お疲れ様でした。店内にもう一度声をかけ、バイト先を後にする。ぐるぐると首に巻いたマフラーに顔を半分まで埋め、ポケットに手を突っ込み歩く。
キラキラと輝く街並みで、すれ違う人達はみなどこか楽しそう。腕を組みぴったりと寄り添うカップルは、寒さなんて感じないんだろうな。ちょっと羨ましいとか思ってしまうのは、今日という日に恋人に会えない寂しさからだろうか。
「おまえさァ、大晦日からこっち来る気ねェ?」
それはいつものように、他愛ない話をしていた最中の急すぎる話題転換だった。
「え?」
「いや、そのさァ……オレ面倒くせェから実家帰んのヤメたんだヨ」
「うん」
「だから、なんつーか……おまえが、もし実家帰んなくて大丈夫なら、こっちで一緒に年越しとか――」
「行く!」
「は? ちょ、待て。簡単に決めんな」
「なんだよ、靖友から誘ったんだろ」
「そーだけどォ……マジで大丈夫なのか?」
「大丈夫」
「あー、なら待ってる」
「うん! 靖友、楽しみだな」
この会話をしたのが二週間前。一緒に年越しのワードに、浮かれに浮かれたオレはすっかり忘れていた。
そう、クリスマスイブという、恋人達の最大イベントの存在を。
さすがに今日も靖友の所へ押し掛ける、という暴挙には出られなかった。あと一週間もしたらしばらく一緒にいられるし、ここは我慢するしかないよな。そう考えこの時期特有の浮かれた雰囲気にあてられないよう、バイトまで入れたのに結局は会いたくなっている。
ポケットから取り出したスマホには、なんのメッセージもきていない。靖友は今日がクリスマスイブだって気づいてる? そう尋ねたくなる。自分の誕生日すら気に止めない靖友のことだから、なんとも感じていない可能性の方が高い。別にこちらからメッセージを入れればいいだけの話だとわかっているけれど、軽くあしらわれたら悲しくなってしまう。
ふぅと息を吐き出し、柔らかく光を放つイルミネーションを見つめる。いつも靖友の優しさを独り占めしているくせに……オレって我儘だよな。このままだと気分がどんどん落ちていく、なんとか立て直さないとダメだ。そうだ、あっちに行ったら何するか考えよう。
思考を切り替えようとした瞬間、ポケットの中で握りしめていたスマホが軽快な音を奏でた。取り出し画面を覗くと、そこには荒北靖友の文字。慌てて通話ボタンをタップして、耳元へあてる。
「靖友」
「おう、バイト終わったか?」
すぐそばで聞こえ声に、本物じゃないとわかっていても胸がきゅんとした。
「うん、靖友こそバイト中じゃないの?」
そう連絡を入れることを躊躇してしまった一番の理由がこれだ。靖友が今日バイトだということは、昨日のメッセージのやり取りで知っていた。
「いま休憩」
「え、なんか急用でもあった?」
靖友が休憩中にわざわざメッセージじゃなく電話してくるなんて、よほどの理由じゃなきゃたいはずだ。もしかして、年末はやっぱり実家に帰るとか言わないよな。
「用がなきゃ電話しちゃダメなのかヨ」
「……ダメじゃないけど、バイト中にかけてきたことないだろ?」
「それは、あれだよ!」
「あれ?」
「……っ、今日!」
「ん?」
「一緒にいてやれなくてわりィ」
ボソボソと語尾を小さくしながら呟いた靖友の声は、それでもちゃんとオレの耳に届いた。
「靖友、イブだって気づいてたんだ」
「おまっ、バカにしてんじゃねェ!」
「バカになんてしてないよ。……まって、靖友。ヤバいめちゃくちゃ嬉しいかも」
スマホを持っていない方の手で、額をおさえても口許はどんどんニヤけていく。
「ほんとは今日からずっと一緒にいれりゃいーんだろけどォ。現実はムリだかんな」
もう靖友はスゴい! あんなに寂しくてしかたなかったのに、いまはこんなに心は満たされている。
「靖友、ありがとう! 最高のクリスマスプレゼントだぜ」
「ア? ……なんもしてねェだろ」
「電話、くれただろ。オレからのプレゼントは一週間後に持ってくから」
「べつに、いらねェ」
「なんで? もらってくんねぇの?」
「……おまえでいーんだつーの! わかれヨ」
柔らかく囁くように聞こえた声に、またひとつ心臓が跳ねた。
「ふふっ、じゃあ最高のプレゼントお届けするぜ」
「おう、まってる」
電話越しに二人で笑い合い、またなと言って通話を終わらせる。こんなクリスマスだって幸せだと思えるのは、靖友とだからだよな。