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    lily__0218

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    lily__0218

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    楚晩寧お誕生日おめでとうSS②
    踏楚/本編後のふたり
    ※本編311章までのネタバレを含みます。
    ※多分『献花』を先に読んだほうが良いですがこれだけでも読めます。

    【踏楚】花に傾慕 細い糸のような雨がやさしく地面を叩く音で楚晩寧は目を覚ました。頭を預けていた墨燃の肩越しに、彼らが住まう茅舎の室内がぼんやりと浮かび上がる。陽が昇りきっていない時分、薄墨を刷いたような闇からゆっくりと身を起こすように、彼らの生活の痕跡が徐々に輪郭を結んでいく。
     南屏の山間からは濃い霧が立っていた。真っ白に染まっていく窓の外を見ながら、楚晩寧はまるで雲の上にいるようだと思う。山の天気は移ろいやすい。きっとこれから雨が止んで陽が昇り、光が雲霧を切り裂き、この茅舎の中に射しこむのだろう。
     楚晩寧はたくましい腕の拘束から抜け出した。すっと視線を下げると、すやすやと寝息を立てている墨燃の横顔が目に入る。ほんの数刻前に意識が切り替わり、切り替わるやいなや有無を言わせず楚晩寧を床榻に組み敷いた男とは思えないくらい、どこかあどけない寝顔だった。かつてはあんなにも皺が寄っていた眉間も今は穏やかにゆるんでいる。痛む身体に少しだけ腹が立った楚晩寧は、好機と捉えて指先で墨燃の鼻を摘まんだ。くぐもった呻き声が短く上がる。楚晩寧は満足そうに口の端を上げ、床榻から立ち上がった。
     喉が渇いている。さんざん声を上げさせられた喉はひどく掠れてひりひりと痛むのだ。白湯を飲もうと一歩を踏み出すと、窓際の小さな卓の上に茶器が置かれていることに気がついた。
     訝しげな顔で卓に近づいて見てみると、どうやら白湯が準備されているらしかった。なにかの法呪がかけられているのか中の湯は適温に保たれている。茶器が置かれた木製の盆の端には、露が滴る白い小さな一輪の花が飾ってあった。
    「……これを、あいつが?」
     墨宗師のほうならわかるが、まさか。そう思った楚晩寧は、眉をひそめながら床榻に視線を向ける。布団をかけて横になった墨燃の背中は、さながら床榻の上にできた小山のようだ。小山は息を潜めているかのようにぴくりとも動かない。
    「…………」
     ふ、と楚晩寧の薄い唇から小さく笑みが漏れた。
     そういえば衣服もしっかりと整えられていた。身体も綺麗にされていて気持ちが悪いところはない。きっと楚晩寧が意識を手放している間に墨燃が世話をしたのだろう。身体を洗い、服を着せて床榻に寝かせ、白湯を用意して花を飾る。かつての踏仙君からの厚遇に楚晩寧は瞼を伏せてふるふると睫毛を震わせた。遠い昔、辱められた後に処理の仕方がわからず熱を出したことがあった。思えばここ最近はそんなことも起きていない。墨宗師の時も、踏仙君の時も等しく。
    (これは、押し花にでもしようか)
     喉をやわらかく潤す白湯を飲みながら楚晩寧は考える。掌にのせた小さな花は露を弾いてみずみずしく輝いている。その花のいじらしさは、いつか海棠の花の下で見た少年の笑顔を楚晩寧に思い起こさせた。このまま枯らしてしまうのはあまりにも惜しい。なんといったってあの元暴君が、他でもない『本座の人』である自分に贈ってくれた花なのだから。
     ふと気がついたことがあった。この花が今日、自分に贈られた意味を。

     白湯を飲み干すと、楚晩寧は花が枯れないように簡単な法呪をかけた。まだ夜は明けていない。もうひと眠りすることにしよう、と楚晩寧はふたたび床榻に潜りこむ。
     普段であればこんなことはしないが、今日はそういう気分だった。楚晩寧はすやすやと眠る墨燃の頭を懐に抱えて瞼を伏せる。やわらかな髪から立ちのぼる甘い太陽のかおりを肺いっぱいに吸いこんだ。いつの間にか背に回された手に、ぐっと力が籠るのを感じる。知らず知らずのうちに楚晩寧の口角がゆるりと上がった。きっと次に目を覚ました時、不機嫌そうに自分を見上げる黒紫の瞳と出会うのだろう。形の良い唇が「あんな花で満足するな、本座はもっと良いものを用意している」だとかなんだとか紡ぐのだろう。容易に想像できてしまう未来に、どうしてか少し胸が熱くなった。
     やさしく世界を濡らしていく雨は徐々にその勢いを弱めている。幾重にも層をつくる紗のような陽光が少しずつ霧の合間から漏れはじめていた。
     楚晩寧は皮膚に沁み込むようなぬくもりの中、ゆっくりと意識を手放す。優しい朝がもうじきやって来るだろう。


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    lily__0218

    DONE楚晩寧お誕生日おめでとうSS②
    踏楚/本編後のふたり
    ※本編311章までのネタバレを含みます。
    ※多分『献花』を先に読んだほうが良いですがこれだけでも読めます。
    【踏楚】花に傾慕 細い糸のような雨がやさしく地面を叩く音で楚晩寧は目を覚ました。頭を預けていた墨燃の肩越しに、彼らが住まう茅舎の室内がぼんやりと浮かび上がる。陽が昇りきっていない時分、薄墨を刷いたような闇からゆっくりと身を起こすように、彼らの生活の痕跡が徐々に輪郭を結んでいく。
     南屏の山間からは濃い霧が立っていた。真っ白に染まっていく窓の外を見ながら、楚晩寧はまるで雲の上にいるようだと思う。山の天気は移ろいやすい。きっとこれから雨が止んで陽が昇り、光が雲霧を切り裂き、この茅舎の中に射しこむのだろう。
     楚晩寧はたくましい腕の拘束から抜け出した。すっと視線を下げると、すやすやと寝息を立てている墨燃の横顔が目に入る。ほんの数刻前に意識が切り替わり、切り替わるやいなや有無を言わせず楚晩寧を床榻に組み敷いた男とは思えないくらい、どこかあどけない寝顔だった。かつてはあんなにも皺が寄っていた眉間も今は穏やかにゆるんでいる。痛む身体に少しだけ腹が立った楚晩寧は、好機と捉えて指先で墨燃の鼻を摘まんだ。くぐもった呻き声が短く上がる。楚晩寧は満足そうに口の端を上げ、床榻から立ち上がった。
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    lily__0218

    DONE楚晩寧お誕生日SS①
    とある八月九日の懐罪大師のお話。
    ※二哈241章までのネタバレを大いに含みます。
    ※燃晩要素はほとんどない懐罪のエンドレス独白です。
    献花 白の衣装は繊維の隙間に夏のにおいを含んでいた。一着を手に取って丁寧に畳み、もともと仕舞われていた場所に戻していく。いくばくかそれを繰り返し自分の左横にあった白い山がなくなると、懐罪は細く長い息をふうと吐き出した。
     顔を上げて周囲に視線を巡らせる。懐罪の手によってすっきりと整えられた水榭内は、薄墨を刷いたような闇にその輪郭を溶かしていた。窓の向こうに見える空は燃えるような赤と濡れたような紫を滲ませ、時おり群鳥の影が横切っていく。もうじき黄昏が夜を連れてくるだろう。
     朝から気も漫ろな一日であった、と緩慢に腰を上げながら懐罪は思う。
     今しがた終えた「楚晩寧の衣装に風を通す」という作業も彼の気を紛らわせる一助とならなかった。空いた時間を水榭内の掃除に没頭することで埋めようとしても、楚晩寧の生活の痕跡を見つけるたびちくりと心臓が痛んで手が止まる。高僧などと呼ばれる自分を馬鹿々々しいと思うほど、毎年この時期になると懐罪の神経は鋭敏になった。忘れたことなど一日もない、かつての罪が記憶の表層に浮かび上がってくるからだろう。
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