「さ、む、い~! やすとも~、寒い」
厚手のコートにマフラー、ニット帽もかぶってセーターの中には温かインナー二枚重ねだ。これでも寒いのだから、もう嫌になってくる。
「おまえ、そんなモコモコでも寒ィのかヨ」
「だって、じっとしてると寒くなってくるだろ」
オレたちはいま除夜の鐘が鳴り響く中、二年参りの行列に並んでいた。年明け前のこの列は増える一方で、減ることはないし列も進まない。だから余計に寒いのだと膨れながら文句を言うと、靖友の顔はさらに呆れたものへと変わっていく。
「だから明日にしろっつったろが」
「だって……」
咎めるような台詞に、反論出来ず言葉に詰まる。そう靖友は寒がりのオレを心配して、昼間に来た方がいいと言ってくれていた。なのにどうしても二年参りしたいと、オレが駄々をこねた。なぜなら靖友と付き合ってから、ずっとそばで新年を迎えたかったんだ。お互いの実家さえ近ければ、二年参りくらいは出来たのにと何度考えたことか。そのチャンスがようやく訪れたんだと思ったら何がなんでも、お参りに来たかったんだ。
「ったく、しゃーねェな」
靖友のため息が白く色を変えていて、そりゃ寒いよなと余計にげんなりした。ぼーっとそれを見ていたオレの右手を靖友はそっと掴む。スルリと手袋を外され、繋がれた手は靖友のポケットの中へ入っていく。
「列が動くまでこれで我慢しろ」
突然の行動にビックリして顔を上げ、靖友を見つめた。互いの肩は触れ合い、繋いだ手から靖友の温もりが伝わってくる。
「……靖友、人、いっぱいいるぜ」
「こんだけぎゅうぎゅうに詰まってんだ。誰も気づかねーヨ」
悪戯っぽく笑った靖友が指を絡め、恋人繋ぎで手を握ってきた。それに肩を揺らすと、靖友はさらに笑みを深める。
「靖友って変なとこで大胆だよな」
ボソリと呟いたオレの頭を靖友の空いた方の手がぐしゃりと撫でた。
「オレは家でのんびりしたかったの。付き合ってやっただけありがたく思え。プレゼントだってまだもらってねェってのに」
「プレゼント?」
「一週間後に届けてくれる予定だったろ」
「あー、クリスマスプレゼント。……さっきやったよな?」
あげたばかりのセーターを思い浮かべ、首を傾げる。ちなみに靖友は部屋着用にってもこもこしたパーカーをくれた。
「バーカ、まだ欲しかったもんもらってねェよ」
靖友の指先に手の甲をつうっと撫でられ、体がピクリと反応してしまう。
「のんびりって……ただシたかっただけかよ」
余裕たっぷりの靖友にやられっぱなしの気分になり、小さな声で反撃する。ジトリと視線を送っても靖友は怯んだ様子もなく、ニヤリと口角を上げるだけだ。
「それな、オレは姫おさめと姫はじめで新年迎えたかったってことォ」
低い声で耳元に囁かれた言葉は、脳内で溶け甘い毒みたいに広がる。一瞬で体が熱くなり、顔にも集まっていくのがわかった。
「ちょ、……もう、靖友やめろよ!」
耳を手でおさえ睨みつけても、靖友はケラケラと笑うだけ。結局オレは靖友勝てやしないんだ。
「耳まで真っ赤、少しはあったかくなったんじゃねェ」
「う~、靖友いじわるだな」
こんなことで拗ねる自分もどうかと思うけど、でもこれは靖友が悪い。ぶすっとしたまま下を向いていると、頭にふわりと手が乗ってそっと顔を覗かれる。
「今年はおまえの言うこと聞いてやったんだから、来年はオレの言うこと聞けヨ」
「え?」
「なに、ヤなの?」
眉を寄せ面白くなさそうな顔をした靖友は、気づいているのだろか。それはつまり、来年も一緒に過ごすということなのに。
「……靖友、ほんとそういうとこ」
「ア?」
靖友はオレの吐き出した言葉の意味など、全くわかっていないのだろう。怪訝そうに見つめてくる瞳に、自然と口許は緩んでいく。
「いいよ。来年は靖友の好きにして」
今度はこちらから唇を靖友の耳へ寄せ、意味深に囁いてやる。途端にばっと靖友は体を離し、じっとオレを見つめてきた。
「言ったな。覚悟しとけヨ」
やっと反撃は効いたのか、靖友の頬はほんのり染まっている。でもすぐに笑った靖友の顔はカッコよくて、オレの心臓はギュンと掴まれてしまう。今年最後にまた惚れ直してしまったなと、握られていた手に力を込めていた。