顔と顔を見合わしてガンを飛ばす、不良同士のケンカを売る体勢に近い。
また失礼をしてしまったことに焦り、俺が下がろうとした時、副長の体が急に離れた。
後ろにつんのめり尻もちをつく俺。
慌てて前を見ると、副長が総長の腕の中にいた。
そうか、俺とぶつかった副長を総長が引き寄せたのか。なんという冷静な判断力なんだ。
しかも俺も、副長にうっかり喧嘩を売る事故を起こさずに済んだ。ありがとうございます、総長。
腰に回った太い腕を、副長がぺしぺしと叩いた。
「ちょ、ちょっと矢後さん! 離してください!」
「なんで」
「なんでって、ひ、人前で……!」
副長は何故か赤い顔をしている。さっきの俺の失礼に怒ってらっし、らっしゃるのかもしれない。
また土下座するべきか考えていると、総長が何故か俺を見ている。野生の動物のような目だ。
なんだろう。不思議と背筋が寒いような。
和狩が俺と総長の間に立った。
「す、すみません総長、副長。これからヒーロー活動なのにお引止めして。しかもこいつが事故で、うっかり、ぶつかってしまって」
うっかりや事故と強調する和狩を見て、俺は悟る。
俺が副長に喧嘩を売ったと誤解されないようにしてくれているのか。なんていい奴だ。流石は親友だ。
なんて感激していると、ショータが一歩前に出た。
「あ、ヤゴそうちょう! ヤゴそうちょうは知ってる!
すげー力がある人だろ!」
ショータはキラキラと目を輝かせる。しかし俺よりも和狩が突然慌て始めた。
「っておい!ショータ、今は止めろ!まずいから!」
ショータは聞く気がないのか、総長の近くへ寄る。
「どのくらいパワーあんのか見せて!」
「は?」
総長は副長を離さないまま少し考えていたが、ぱっと腕を離すと、今度は副長の太ももを片腕に乗せるようにして抱き上げた。
「矢後さん!?」
「こうとか」
「えー、でもふくちょうさんって軽そうだし」
「もう……何なんですか矢後さん、さっきから…!」
何故か和狩が「うわー……」と頭を抱えた。
そうだな、副長に失礼だ。副長はあの服の下にバキバキの筋肉があって、鉄のように重いはずだからな。
「なんか二人とも、兄ちゃんの言ってた人っぽくない! 兄ちゃんはどこがかっこいいと思うの?」
「ショータ、失礼だぞ! お二人は……」
俺がショータに熱弁しようとした、その時だった。
『阿良町地区でイーターが出現しました。近くの住人は避難してください』
アナウンスの声にはっとして、慌てて弟を引き寄せた。出現場所はかなり近くだ。
「皆さん!他の生徒を連れて、学校地下のシェルターに早く入ってください!」
総長と離れながら、副長が早口で俺たちに指示する。
「わかりました!」
各学校の地下には対イーター用シェルターがある。ショータ一人くらいなら増えても大丈夫だろう。
お二人はポケットから宝石のようにも見える石を取り出すと、手のひらで割った。
すぐさまその姿が変化した。黄色いマフラー、風で長い裾が揺れるヒーロー衣装。
バッジのようなものに触れる副長。
「……大型が一体、中型が二体だそうです。今日は白星の人たちが近いので、数十分で来るそうですが」
「来る前に片付けんぞ」
黒いブーツで総長は地面を踏みしめた。
「風雲児、出る」
「はい」
ただ一言で、二人はすぐさま歩き出した。
総長と副長の雰囲気は正反対で、いつもは隣に居てもちぐはぐに見える時がある。でも、ヒーロー姿のお二人は、見えない線で繋がっているみたいだ。
まるで二人でひとつ、みたいな。
「総長、副長、お気をつけて!」
副長は一瞬こちらを振り向いて笑った。総長は止まることなく駆け出し、副長がそれを追っていく。
他の生徒にも声をかけながら避難場所へ向かう。
和狩は足の遅いショータの後ろから、背中を守るようについて来てくれている。本当にいい奴だ。
怯えた様子の弟の手を握ってやって、俺は言った。
「母ちゃんが心配するから言わなかったけど、俺は前にイーターに襲われて、お二人に助けられたんだ」
入学したばかりの頃。風雲児にしか来れなくてふてくされていた俺は、和狩とも喧嘩をしてしまった。何も上手くいかない、そんな帰り道に襲われたんだ。
「イーターってな、マジでおっかねぇんだよ。兄ちゃんより何倍もでかい、会ったら人生終わりって感じ」
「そんなのと……あの二人が戦ってるの?」
そうだ。ヒーローは巨大なイーターと戦う力を持っている。しかも総長には怪力が、副長には頭脳がある。
だからかっこいい……というところもある。
「俺がお二人をかっこいいと思うのは、強いヒーローだからってのもあるけど……ヒーローになるのを選んでるってとこなんだよな」
俺は不良じゃないから、喧嘩もできないし度胸もない。だからイーター相手にもビビッて震えるばっかりだった。
不良でもないのに、馬鹿なせいでこの学校に来るしかなくて、何も選んでないくせに腐って死にかけた俺は、本当に馬鹿な奴だった。心意気が馬鹿だった。
だから戦うことを自分で選んだお二人がかっこいい。
戦いだけじゃない。総長も副長も、俺が真似できないような、自分らしい生き方をいつも貫いてる。
そういう自分を選べる人間なんて、カッコイイに決まってる。だから俺は、総長や副長に憧れる。
「……かっこいいね」
「だろ! ショータも今日からお二人の舎弟だな!」
ショータに笑顔が戻った。そうだ、あのお二人がいるんだから、何も不安に思うことなんてないんだ。
「お前は本当に総長と副長が好きだよなぁ」
和狩は笑った。和狩にはこの話を何十回もしてしまっているのに、毎回笑ってくれる。いい奴すぎる。
それにお二人が好きなのは俺だけじゃない。
地下シェルターに着くと、誰もが総長と副長の話をしていた。そして、心意気だけでも届けばと、応援団が中心になって風雲児校歌を熱唱した。
お二人を応援するため、風雲児生は何かと校歌を歌うので、俺もすぐに校歌を覚えることができた。
俺は風雲児が好きだ。
お二人がいる、そしてお二人のことが好きな、風雲児のことが好きだ。
だから俺は今日も楽しい!
翌日。
学校へ向かっていた俺と和狩は、偶然、並んで歩くお二人の後ろ姿を見つけた。
やった、今日もラッキーだ。
腹から気合いを入れて叫ぶ。
「総長オオォ! 副長オオォ! おはようございます!」
「うわっ! お、おはようございます……」
「昨日はお疲れ様でした! お怪我はないっすか!」
「…………あ、大丈夫です。あははは……ぐっ」
副長が腰を押さえた。まさか腰に負傷を?
「だ、大丈夫っすか!? 今すぐ救急車とか!」
「い、いやいやいやいや、そういうのじゃないです!」
副長を心配していると、和狩が「あっ」と呟いた。
「お、どうした和狩」
「…………いや、大丈夫だ」
和狩は頭を押さえている。
和狩は最近、どうも頭や腹の調子が良くないらしい。
一度医者に行って欲しい。俺もついていくから。
それはともかく。
「副長、もし本当にヤベェなら、俺が支えるんで保健室に行きましょう!」
俺は副長の腰に手を伸ばそうとした。俺の肩に手を回してもらって支える、というわけだ。
しかし副長に触れるはずの俺の手はスカッた。
あれ、と思って見ると、副長は総長に肩を引き寄せられていた。
「や、矢後さ……」
副長は赤い顔で総長に呼びかけているが、総長は何故か俺を見ていた。野生の動物のような目。
「……こいつ、わざとかよ」
ひえっ、と何か変な声をあげる和狩。
「ち、違います総長!こいつマジでアホなので!」
そんなに必死でアホとか言わなくていいだろ。確かにアホだけど。
「へえ。まぁ知らんけど」
総長は副長を抱き抱えた。
「あ、ちょ、腰痛っ、矢後さん!」
「もーいーや、面倒くせぇしフケる。帰んぞ」
「ちょっとーーーーーー!!?」
叫び声を残して、総長と副長は去っていった。
和狩が深くため息をついた。
「………お二人に憧れるのはいいけど、頼むから少しは気付いてくれ。お前の将来が心配だ……」
和狩の言っている意味がわからず、俺は首を傾げたのだった。
おしまい。