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    20210411 デレキ オール捏造 皇帝の城に拉致られる王子 皇帝はややアッパーめが好み

    ##明るい
    ##全年齢

    悪逆皇帝、巣に誘う 俺は馳河ランガ。
    「よう! ランガ!」
     こっちは親友の暦。
    「ほら、お前のボード。それと……じゃん!」
    「わあ……!」
     そして天高く積み上げられたハンバーガー。
    「食べていいの?」
    「ああ、好きなだけな!」
     嬉しい。早速手を合わせて――。
    「――――ランガ、くーんッ!」
    「!?」
     ターザンよろしく降ってきた男に抱きかかえられた。男が猛烈な勢いで走りだし、ガタガタと揺れる視界のなか暦とハンバーガーが遠ざかって行く。
    「そんなー」
     まだひとつも食べていないのに、ひとつも……。
     
    「せめてひとつくらい………ん、んん……?」
     まばたきを数度。相変わらず視界は揺れているが抱かれてはいないし、あの美味しそうな食べ物も見えない。
     あるのは壁、椅子、小さな窓を覆う布地。城下町へ行くときに使う馬車の内装によく似ている。
    「というより馬車の中……?」
    「お目覚めですか」
    「うわっ! …………おはよう、スネーク」
    「おはようございます。ランガ王子」
     飛び退かれても顔色ひとつ変えず、男が角度もきっちりと頭を下げた。
    「よく眠られていましたね」
    「あの、俺……」
    「寝室の香に少々手を加えました。効果があったようで何よりです」
    「……」
     外を覗いてみる。完全な暗闇がどこまでも広がっていた。
    「……ここは?」
    「はい。悪逆皇帝愛抱夢のお屋敷へと続く唯一の路です」
    「……俺達が今から行くのは? 」
    「悪逆皇帝愛抱夢のもとです」
    「……彼の命令で?」
    「はい。悪逆皇帝愛抱夢が、ランガ王子をお連れしろと」
     よくもまあ噛まずにスラスラと、ここまで来ると感心するばかりだ。
     さて、どうにも逃げ道はないらしい。彼――悪逆皇帝さんとは一度攫われたくらいの関係しかないが、向こうが会いたがっているというなら悪いようにはされないだろう。
    「スネーク」
     放っておいても馬車は着く。なら今するべきは――二度寝一択。
    「あれは悪夢を見たから今度焚くなら別のにして……」
    「わかりました」
     次こそ一番上まで完食したい。
     
     悪逆皇帝の屋敷は一言でいえば。
    「大きい」
     外から見ても大きかったが、入ってみてもとんでもないサイズ感だ。床は果てが見えず、天井は首を痛めるほど。とくに目立つのが螺旋のスロープ。何故か地下へと続いていて、これまた先が見えない。
    「……ここ、どう考えてもクレイジーロック城より広くない?」
    「それは――」
    「僕から説明させてもらおう!」
     部屋が闇に染まり、スポットライトが一斉に点灯した。どこからともなくスモークが広がっていく。中心へと歩いてくる影がひとつ。
    「生まれついての王である僕はあんな物ができる遥か前から自分だけの城を持っていたんだ。ここはその強化版、僕の力で――生まれ変わった、こんな風にね」
     影がひとつ呪文を唱えた。
     再び明かりがつく。
    「ようこそランガ王子! 君を歓迎しよう!」
    「う、わぁ……!」
     薔薇だ。
     敷かれていたはずの絨毯が消えて、床が一面薔薇で埋め尽くされている。赤、赤、赤。どこを見渡しても薔薇だけだ、雪の国にだってこんな庭園はなかった。
     一面の赤に目を奪われているとそっと肩を抱く手を感じる。見上げれば、これを生み出したらしい男がにっこりと自分の反応を眺めている。
    「どうかな?」
    「すごい……あ」
     しまった、忘れていた。
    「お招きありがとう……ございます。ええと……皇帝陛下?」
    「敬語なんていらないよ水くさい。僕と君との仲だろう?」
     確かに一度誘拐した相手に敬語を使うのも変な話だ。
    「それに陛下もやめておくれ。僕はとうに王位を簒奪された身――ただ、愛抱夢、と」
     手がそっと握られる。
    「じゃあ愛抱夢。改めてお招きありがとう。綺麗だね」
    「よかった!」
     愛抱夢は心底嬉しそうに身体を弾ませて、そして呪文がもう一度。花弁すら残さず薔薇は消えた。
    「……え、消すの? どうして?」
    「どうしてだと思う?」
    「……手の力、強いね……何で?」
    「何でだと思う?」
     ああ、嫌な予感。
     さっきから視界の端でスネークが何か準備をしていることにも実は気づいていた。見なかったことにしたかった。
    「行きます」
     二本のボードが近づいてくる。当然の反応として足を乗せてしまった。
    「それじゃあ行こうかランガくん――僕らの愛の国へ!」
    「わ、わあ、わああー……」
     
     そりゃ消すだろ、滑るのに花とか邪魔だし。そんな友人の声が聞こえた気がした。
    「……」
    「いやー、楽しかったねえ!」
     一生続くかと思われた螺旋スロープだが、終点は確かに存在した。ただもう体力がない、床に張り付くことしかできない。どうして愛抱夢は普通の顔で立っていられるんだろうか。
    「どう? ランガくん。君も楽しんでくれたかい?」
    「……うーん」
     長かった。本当に長かったし、ツルツルだからコース取りが難しいうえ一歩間違えば転落だし、愛抱夢はずっと笑ってるし、わざと危ないところ狙うし。
     総合的に見ると。
    「……楽しかった」
    「……!」
     本当に楽しかった。知らないコース、知らない感覚。合間合間で愛抱夢が見せた知らないトリック。
     あの時は突然の誘拐で一切のことに追い付けていなかったが、今日愛抱夢と滑ってよくわかった。彼はすごいスケーターだ。
    「そうか」
     愛抱夢がふらりと身体を揺らす。彼も疲れていたのかと思えばそうではないらしく、倒れかけた身体はこちらの身体を抱き締め、どういう体幹をしていればそう動けるのか、そのまま再び起き上がった。三半規管が強いか、それとも体力が底無しなのか。あんなに回ったというのにくるくると踊るように喜びを表現する。
    「そうか! そうか! ああ! ……楽しかったと、そう言ってくれるんだね!」
    「う、うん」
     腰から持ち上げられると足が浮く、流石に落ち着かない。
    「愛抱夢、そろそろ下ろして」
    「かまわないけど歩ける?」
     上を見る。地獄まで続くとすら思った螺旋のスロープ、つまり戻るのも――。
    「……お願いします」
    「まかせて。帰ったらお風呂がいいかな、ご飯がいいかな……」
     
     お風呂のあと就寝までいきかけたがあまりに自分の腹が鳴るのでご飯に決まった。文句の多い胃に感謝だ。
     次から次へと料理が運ばれてくる。サーブ係は色々だ。銅像、彫刻、マネキン、そして。
    「楽しそうだね、スネーク」
    「……?ああ、はい」
     明らかに人間の持てる量ではない皿を持ちながら、大変生き生きと働く男が一人。
    「なんでしょうね……」
     無機物に負けない速さで配膳を終え、胸に手を当て深く息を吐く。
    「毎秒無茶を言われるこの感じ、懐かしい充足感があって……」
    「よかったね……」
     城での彼は度々覇気がないと言われていたが、単に仕事が少な過ぎて物足りなかったらしい。いそいそと厨房に戻っていく。
    「美味しい?」
    「うん。天井までなくても、すごく美味しい」
    「天……?」
     こちらの話なので気にしないでほしい。
    「まあ、それならよかった。何分客人をもてなすなんて数年振りだからね。少し不安で」
    「……そんなに」
     確かスネークの話だと愛抱夢が国を追われたのもそのあたりだった気がする。
    「……この城には他に誰も居ないの? 例えば、ご飯を一緒に食べる相手とかは?」
    「ここに戻ってきてからは何をするにも一人だった。もちろん食事も」
    「それは――寂しそうだ」
     愛抱夢が笑う。
    「寂しいなんて……思ったことないな」
     彼の持つカトラリーが皿を擦り嫌な音を立てた。
    「僕のことを理解しない衆愚がいくら居たところで、僕は一人だよ。それならこうしているほうがマシさ」
     彼のための城。彼のための食卓。確かにそれは楽だろう。けれど。
    「俺は?」
     見ていたと言った。ここに招いた。
     そこにある感情はやはり寂しさではないのか。
    「……君は特別」
     デザートが運ばれてきた。会話も終わる。
     
    「じゃあ寝ようか」
    「ベッドも大きいな……」
     クレイジーロック城のベッドの二倍はある。はじめから誰かと眠る前提で置かれているようなサイズだ。
    「はい」
    「……ありがとう」
     枕も予備がきちんと用意されている。しかもふかふか。やっぱり彼は隣で眠る誰かを求めているとしか思えない。
     こちらを向いた愛抱夢は今から寝るとは思えない目の輝きで「ねえ」と子供のような願い事をした。
    「話をして」
    「話……って、どんな?」
    「なんでもいいよ」
    「……わかった」
     了承してみたものの、この男相手に興味を惹けるような話題が思い付かない。
    「……質問していい? それで話すことを決めたい」
    「うん」
    「愛抱夢の嫌いなものって何?」
    「沢山あるよ。民衆、国家、法律、最近は薄幸の少女に魔法をかける奴も嫌い」
    「じゃあ好きなのは?」
    「もちろん、君とスケート」
     ならこっちだ。
    「愛抱夢」
    「なに?」
     横寝では格好がつかないが、せめて上半身だけでも姿勢をよくして彼の目を見る。
    「はじめまして。ランガです。雪の国から来ました」
    「……」
    「よろしく」
     そういえば彼とは握手もしたことがなかった。
    「ああ……よろしく」
     手袋越しでないそれは温かい人間の手だ。
    「今から俺の話をたくさんします。好きなことも、嫌いなことも――あなたは見ていたらしいから、知っているかもしれないけど。自己紹介なので、聞いてください」
     彼は忘れているかもしれないけれど、自分にとって彼は一七年間会ったこともなかった見知らぬ誘拐犯なのだ――今はまだ。
    「それが終わったら、今度はあなたのことを教えてほしい」
     教えあって、わかりあう。そうして初めて自分達は、本当に出会える気がする。
    「仲良くしよう。愛抱夢」
     寂しい王様。王子でよければお近づきになろう。
     
    「それでレキが言うんだ、魔法のガラスでできたんだから城のガラスだともっとすごいのが作れるんじゃないかって、だから――」
    「もういい……」
     愛抱夢が数回めの「もういい」と共に枕に伏せた。
    「君、話が長いな……」
    「そうかな」
     好きなものについて沢山話してしまうのは当たり前ではないだろうか。
    「じゃあジョーが開発した新しいマッスルマジックでも」
    「ああもういい、もう終わり!」
     枕をばしばし叩く姿も子供のようだ。これだけ見れば誰だって彼を元非道の悪逆皇帝様だとは信じないだろう。
    「ありがとう、愛抱夢。聞いてくれて」
    「……いいよ。改めて把握できたし」
    「把握?」
     顎を枕に乗せて、愛抱夢が指を折りはじめた。
    「……シンデレキとその一家、魔法使い、クレイジーロック城の人々、城下町の住人、雪の国に残してきた家族、国民……」
     さっきまでに話した「好きなもの」をひととおり並べ終えた男が自分の名を呼ぶ。
     その目はあの日自分を攫った時と同じ、勝ちを確信した燃える赤。
    「ねぇ、ランガくん――これ全部消えるのと君が一生この城に留まるのどっちがいい?」
    「……そうきたか……」
     なるほど。これは確かに悪逆だ。
     
    「ランガ、昨日城から居なくなったんだって? 大丈夫か?」
    「うん――とりあえず週三からでいいって」
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