群青の空の花ミンミンと煩い虫が大合唱の中、はしゃいだ少女が石段を駆け上がった。
「おねーちゃーん!はやくはやく!」
頭を抱えたくなるほどうだる暑さの中、フレッシュ1000%と言わんばかりの妹が外に跳ねた短い髪の毛をぴこぴこゆらしながら白い階段を駆け上がっていく。
今日はコスタでお祭りがある。
ジェレミーとそろって目を輝かせたケイにいこうよ!!と迫られてはNOとは言えないのが姉の性で、溜息をついたのがつい4時間ほど前。
アスレチックや料理を作って納品したり釣りをしたりと暑さと世話しなさと人の多さに睥睨して限界を訴えかける頃、プライベートビーチがあれば、と言い出した年長者に救われたのは言うまでもない。
人の多いコスタを後にし、ミストヴィレッジに飛んできてみればそろそろ花火が上がる頃だと教えてもらった妹が、どうせなら見晴らしのいいところで、と言い出したのが運の尽きだった。
4時間前に、どうせお祭りならみんなで行きましょうか、といった自分が憎い。
背中に約一名の恨めしい視線をひしひしと感じながら、長い階段を上る。
「おねーちゃーん!はやくはやく!」
「若…いやわっか…」
「オメーもそう変わンねェだろォ?」
「私の体力は慎ましいのよ」
「普段弓矢ぶっ放してる奴がなァに言って、 っうお!っぶねぇ!」
「あら手が滑ってエールの瓶をぶつけるとこだったわ~~~ …はぁ。あと何段あんのよ。」
「コエー嬢ちゃんだぜ…ったく…」
夕方の割に照り返しの酷い白い階段が憎らしい。
手元でシャリシャリと音を立てて揺れるエール瓶が入った袋が重くて、はぁ、とため息をついた。
「おねーちゃん!こっちこっち!ここここ!」
「はいはいわかってるわよ。この歳になると後3段が異様に遠い…」
悪態をつきかけたとこで、背中でドン、と大きな音が鳴った。
「花火!」
大きく見開いたケイの目に七色の光が輝いて、つい見とれてしまう。
「おねーちゃん!ほら!」
そういって、ケイの指さした先で、また、ヒュ~と音を立てて上がった煙が、パっと咲き、ドォンと胸が鼓動する。
花火なんて見たのはいつぶりだろうか。
まだ幼いころ、故郷で両親に手を引かれてみたお祭りの風景が脳裏によぎる。
暗くなりかけの空に、色とりどりの花火が咲いては散って行く様子はどことなく感傷的になる。
「綺麗ね…」
そう、本当に心の底から呟いた。のだが、
「おいモモ、エール!」
「え?」
「え?じゃねェよ、エール。それ!寄越せって早く。」
「あ…あぁ…」
人の感動など知ったことではない家人たちがそれぞれに騒ぎ始める。
「腹減ったなァ~フリオ」
「ご飯、準備してきてますよおじさん」
「おかーしゃんのごはん!おしゃけー!」
「おいしそうだなぁ。肉肉肉!」
「俺甘いものがいい」
「ナギは肉もたべたほうがいいぞ、ほら。あーん」
「ば、ばか!外だってば!」
「おいソンソ。ここで寝るな。 …はぁ、帰りたい…」
「すぅ…すぅ…すぅ…」
いつの間にかちゃっかり料理まで広げて酒盛り始めた様子に頭が痛くなる。
花より団子、とは誰が言った言葉だったか。
今度こそ深々と溜息をつくと、しびれを切らしたケイからの何度目かわからない「おねーちゃんってばー!」の呼び声がする。
「あー、はいはいはい!ったくもう!やってらんないわよ!」