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    lily__0218

    ゆげ

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    lily__0218

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    燃晩/謎時空現代AU
    『# ズボラメイド楚晩寧』企画さまに参加させていただきました。

    【燃晩】ズボラメイド楚晩寧と坊ちゃん墨燃

     青い空にメレンゲのように浮かぶ雲を睨みつけ、楚晩寧は体内にこもった熱を逃がすように大きく息を吐いた。

     太陽が真上から照りつける午後一時。煉瓦造りの倉庫に三方を囲まれた小さな中庭は、本邸の綺麗に整備された豪奢な庭園とは異なって雑草がまばらに生えているだけである。
     楚晩寧はそんな中庭の端に置かれた木製のベンチに腰をおろし、疲れたように両手で顔をこすった。遮るものもなく地上を見下ろす太陽が彼の艶やかな黒髪に覆われた後頭部をじりじりと焼いていく。

    (今日は特に、蒸すな……)

     事前に組まれたシフト通りに昼食を済ませ、業務再開までは残り十五分といった時分だった。自室に戻ろうにも大きな邸宅内を移動するには時間がかかり、また人が多い場所で休憩をとると自分の存在が他人の休憩を阻害してしまう。そういったことに気がついている楚晩寧は、いつも人気のないこの場所にやって来てはひとり気ままに時間を潰していた――のだが、今日は選択を誤ったようである。

    (誰も来ないだろうし、少しならいいだろうか)

     額を伝った汗を軽く指先で拭うと楚晩寧は顔を上げた。周囲に人がいないことを目視だけで簡単に確認し、楚晩寧は自らが纏った黒と白の衣装を忌々しげに見下ろした。黒い綿サテンのかっちりとしたロングワンピースに、黒色が透けるくらい薄い白のエプロン。この季節は特に熱がこもりやすい楚晩寧の仕事着は期待を裏切ることなく熱を抱え込み、彼の体力を少しずつ削っていた。
    「……普段であれば決してしないことだが、」
     誰に対しての言い訳かそう呟くと楚晩寧は黒いワンピースの裾を両手で持った。品行方正が服を着て歩いているような男である彼は、決して人前ではこういった隙のある姿は見せない。しかし、茹だるようなこの暑さがいけない。これは午後の業務を見苦しくない姿でこなすためには致し方ないことだった。彼はそう自分に言い聞かせながらワンピースの裾を持ち上げ、大きく扇ぎ、服の中に風を迎え入れようとする。

    「……あっ」
    「!」
     大きく裾を持ち上げた瞬間だった。微かな声が楚晩寧の耳に飛び込む。目を大きく見開いた楚晩寧は、ぴたりと凍ったように動作を止めた。
    「…………」
     楚晩寧は眉ひとつ動かさずにゆっくりと手をおろした。そして何事もなかったかのように冷静に前を見据える。木製のベンチに腰かけたままぴんと背を伸ばした姿は、先ほどまでワンピースの裾を掴んで豪快に扇ごうとしていた人間と同一人物であるとは到底思えない。楚晩寧の内心では「しまった」と普段より少し速く心臓が脈打っているが、それを一瞬たりとも悟らせない冷ややかな表情が彼の顔の上に描かれる。
    「……どうしてここに」
    「おしゃべりしようかと思って」
     煉瓦造りの倉庫の影から、小さな子供が楚晩寧を見つめていた。少し襟足の長いふわふわとした黒髪に太陽が当たると紫色が浮かぶ不思議な虹彩の瞳。柔らかな白い頬に結ばれたえくぼは甘く、綺麗な形をした唇の両端を彩っている。

     十歳前後に見えるその美しい少年は、楚晩寧の雇用主の子供の――正確には甥だが――墨燃という。専属の家庭教師がいるにもかかわらずやたらと楚晩寧の周囲をうろつき、聡明で博識な彼に勉強やマナーを教えてもらおうと付き纏う奇妙な子供だ。
    「午後の授業はもうはじまっているだろう。早く戻れ」
     ふたりきりの時にだけ許されている砕けた口調で楚晩寧がそう言うと、墨燃は意図の汲み取れない笑みを浮かべながら倉庫の影から出てきた。つややかな白いシルクのシャツが細い身体を包み、上質な生地でつくられたショートパンツから覗く膝はピンクに色づいている。彼はそのままずんずんと歩みを進め、無言のまま楚晩寧の目の前までやって来ると、首を傾げて楚晩寧の顔を覗き込んだ。
    「……師尊師尊、今なにをしようとしていたんですか?」
    「別になにも」
     急に接近してきた美しい顔に眉を顰めつつ楚晩寧は冷たく言い放った。楚晩寧のそっけない返答を聞いても墨燃の顔に浮かんだ笑みはそのままだ。楚晩寧は気まずさのあまり内心で舌打ちをした。先ほどの自分の行動を墨燃に見られてしまったことは確実だが、彼のメンツを保つためには決して認めるわけにいかない。
    「そうですか……」
     墨燃は少しだけ唇を尖らせると、ピンクに色づいたかわいらしい膝を折って楚晩寧の前にしゃがみこんだ。子犬が自らの前で「待て」をしているような光景に一瞬だけ楚晩寧の警戒心もやわらぐ。墨燃は曲げた膝の上に右腕を置き、もっちりとした頬を埋めると、そのまま空いた左腕を楚晩寧の太腿に向かって伸ばした。
    「そういえば」
     する、と楚晩寧の右の太腿の上を小さな指先が滑った。
     薄い生地越しに感じられる細い指の感触が妙に生々しく、楚晩寧は息を飲んだ。膝から太腿の中ほどまでを撫で上げた指先は何かを探すようにその周辺をくるりとなぞる。汗ばんだ太腿と綿サテンが擦れる感触に背筋がぞくっとする。内腿が微かに震えた。
     形容しがたい感覚が楚晩寧の背を這い上がってくると、条件反射的に楚晩寧の頭に血が上った。無礼すぎる。いったい何をしているんだ、この子供は。
    「何をして、」
    「外れてましたよ。これ」
     楚晩寧の怒りを知ってか知らずか、目当てのものを見つけたらしい墨燃は花が咲くようにきらきらと笑った。それと同時に、服の中でなにかが引っ張られるような感覚がする。楚晩寧が怪訝そうにちらりと視線を落とすと、墨燃が服越しに何かを摘まんでいる様子が目に入った。形の良い爪が乗った墨燃の小さな指先に摘ままれ、持ち上げられているそれは紐のような形状をしているらしい。白いエプロンの上に細い一本の線を描き、ひだが陰影をつくっている。これは……

    「ガーターベルト!」

     太腿まであるストッキングを吊り下げておく、ガーターベルトである。

    「――っ、墨微雨!」
    「えっ」
     瞬間的に頭に血が上った楚晩寧はベンチから急に立ち上がった。これが外れていると知っているということは、つまり、そういうことである。他人に見せたことなど一度もない領域をこの小さな子供に見られてしまったという屈辱と羞恥が楚晩寧を襲った。
     目の前にいた人が予期せず立ち上がったためか、しゃがんでいた墨燃は驚いてそのまま後ろにころんと転がった。ふわふわとした黒髪が地面にぶつかって、ごちん、と音を立てる。「いたっ」という小さな声と共に地面から楚晩寧を見上げた大きな瞳は困惑していた。
    「し、師尊?」
    「…………」
     まるで子犬が許しを請うために腹を見せて転がっているような、そんな憐れな姿に楚晩寧はさらにバツの悪さを感じる。ふんと鼻息をひとつ落として踵を返すと、現在目の前で転がっているのが雇用主の甥ということを考慮することもなくさっさとその場を立ち去る。涼もうとしていたのに余計に暑くなってしまった、と楚晩寧は内心で悪態をついた。

     その場に残された墨燃はぽかんとしたまま楚晩寧の背を見送った。白磁の耳の先が真っ赤に染まっていることや、黒い綿サテンの合間から覗いた滑らかな太腿に、急に大きく脈打った胸元をぎゅっと握り締めながら。


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    Replies from the creator

    lily__0218

    DONE楚晩寧お誕生日おめでとうSS②
    踏楚/本編後のふたり
    ※本編311章までのネタバレを含みます。
    ※多分『献花』を先に読んだほうが良いですがこれだけでも読めます。
    【踏楚】花に傾慕 細い糸のような雨がやさしく地面を叩く音で楚晩寧は目を覚ました。頭を預けていた墨燃の肩越しに、彼らが住まう茅舎の室内がぼんやりと浮かび上がる。陽が昇りきっていない時分、薄墨を刷いたような闇からゆっくりと身を起こすように、彼らの生活の痕跡が徐々に輪郭を結んでいく。
     南屏の山間からは濃い霧が立っていた。真っ白に染まっていく窓の外を見ながら、楚晩寧はまるで雲の上にいるようだと思う。山の天気は移ろいやすい。きっとこれから雨が止んで陽が昇り、光が雲霧を切り裂き、この茅舎の中に射しこむのだろう。
     楚晩寧はたくましい腕の拘束から抜け出した。すっと視線を下げると、すやすやと寝息を立てている墨燃の横顔が目に入る。ほんの数刻前に意識が切り替わり、切り替わるやいなや有無を言わせず楚晩寧を床榻に組み敷いた男とは思えないくらい、どこかあどけない寝顔だった。かつてはあんなにも皺が寄っていた眉間も今は穏やかにゆるんでいる。痛む身体に少しだけ腹が立った楚晩寧は、好機と捉えて指先で墨燃の鼻を摘まんだ。くぐもった呻き声が短く上がる。楚晩寧は満足そうに口の端を上げ、床榻から立ち上がった。
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    lily__0218

    DONE楚晩寧お誕生日SS①
    とある八月九日の懐罪大師のお話。
    ※二哈241章までのネタバレを大いに含みます。
    ※燃晩要素はほとんどない懐罪のエンドレス独白です。
    献花 白の衣装は繊維の隙間に夏のにおいを含んでいた。一着を手に取って丁寧に畳み、もともと仕舞われていた場所に戻していく。いくばくかそれを繰り返し自分の左横にあった白い山がなくなると、懐罪は細く長い息をふうと吐き出した。
     顔を上げて周囲に視線を巡らせる。懐罪の手によってすっきりと整えられた水榭内は、薄墨を刷いたような闇にその輪郭を溶かしていた。窓の向こうに見える空は燃えるような赤と濡れたような紫を滲ませ、時おり群鳥の影が横切っていく。もうじき黄昏が夜を連れてくるだろう。
     朝から気も漫ろな一日であった、と緩慢に腰を上げながら懐罪は思う。
     今しがた終えた「楚晩寧の衣装に風を通す」という作業も彼の気を紛らわせる一助とならなかった。空いた時間を水榭内の掃除に没頭することで埋めようとしても、楚晩寧の生活の痕跡を見つけるたびちくりと心臓が痛んで手が止まる。高僧などと呼ばれる自分を馬鹿々々しいと思うほど、毎年この時期になると懐罪の神経は鋭敏になった。忘れたことなど一日もない、かつての罪が記憶の表層に浮かび上がってくるからだろう。
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