Coffee ShopーAM 09:45
ひきたての豆の薫りが包むカウンター席。
湯気の上がるカップを並べて、小声でぽつりぽつりと溢れる会話が店のどこよりも穏やかで、時折漏れる一人の、或いは二人のくすくす、といった笑い声は店のバリスタすらも寄せ付けない雰囲気である。
「そろそろ行くか、フリオ」
「はい、ヤシマさん」
ご馳走様でした、と丁寧に声をかけ、カップがお辞儀とともに下げられていく。
二人分の重みで開いた扉は、少しひんやりとした秋の風を店内へと招いて静かに閉じた。
ーAM 11:15
テラス席に座って、ぼう…と街頭へ意識を飛ばす。
丁寧にまかれたスリーブには、先程とろりと笑顔を向けた黒エプロンのバリスタが書いたメッセージが書かれている。まあるい字で書かれたそれを指でかしかしと突きながらハンは街並みをもう一度眺めた。
少し肌寒い風が頬を撫でるこの季節が、実は好きだった。温かいコーヒーを飲むのに丁度いい。
黄色く色づき始めた葉が落ちた道を、いつもよりゆったりと歩く人を眺めるのがすきなのだ。
「ハンくん!お待たせっ」
沈みかけた意識を引っ張り上げる恋人に、ふっと頬が綻ぶ。す、と席を立って、買ってあった自分のものとは違うもう一つを掴んで立ち上がる。
「公園に行こう」
「いいよっ あ、俺のも買ってくれたの?」
「甘いやつな。 熱いぞ」
笑いながら手渡して、指先は絡まっていく。
街並みの一つに溶けるこの瞬間も、好きだとハンは笑った。
ーPM 19:53
ショッピングモールを抜けた三つの靴が、店内を覗いてたたらを踏んだ。飲もうよ、と誘った明るい声が、小さな手を引いてさっさと中へ入っていく。
「えーと、カフェミスト一つ。 何にする?ソンソちゃん!」
「……………」
「ココアにしておけ。俺は…、すみません。アメリカン一つ」
かしこまりました、と明るい声に背を押されさっさと席へ着いて腰を落ち着ける。沢山歩いた連れ合いは少し眠そうに目を擦っていた。ココアを勧めたのは間違いだったかもしれない。
寝るなよ、と低い声に頷く頭。それを別の手が撫でながら寝たらおんぶしてあげるね、と笑う。
夜がふける前に帰路につくのが正解だといったヒューゴは、それでも立ち上がらずにコーヒーにほっと息をついた。