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    20210704 イブって何だよ話
    悪くないのでは…と思ってから一年 愛抱夢ってもしかして全然ランガのことイブだと思ってるし世界もそう認識してるのか?と疑っている自分のなかで解釈違い(公式の情報に添いたいため)になりつつある文です 何なんだスノードロップ

    ##明るい
    ##全年齢

    目覚めてなお見る夢こそ「結局イブって何?」 
     実につまらない質問だった。欠伸が出るほど。溜め息混じりにしか返答できないほど。 
     つまらない質問にはつまらない答えが相応しい。
    「呼び名だよ。僕の運命の相手。例えば君」
    「俺は――」
    「分かっている」
     そう。分かっている。かといって本人から直に否定されるのも厳しい。先んじて自ら刺す方がまだマシだ。
    「君はイブではない」
    「うん」
    「ましてやイブなんてどこにも居ない」
    「それは……」
    「分からないなんて続けるつもりならやめてくれ。どうしても言いたいのであれば根拠の一つでも示してもらうけど?」
     そんな物あるわけもなく口を閉じたランガはしかし話を終える気にはならなかったらしい。それなら、と速やかに本題に戻っていく。
    「居ない人を探してたのか?」
     なかなかどうして嫌な聞き方を。はいそうですとも言いにくい、阿呆の様で。
    「……居ると思っていたんだ」
    「何で」
    「何故って……僕は愛抱夢だろ」
     頷いたのを確認し一息で終わらせる。
    「じゃあイブもいるだろう。どう考えたって」
     その目は止めろ。
    「だからまあ、君がそんな顔をする程度の話だったんだよ。高校生の餓鬼が抱いた幻想、いや妄想とで言った方が君達は喜ぶのかな、だって――」
    「つまり」
     話を遮った意識などひと欠片も無い、良くも悪くも真っ直ぐな無表情が傾いだ。
    「夢ってこと?」
     配慮の足りない言葉選びは子供だからか生来のものか。もしくは配慮ではなく、足りていないのはこちらへの優しさその他か。何にせよひどくキツい気分にさせてくれる。 
     夢、夢か。なんとまあ美しく疲労の溜まる言葉だろう。まさしく子供専用というか。
     子供の言葉で自分を語るなと言ったところでおそらく彼には通じない。言葉の意味が、ではなく、いくら頼もうと、という話だ。昼だろうが夜だろうが生き死にの懸かった舞台だろうがランガは変わらなかった。尊く、忌々しく、そして羨ましい彼の特性。
    「そうだよ。夢だ。長いこと見ていた」
    「さっき高校生って言ってたから……」
    「ざっくり十年」
    「じゅう」
     丸くなる目も口もあまりに馬鹿正直過ぎる。
     高校生時分の記憶など遥か彼方だが、自分もこうだったのだろうか。こんなにも裏表がなく大変鈍く、
    「長い」
     率直端的、それでいて。
    「それだけ良い夢だったんだね」
    「……ああ」
     子供の放つ刃は変わらずこの身を刺し貫いたが傷口からじわりと滲む血はやけに生ぬるい。だくだくと流れるそれの温度に痛みと、そして安堵を覚えた。
     おかしな話だが何も間違いでは無い。ランガが見事当ててみせたことに自分が多少浮かれているだけだ。
     良い夢――だったのだ。 
     それを見ている間はどれ程この世が苦しかろうと耐えられた。衝動を誰かにぶつけることが許される気がした。 
     妄想で想像で免罪符で救いで自己正当化の言い訳で夢で――。
    「イブというのは、まあ。僕を生かす希望だった」
     永遠の世界に行く迄という期限こそあれど、あの日まで確かに自分を生かしていたのは。奪われる側であることを受け入れさせなかったのは、人形になる道を拒否させ続けたのは、間違いなく架空の存在であるイブだった。
    「笑えるだろう」
     どれだけ己を、意思を、器を磨いたところで自分はそんな人間に過ぎなかったのだ。子供の頃の夢想を引きずり妄想がなければ生きていけない――そんな愚かさな、何処にでも居るだろう成りそこない。
    「君も笑えば?」
    「笑わない。誰だって」
    「……ああ、そう」
     否定されることを見越した質問とはいえ、本当に真摯な眼差しと否定を送られるとそれはそれで負けた気になる。 
     気付いていないだろうに。勘が良いというか。
    「……根拠は無いけど」
     全て受け入れそうな微笑みがまた憎らしい。
    「いつか会えると良いね。沢山」
    「沢山?」
    「うん」
     軽く尋ねたところ数十人単位の話になっていた。 
     どんなアダムとイブだと思わず拒否すれば、でも楽しく滑れる相手は沢山居た方がいいとランガは彼らしい理屈で返し「それに」と目を伏せる。
    「二人だと愛抱夢、また行きたがりそうだから」
    「……行かないよ。僕の夢は終わったんだ。イブ探しもおしまい」
     これは気付かれただろうが当然半分は嘘だ。 
     今だってあの場所への想いが完全に無くなったわけではなく、理想の相手に誘われたらのこのこ付いていく自信はある。ただ。
    「本当に?」
     当事者たる彼の反応を見るにその日が訪れることはなさそうだ。残念だが凍結せざるを得ないだろう。
    「本当さ。全部君に壊されてしまったからね」
     固まった顔面に込められた感情は面白いほど分かりやすい。 
     圧倒的な気まずさ、危険極まり無かろうと他人の夢を壊した罪悪感に相反する安心。付け加えて謝罪はしたくない頑固さ。写真に収めたくなる良い表情だ。
     込み上げる笑いを五分の一ほどに抑え表に出す。
    「ああ気に病まないで。今思えば僕も限界だった、あの分なら程なく自壊していただろうし」
    「……自壊」
    「分からないか。端的に言えば――」
     言葉をぼやかさず具体例を用い話したところランガは己を抱き締め「良かった」「危なかった」しか言わなくなってしまった。こういった傾向の話に耐性が無いらしい。知らなかったとは言え完全に失敗した。
    「良いじゃないか。結局僕は生きてここに居る。それが全てだよ」
     取り繕おうと出した明るい声は我ながらひどくわざとらしかったが、少年はそのまま受け止めたようで、無事両腕を解く。
    「……ん。良かった」
     全身の力を抜きほうと溜め息を吐く姿はおそろしいほど暢気かつ自然体だ。簡単に御せそうな子供。しかしこれが坂を前にした途端あらわす姿を知っている。思い出すだけで昼間に感じるべきでない量の興奮が身の内から沸き上がる鮮烈なそれを、何度も目にし、その度に確信した。
     ――彼こそが。 
     間違い。思い込み。だとしても、あの焼けつくような熱だけは疑いようもなく真実だったのだ。
    「ランガくん」
     本当のイブに会いたかった。
     彼がそうだと理解してからは彼と共に行きたかった。 
     今は。
    「君はイブじゃないのにどうしてかな――君と滑るのが楽しくてしょうがない」
     空いた時間に恐怖は無かった。甘えだろうか。
    「ありがとう。俺もあなたと滑るの楽しいよ」
     肯定されると薄々予想していたにも関わらず心が踊る。止める間もなく身は乗り出し口は流れるように言葉を放った。思いの外高揚しているらしい。
    「だろうね。次はどうしようか。何がしてみたい?」
    「なに、って」
    「僕はもっと君と滑りたい、試してみたい事が山程あるんだ。距離に形式、季節時間天候それから……」
    「……ワクワクしてる?」
    「それはもう!」
    「夢中になれそう?」
    「それは……ん?」
    「生きる希望?」
    「……もう一度言う。責任を感じる必要は無い」
    「だって」
    「待て」
    「夢だったのに」
    「……夢だったけど…………」
     静止は間に合わず、ぶつけられた輝く一文字もしくは二文字は心臓に切実なダメージを与えた。
    「新しいのは要らない?」
    「新しい……夢ねえ」
     夢と口に出す度心に小さな傷を負っている気がする。大人になってしまった身としては夢を想うなど多少の苦しみを覚悟しなければ出来ないもので、真剣に語ろうと思えば尚更。言葉だけキラキラさせながら嫌な汗を出すのは心身に悪い。 
     ともかくそういう理由もありこれを機に自分は夢なんて甘い言葉から遠ざかる気でいたのだが、ランガの方はどうやら自分が新しい夢を持つことを望んでいるようだ。責任感からならどうにか出来るとして子供ゆえの純真な思い込みであれば厄介。しかし表情を見るに後者。であれば方法は。
    「参考までに聞こうか。ランガくんの夢は」
     話を逸らす。これしかない。
    「俺の?」
     床を向き、おのが夢に想いを馳せながら少年はぽつぽつと言葉を重ねていく。不穏なワードが幾つか聞こえた気がしたが自動的に耳が塞がり残りも脳が揉み消した。良い仕事だ。
    「今はそうだな、あれと、それと……」
     次々あがる夢と言うより願望に近いそれからこちらで叶えられそうな物を密かに記憶していると
    「あとひとつ」
     ランガが顔をあげた。目が合う。
    「滑りたい」
     たった今あげたどんな夢より短く率直な願い。 
     そこに詰まった彼の欲望を感じ取った瞬間、ひとりでに足はステップを刻んだ。あの日から忘れたことはない、自分の夢を打ち砕き無理矢理引きずり下ろしておきながら敵意のひとつも無い癖に闘争心に満ちた瞳は健在らしい。おかげで心臓が逸り脳は回り、結果天啓とすら思える非常に良い考えが浮上する。
    「なるほど。とても参考になった。ありがとう」
     今この瞬間話を逸らす必要は無くなった。思い付いた、いや生まれたと言おうか。何にせよ己は新しい夢を手に入れたのだ。 
     イブ。君を愛していた。けれど何事にも限界というものがある。いつまで経とうと現れぬ姿をこのまま待ち続けたとて、辿り着くのは狂い死に。なのでまあ、君を居ないものとして新たな生き甲斐を見つける自分をどうか許してほしい。別に許さなくても構わないがひとつだけ。来ないそっちが悪い。 
     彼を見ろ。来てくれたぞ。
    「では僕は――ランガくん。君を愛し、君に愛されるなんてどうだろう」
     鐘を鳴らしてみたい。もうどこからも聞こえないそれを今度は勝手に、自分が望むまま。
    「協力してくれる?」
     始まった少年の百面相に確かな赤面を見つけほくそえんだ。これだから現実は夢がある。
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