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    lily__0218

    ゆげ

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    lily__0218

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    「燃晩ワンドロワンライ」さまにて書いたもの。
    ※密会(初期)燃晩 in 現代AU
    ※大したネタバレは無いですが、本編185章あたりまで読了された方むけ

    ##燃晩

    【燃晩】膚のしたにひそむ 通勤用の鞄を助手席から持ち上げると、楚晩寧はやや気だるげな様子で運転席のドアを開けた。地下駐車場に充満したどこか淀んでいる空気が頬を撫で、そのむわりとした熱気に思わず眉を顰める。夜半の時分だというのに、昼のあいだに熱せられた世界は保温されたバスタブの湯のように熱を保ち続けている。ため息をひとつ落とすだけでも白いマスクに覆われた頬と鼻先に自分の濡れた呼気がかかった。ああ、早く部屋に入ってこれを外したい。楚晩寧はそう思いながら愛車が施錠されたことを見とめると、颯爽と身を翻してマンション一階のロビーへと向かった。

     とある企業に研究員として勤めている楚晩寧は、日付を跨ぐ数分前にようやく自宅へと帰ってきていた。予定通りの帰宅時間ではあったものの、職場に十何時間も拘束されていてはさすがの彼でも息が詰まる。気温と湿度、それから軽い疲労感のため「機嫌が良い」状態とはいえない楚晩寧だったが、その足取りはそこまで重たいものではない。
    「……明日は、何時に来るのだろう」
     地下駐車場から一階に向かう途中の非常階段に、甘さが薄く滲んだ声が響いた。水滴がぽとりと落ちるように零されたつぶやきは、誰にも聞かれることなく、ただ無機質なコンクリートの壁に染みこんでいく。

     彼の足取りが軽やかな理由は、たったひとつ。
     明日が休日であり――年下の恋人が自宅を訪ねてくる日だから、だ。

     そう考えるとどうも気分が浮ついてしまい、そんな自分が恥ずかしくなったのか、楚晩寧はすこし歩調を速めて非常階段を上りはじめた。雲の上を歩いているように足裏の感覚が曖昧になり、そのまま自室に向かえばよかったと後悔が過ぎる。一階に設置されている宅配ボックスに届いた荷物など、明日の朝にでも回収すればよかったのに。どうせ放置しはじめてから、もう三日は経っているのだから。

     年下の恋人というのは、楚晩寧が所属している会社の後輩だ。研究所に配属されている楚晩寧とは違い彼は営業部署配属であるため、研究所から電車で片道一時間ほど離れた本社に勤務している。社内に関係性を公にしていないため、気持ちが通じあってからは休日になると互いの家を行き来することが常となっていた。
     骨ばっていながらも白魚を思わせるような繊細な指先が、非常階段の重たい鉄のドアを開ける。マスクのなかで軽く息を整えて、ロビーを横切ろうと彼が一歩を踏みだした時、エントランスへと続くガラス張りの自動ドアの向こうに背の高い人影が見えた。
    「……墨燃?」
     声が聞こえたわけではないだろうに、その人影はぱっと顔を上げて楚晩寧を視界に捉えた。ゆったりとした白いTシャツと黒のスキニーパンツ、無骨なスニーカー。俊英な顔容を黒いマスクで覆い、隙間なく生え揃った睫毛に縁どられた瞳がぱちぱちときらめく。そのなかに浮かぶ眼球は楚晩寧を見とめた瞬間、溶けきらずに沈殿した砂糖のようにとろりとゆるんだ。
     彼は照れくさそうにそのうつくしい瞳を細めたあと、楚晩寧に向かってちいさく手を振った。どうして、来るのは明日だと聞いていたのに。そんなことを思いながら、宅配ボックスへの用事などすっかり頭から抜け落ちた楚晩寧はエントランスへと進行方向を変える。
    「……明日じゃなかったか?」
     楚晩寧が自動ドアの前に立つと、ゆっくりと開いた隙間から申し訳なさそうな顔をした恋人が入ってきた。その表情は飼い主をみつけた子犬のようで、楚晩寧の庇護欲を駆り立て、心臓がきゅっとするような哀切さを感じさせる。溢れ出してしまいそうになる愛情が本当に零れないように、いつも通りの冷ややかな表情を維持することに尽力していると、墨燃が後頭部をぽりぽりと搔きながら口を開いた。
    「ええと、ごめんなさい。メッセージ、入れたんですけど……」
    「……すまない、気がついていなかった」
    「既読にならないので、そうかなとは思ってました」
     楚晩寧は私用のスマートフォンを取り出して、さっと画面に視線を落とした。確かに三件、通知が届いている。ごく限られた人間としかやりとりをしないため、どうしても日中の確認を怠りがちになってしまう。連絡を取り合う相手などいなかったからこれまでは問題がなかったが、これからはそれを改めて、ちゃんと確認することにしよう。くすぐったい気持ちになりながらも心に決め、墨燃からのメッセージに目を通す。

    『おはようございます、相談があります』
     八時三十分、一通目のメッセージが届いていた。
    『約束は明日なんですけど、今日行ってもいいですか?』
     これは昼休み、十二時四十五分に届いている。楚晩寧が確認しそうなタイミングを見計らったかのように送られてきているそれに、じわりと罪悪感がつのった。
    『ごめんなさい。返事、まだですけど、会いたいので行きますね』
     最後のメッセージは二十時三十五分に来ていた。
     無意識のうちに「会いたい」という文字列を指先でなぞっていた。楚晩寧はその言葉を頭で処理し終え、胸がしくしくするような感情に耳を紅くさせたまま気まずそうに視線を巡らせる。するとその視線を受けた墨燃は、恥ずかしそうに口を開いた。
    「あの、あと一日だったんですけど……俺、我慢できなくて」
     どくん、と楚晩寧の胸が高鳴った。墨燃はまるでなにか眩しいものに焦がれるように、瞳を細めて彼を見つめている。濃紫の瞳から零れ落ちていく愛おしさを全身で受け止めた楚晩寧は、いくら甘党だといってもその甘さに胸やけを起こしてしまいそうになった。楚晩寧は墨燃の言葉に答えることなく、彼のしっかりとした蜜色の腕を乱暴に掴み、エレベーターホールへと歩みを進める。
    「怒ってます?」
    「……どうして怒る必要がある」
     自室に向かう途中で、不安そうに向けられた視線に楚晩寧は一瞥で応えた。楚晩寧の瞳からなにを感じ取ったのか、墨燃は彼の一瞥を見とめたあととろりと笑顔を綻ばせる。ふん、ちいさく息を吐く音がマンションの内廊下に響いた。

     墨燃を玄関の奥へとおしこんで、あとに続くようにするりとドアの隙間に身体を滑りこませた。後ろ手にドアを閉めると、がちゃん、と鍵をかける音が室内に反響する。急ぎ足でここまで歩いてきた楚晩寧はすこし息が上がっており、苦しそうにマスクを取り払うと大きく息を吸って、肺に空気を送りこんだ。残響が散ったあとは、ふたつの呼吸が波紋のように空気中に溶けていくばかりだ。マスクの下で蒸れた唇は紅くほてっており、ちいさく開閉を繰り返している。自分の欲を駆り立てるために誂えられたそれに、吸い寄せられるように墨燃はじっとりとした視線を眦から零した。
    「……晩寧」
     月あかりが差しこむ室内に、互いの輪郭がぼんやりと浮かび上がっている。微かなあかりを頼りに手を伸ばし、墨燃は楚晩寧の頬の産毛を指先でなぞる。びくりと跳ねた肩にたまらなくなって、玄関ドアに楚晩寧を縫いとめるように覆いかぶさった。
    「も、墨燃」
     めずらしく動揺を見せた楚晩寧が顔を上げると、黒いマスクに指先をひっかけている男と視線が交差した。指先が移動するたびに、すっと筋が通った高い鼻梁、愛らしく上がった口角が順番にあらわになっていく。いけないものを見たような、倒錯した感覚が楚晩寧の身体を駆け抜けた。指先が顎に到達し、熱い吐息が楚晩寧のつむじを撫でていく。湿った唇がそおっと開かれて、そのなかに仕舞われていた肉厚の舌が唾液に浸って艶めいているのが見える。あ、と楚晩寧が思った時にはもう、彼のうわずった吐息は墨燃の濡れた舌に絡めとられていた。
    「ん、ん……ふぁ、ん」
    「……っは、ん」
     楚晩寧の咥内でふたつの舌がいやらしく縺れ、どちらのものともわからない唾液が泡立った。白い泡は舌と舌の間で擦り潰され、ぱちんとはじけては楚晚寧の喉の奥へと落ちていく。滑り落ちた唾液を追いかけるように、楚晩寧の顎、耳の後ろ、首筋へと、墨燃は唇を移動させた。
    「っ、」
     触れられた場所が熱をもち、楚晩寧はちいさく身体を震わせた。その微かな振動でさえ愛らしいと思ったのか、墨燃の唇の終点から笑みを含んだ吐息が漏れる。
     ふたりぶんの唾液を嚥下しようと、健気にも上下に動く喉元に辿りついた。墨燃はそこを覆う襟のボタンをふたつ、片手で器用に外した。犬のように鼻先を襟のあいだにもぐりこませ、ぐるぐると蠢く楚晩寧の喉の球体にちゅっと吸い付く。ぴりりとした汗の塩味が舌先でじわりと溶けた。冷たい皮膚に覆われたそのなかに、熱を燻ぶらせるなにかがいる。それは墨燃を食い千切ろうと、おおきな口を開いているような気がした。
    「あっ……」
     ふいに訪れたつよい刺激に、楚晩寧はたまらず声を上げて首筋を仰け反らせた。食べてくださいとでも言わんばかりにさらけだされた白い喉に、墨燃も遠慮なく噛みついていく。ドアと身体の間で乱れた楚晩寧の豊かな黒髪が、微弱な電流を纏ってドアにぴたりとはりついている。その様子はまるで、自分に組み敷かれた楚晩寧の髪が、柔らかなベッドの上に散らばっているように見えた。
    「っ、晩寧……」
     墨燃の眉間が苦しそうに顰められた。焦燥を隠さないまま楚晩寧の首筋に額を擦りつけ、その細くもしっかりとした腰を引き寄せる。墨燃のおおきなてのひらに触れられた場所から鈍い痺れが背筋を抜け、つむじのあたりでぱっと散った。身体をつよく密着させたことで、熱く、硬くなった彼のものが楚晩寧の下腹部に押し付けられる。スキニーパンツの厚い生地越しでもわかるその質量は、いつものことながら楚晩寧をひどく狼狽させた。こめかみへとすっと伸びた鳳眼に、羞恥のためか薄く水の膜がはっていく。
    「……貴方は、」
    「これ以上は、しないから……これは、ゆるして。ね?」
     楚晩寧の言葉が終わらないうちに、哀願するようなくぐもった声が響いた。愛しいひとの首元に顔を埋めていた墨燃は、視線だけを持ち上げて楚晩寧の顔を覗きこむ。下から甘えるように見上げられると、言いたかった言葉をすべて飲み込まれてしまったように感じられた。赤面したままなにも言わなくなった楚晩寧を見て、墨燃はくすりとちいさく笑みを零す。「してやったり」という表情を、もう一度、楚晩寧の肩口に擦り付けた。


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    lily__0218

    DONE楚晩寧お誕生日おめでとうSS②
    踏楚/本編後のふたり
    ※本編311章までのネタバレを含みます。
    ※多分『献花』を先に読んだほうが良いですがこれだけでも読めます。
    【踏楚】花に傾慕 細い糸のような雨がやさしく地面を叩く音で楚晩寧は目を覚ました。頭を預けていた墨燃の肩越しに、彼らが住まう茅舎の室内がぼんやりと浮かび上がる。陽が昇りきっていない時分、薄墨を刷いたような闇からゆっくりと身を起こすように、彼らの生活の痕跡が徐々に輪郭を結んでいく。
     南屏の山間からは濃い霧が立っていた。真っ白に染まっていく窓の外を見ながら、楚晩寧はまるで雲の上にいるようだと思う。山の天気は移ろいやすい。きっとこれから雨が止んで陽が昇り、光が雲霧を切り裂き、この茅舎の中に射しこむのだろう。
     楚晩寧はたくましい腕の拘束から抜け出した。すっと視線を下げると、すやすやと寝息を立てている墨燃の横顔が目に入る。ほんの数刻前に意識が切り替わり、切り替わるやいなや有無を言わせず楚晩寧を床榻に組み敷いた男とは思えないくらい、どこかあどけない寝顔だった。かつてはあんなにも皺が寄っていた眉間も今は穏やかにゆるんでいる。痛む身体に少しだけ腹が立った楚晩寧は、好機と捉えて指先で墨燃の鼻を摘まんだ。くぐもった呻き声が短く上がる。楚晩寧は満足そうに口の端を上げ、床榻から立ち上がった。
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    lily__0218

    DONE楚晩寧お誕生日SS①
    とある八月九日の懐罪大師のお話。
    ※二哈241章までのネタバレを大いに含みます。
    ※燃晩要素はほとんどない懐罪のエンドレス独白です。
    献花 白の衣装は繊維の隙間に夏のにおいを含んでいた。一着を手に取って丁寧に畳み、もともと仕舞われていた場所に戻していく。いくばくかそれを繰り返し自分の左横にあった白い山がなくなると、懐罪は細く長い息をふうと吐き出した。
     顔を上げて周囲に視線を巡らせる。懐罪の手によってすっきりと整えられた水榭内は、薄墨を刷いたような闇にその輪郭を溶かしていた。窓の向こうに見える空は燃えるような赤と濡れたような紫を滲ませ、時おり群鳥の影が横切っていく。もうじき黄昏が夜を連れてくるだろう。
     朝から気も漫ろな一日であった、と緩慢に腰を上げながら懐罪は思う。
     今しがた終えた「楚晩寧の衣装に風を通す」という作業も彼の気を紛らわせる一助とならなかった。空いた時間を水榭内の掃除に没頭することで埋めようとしても、楚晩寧の生活の痕跡を見つけるたびちくりと心臓が痛んで手が止まる。高僧などと呼ばれる自分を馬鹿々々しいと思うほど、毎年この時期になると懐罪の神経は鋭敏になった。忘れたことなど一日もない、かつての罪が記憶の表層に浮かび上がってくるからだろう。
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