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    lily__0218

    ゆげ

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    lily__0218

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    ・現代AU燃晩(1.0墨燃くんと夏司逆)
    ・ほんのりネタバレがあるため本編読了後の閲覧を推奨します
    ・情人节快乐~~!!💌🍫😌💕

    ##燃晩

    【燃晩】蜃気楼はマグカップのむこう 鼻に触れたやわらかな何かに手を引かれるように、夏司逆は繊細な睫毛にふちどられた瞼を開いた。視界に迎え入れた景色は馴染みのないもので、一瞬、彼は自分が今どこにいるのかを思い出せなくなる。
    「小師弟、起きた?」
     ひどく間抜けな顔をして、目をしぱしぱと瞬かせていた夏司逆に気がついたのだろう。聞き慣れた声を辿るように視線を巡らせると、ローテーブルの上で頬杖をついた墨燃がとろりとした蜂蜜のような笑顔を浮かべて彼を見上げていた。深く刻まれた靨を眺め、そうだったと夏司逆は思い出す。ここは羽民の住まう朱雀仙境――桃花源。彼らは年が明けて早々に、この九華山の仙境へと修行のため赴いていたのだ。
    「……うん、起きた」
    「薛蒙も君もすぐ寝るんだもん、暇すぎてニュースなんか見ちゃってたよ」
     普段は見ないのにさあ、墨燃はけらけらと笑いながらテレビのリモコンを操作する。テーブルの上には最新型のゲーム機が二台放られていて、真っ暗になった画面はくるくると色を変えるテレビの光を反射させていた。明日は彼らがここに来てから二度目の休日だ。紙幣代わりに使っている怒梟の羽根はあと数日分の余裕があるし、明日は早起きをする必要もない。だから今日はゲームでもしながら夜更かしをしよう、と三人は墨燃の部屋に集まっていたのだ。
     夏司逆の中身は楚晩寧といえど、その身体は六歳の子供である。ふかふかなソファーの肘掛けに凭れてぼんやりとしているうちに、彼の幼い身体は眠気に抗えずいつの間にか眠ってしまったようだ。反対側の肘掛けには、ブランケットに埋もれた薛蒙の頭がのせられている様子が見える。
     ふと夏司逆が視線を下げると、真っ白な羽毛布団が目に入った。先ほど彼の鼻に触れたやわらかな何かは、普段、墨燃が使っている掛け布団だったらしい。夏司逆はひとり納得して、もう一度その羽毛布団に顔を埋める。大きく息を吸い込むと、墨燃のにおいが肺いっぱいに満ちていくような気がした。心臓を爪の先でひっかかれるような、むずがゆくて落ち着かない気持ちになって、夏司逆はぱっと顔を上げる。
    『――明日の情人節に向けて、デパートの催事場では……』
     夏司逆が顔を上げたのと同時に、賑やかなバラエティ番組にチャンネルが合わせられた。どこかで見たことのある女性タレントが、多くの人で混雑する催事場の映像を背景に、情人節のエピソードをゲストに尋ねている。画面に映った宝飾品や美しい花々が、夏司逆のまるくて澄んだ瞳のなかできらきらと輝く。
    「明日、情人節だって。どんな日か知ってる?」
    「……馬鹿にしてるの?」
     揶揄いを含んだ墨燃の声に促されるように、夏司逆は羽毛布団にくるまったままソファーから下り、墨燃の隣へと腰をおろした。体育座りに居住まいを正していると、幼い彼のちいさな額にはりついた前髪を直すため少年の指先が伸びてくる。拒むことなくそれを受け入れて、夏司逆は薛蒙を起こさないように声を低くして呟いた。
    「百貨店の書き入れ時」
    「……子供のくせに、相変わらず夢がないこと言うよな」
    「じゃあ、大切な人と過ごす日」
     夏司逆がむっとして唇を尖らせると、そんな顔が可愛く思えたのか、墨燃はにやりと笑って人差し指と親指で薄い唇を摘まんだ。その瞬間、彼の指先はぺちんと音を立ててちいさな掌に払い落とされる。痛っという微かな呻き声を無視して、夏司逆は鮮やかに流れていくテレビの画面にふたたび視線を向けた。
     情人節とは、百貨店各社がバレンタイン商戦でしのぎを削る時期のことだ。
     恋愛といったものから縁遠い楚晩寧は、自分と少しも関係がないこのイベントをそのように定義して気にも留めていなかった。それどころか、ただの平日だというのに世間の人々は何をそんなに浮かれているんだと軽蔑さえしていたのだ。
    「なんだよ、ちゃんと知ってるじゃん」
     はたかれた手の甲を摩りながら、墨燃は笑う。その笑顔には少年特有の傲慢さと、湿度の高い愛らしさが共存している。夏司逆は不機嫌にふんと鼻を鳴らすと、少しだけ恨めしそうに墨燃の綺麗な顔を睨みつけた。
     知らないはずがない。夏司逆は内心でそう思う。
     楚晩寧が情人節を「特別な日」と認識を改めたのは、今まさに目の前にいる墨燃がきっかけなのだから。
    「じゃあさ、プレゼントしたかった人はいる? 今年は合宿中で無理だけど」
     ささくれ立ちはじめた夏司逆の心境など、墨燃にわかるはずもない。彼はテーブルに両肘をつき、十本の指を組んでその上に形の良い顎をのせる。しっかりと夏司逆に向けられた一対の瞳は「揶揄ってやろう」という期待に満ちていて、幼い師弟が内心で恋慕う相手がまさか自分であるとは露ほども思っていないようだ。
     夏司逆は当然だと思った。
     同時に、もしこの場にいるのが楚晩寧ならば、自分はどう答えるだろう、とぼんやり考える。
    「……いないよ」
     鼻にかかったような、幼く掠れた声が転がりでた。バラエティ番組の騒がしい音だけが聞こえてくる室内で、それは夏司逆が思うよりもずっと狼狽えたように響く。驚いた夏司逆はわたわたと咳払いをした。取り繕う必要などないのに、今の咳払いも少しわざとらしかったような気がして、彼は墨燃の様子を伺うようにちらりと視線を向ける。
    「本当? 師兄に嘘をついたら怒るからな」
    「いないってば」
     唇の端を上げながらじろじろと夏司逆を眺める墨燃は、何かを察したようには見えなかった。夏司逆はほっと胸を撫でおろし、無遠慮に自分を見つめる墨燃から視線を外す。当の墨燃はひとしきり夏司逆を眺めると、つまらなそうに「ふうん」と言った。愛らしくも憎たらしいその若い声は、夏司逆の内心に如何とも形容しがたい苛立ちを湧きあがらせる。察せられたくないにもかかわらず、私の気も知らないで、などと思ってしまったのだ。そして墨燃の薄く色づいた唇が「なんだ、つまらないなあ」という形を描いた時、夏司逆はついむっとして口を開いた。
    「自分はどうなの」
     ぽろり、と、そんな言葉が零れた。自分の声を自分の耳で拾った瞬間、夏司逆は心から後悔をしはじめる。この情人節に、墨燃が誰にプレゼントを贈りたいかだなんて聞かなくてもわかることではないか。彩蝶鎮でも金成池でも、この少年がいったい誰を思っているのか何度も理解させられたというのに。
     すぐにむっとして言い返してしまうのは自分の悪癖である。夏司逆はそれをよくよく理解していた。しかし音に乗せてしまった言葉はどうやったって元には戻せない。夏司逆は墨燃の返答を聞きたくないとでも言うかのように、しかし不自然な挙動には見られないように、心に閉じ込めたその人のにおいが染みついた羽毛布団にそっと顔を埋める。
     夏司逆は墨燃の顔を見ることができなかった。かつて自分に情人節は特別な日なのだと熱心に説明をしたその顔で、自分以外の誰かを思い浮かべ、微笑む姿を見たくなかったのだ。
    「あー……うん、誰にもあげないよ」
     しばらくの沈黙の後、躊躇いがちで小さな声が響いた。
     夏司逆ははっとして顔を上げる。
    「……え、」
    「それに……今、いないし」
     硝子玉のように透き通った夏司逆の瞳に、墨燃の顔が映りこむ。どこかいとけなさを残した彼の顔は、ここではないどこか遠くを見ているかのように茫然としている。
     彼の言葉は意外にもひどく曖昧だった。誰がいないのか、どこにいないのか。困惑した様子の墨燃は、なにひとつとして明確にしようとはしない。まるで迷子になってしまった子供のように、自分の言葉にすら戸惑っているようだった。内側に隠した棘でずたずたにされていた夏司逆の心臓に、執着に似た期待がほのかに灯る。
     それってどういうこと。
     夏司逆の喉が音を紡ぐ前に、墨燃はさっと立ち上がった。
    「そういうわけで、寂しい夏司逆くんを優しい師兄が慰めてあげよう」
    「……は?」
     あっという間に茫然をその顔の上から消してしまった墨燃は、さっさと簡易キッチンまで移動すると、備品の電子ケトルに水を注ぎ「沸騰」のボタンを押した。文明の利器・電子ケトルはすぐに真っ白な湯気をもくもくと吐き出す。墨燃はこれまた備品のマグカップをひとつ取り出し、スティック状の何かの封を切ってマグカップに入れ、湯を注いでマドラーでくるくるとかき混ぜる。
    「……なにしてるの」
     急な展開についていけていない夏司逆は、墨燃の後を追うようにとたとたと簡易キッチンまで移動した。羽毛布団を身体に巻き付けたまま歩いてくる姿がどうにも滑稽に映ったのか、墨燃は「ぶふ」と声を漏らす。
    「ちょっと待ってろって……はい、できた」
     墨燃の笑い声に夏司逆が気を悪くする前に、簡易キッチンとリビングを仕切るカウンターの上へ、湯気を立てるマグカップがことんと置かれた。
    「……これは?」
    「ココア。飲むかなと思って買っておいたんだ」
    「……ココア」
     日付はもう変わっていて、情人節の当日になっていた。
     夏司逆はぼんやりとしながらマグカップに視線を移した。なめらかなブラウンの液体の上にきめの細かい白い泡が浮いていて、水面からは絶えずやわらかな湯気が立ち上っている。まるで渡り鳥の飛行経路のように真っ白な線を描くそれは、楚晩寧の記憶の扉を優しく叩いた。
     湯気の向こうに見える墨燃の顔が、いつかの彼に重なって見えた。拝師をしてすぐ、彼がまだ楚晩寧に付き纏っていた時分。今よりもずっと幼かった彼は、楚晩寧の授業の準備を手伝いながら息を弾ませてこう言った。
    「師尊師尊、情人節って知ってますか?」
    「百貨店の書き入れ時のことか」
    「……? いえ、大切な人と過ごす日ですよ」
     そっけない楚晩寧の回答に怯むことなく、墨燃はその美しくいとけない顔に笑みを綻ばせる。どこから知識を仕入れたのか、墨燃は楚晩寧の相槌を待たずに「情人節」についてべらべらと解説をはじめた。少ない語彙で一生懸命に説明をしようとする彼を邪険にすることもできず、楚晩寧は授業の準備を続けながら彼の話に耳を傾ける。
     その日は、大切な人にアクセサリーや花をプレゼントするらしいということ。実はチョコレートをプレゼントするのも定番で、師尊は甘いものが好きだからぴったりのイベントだと思ったということ。知識として知っていただけのそれらが、墨燃の言葉を通じて、楚晩寧のなかで「自分とは関係のないイベント」から姿を変えていく。
    「なので、来年は師尊に甘いものをプレゼントします」
    「……どうしてそうなる」
     やわらかな笑みを浮かべた少年は、照れくさそうにきらきらと靨を輝かせた。
     その来年の情人節は、ついぞ訪れることはなかったけれど。

     夏司逆はマグカップを持ち上げると、ふうふうと息を吹きかけてそれをひと口飲み込んだ。喉を通過して胸に落ちていく甘さが、まるで糸のように夏司逆の心臓に絡みつく。苦しいな、夏司逆は心のどこかでそう思う。
    「……甘い」
    「おいしい?」
    「……ん」
     墨燃は満足そうに笑った。きらりと輝く靨を視界に映していられなくなって、夏司逆――楚晩寧はそっと瞼を伏せる。心臓に絡みついたそれが、抜け出せない泥濘のなかで藻掻く自分をさらに締め付けている事実から、目を背けるように。


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    lily__0218

    DONE楚晩寧お誕生日おめでとうSS②
    踏楚/本編後のふたり
    ※本編311章までのネタバレを含みます。
    ※多分『献花』を先に読んだほうが良いですがこれだけでも読めます。
    【踏楚】花に傾慕 細い糸のような雨がやさしく地面を叩く音で楚晩寧は目を覚ました。頭を預けていた墨燃の肩越しに、彼らが住まう茅舎の室内がぼんやりと浮かび上がる。陽が昇りきっていない時分、薄墨を刷いたような闇からゆっくりと身を起こすように、彼らの生活の痕跡が徐々に輪郭を結んでいく。
     南屏の山間からは濃い霧が立っていた。真っ白に染まっていく窓の外を見ながら、楚晩寧はまるで雲の上にいるようだと思う。山の天気は移ろいやすい。きっとこれから雨が止んで陽が昇り、光が雲霧を切り裂き、この茅舎の中に射しこむのだろう。
     楚晩寧はたくましい腕の拘束から抜け出した。すっと視線を下げると、すやすやと寝息を立てている墨燃の横顔が目に入る。ほんの数刻前に意識が切り替わり、切り替わるやいなや有無を言わせず楚晩寧を床榻に組み敷いた男とは思えないくらい、どこかあどけない寝顔だった。かつてはあんなにも皺が寄っていた眉間も今は穏やかにゆるんでいる。痛む身体に少しだけ腹が立った楚晩寧は、好機と捉えて指先で墨燃の鼻を摘まんだ。くぐもった呻き声が短く上がる。楚晩寧は満足そうに口の端を上げ、床榻から立ち上がった。
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    lily__0218

    DONE楚晩寧お誕生日SS①
    とある八月九日の懐罪大師のお話。
    ※二哈241章までのネタバレを大いに含みます。
    ※燃晩要素はほとんどない懐罪のエンドレス独白です。
    献花 白の衣装は繊維の隙間に夏のにおいを含んでいた。一着を手に取って丁寧に畳み、もともと仕舞われていた場所に戻していく。いくばくかそれを繰り返し自分の左横にあった白い山がなくなると、懐罪は細く長い息をふうと吐き出した。
     顔を上げて周囲に視線を巡らせる。懐罪の手によってすっきりと整えられた水榭内は、薄墨を刷いたような闇にその輪郭を溶かしていた。窓の向こうに見える空は燃えるような赤と濡れたような紫を滲ませ、時おり群鳥の影が横切っていく。もうじき黄昏が夜を連れてくるだろう。
     朝から気も漫ろな一日であった、と緩慢に腰を上げながら懐罪は思う。
     今しがた終えた「楚晩寧の衣装に風を通す」という作業も彼の気を紛らわせる一助とならなかった。空いた時間を水榭内の掃除に没頭することで埋めようとしても、楚晩寧の生活の痕跡を見つけるたびちくりと心臓が痛んで手が止まる。高僧などと呼ばれる自分を馬鹿々々しいと思うほど、毎年この時期になると懐罪の神経は鋭敏になった。忘れたことなど一日もない、かつての罪が記憶の表層に浮かび上がってくるからだろう。
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