運命さえも道連れにprologue
「あれ、矢後さん……?」
呼びかけられてから咀嚼するまで数秒。その声を聞いたのがあまりにも久々で、反応が遅れた。自分を呼び止めた相手の顔を間近で見て、一気に全身の細胞が活性化していくような、妙な騒めきが体内で起こっているのを感じる。
数年前まで、この男に名前を呼ばれた瞬間反応しなければおそらく死んでいた――そんな一瞬の油断が死を招くような戦場を、二人で幾度もくぐり抜けてきた。
遠い昔のことのようにも昨日のことのようにも思えるが、しかし間違いなく過去に置いてきた人間だった――そのはずだったのだが、今、何故かこいつは目の前にいる。
「……よお、久森」
矢後がそう言うと、目の前にいる黒髪の男、久森晃人は「なかなか返事がないから、人違いしたかと思いましたよ……」と呆れ顔で呟いた。
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