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    sndnmsyr

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    犬も食わない(ノトルキ)
    2年くらい前にちょっと書いてそのままになってるやつ。
    どんちゃかしてモトサヤする予定でした。

    「未練? ある訳がないだろう」
     ルキノは私の質問に何でもないことのように返すと、ティーカップのハンドルを器用に摘んだ。
     彼がこの荘園に来て間もない頃、「爬虫類も紅茶を飲むんですね」とどうでも良い会話をしたのが今は懐かしい。それからしばらくしてあの偏屈な磁石男と懇ろになったと聞いた時は驚いたものだが、終わってみれば随分とあっさりしているようである。
    「はあ、随分あっさりしてるんですね。じゃあどうして付き合ったんで?」
     人伝にこの話を耳にした時にはもう少し悲嘆に暮れているものと思ったが、流石色恋沙汰には慣れているということなのだろうか。
     私の質問にルキノの面倒臭そうな視線が刺さる。動脈から溢れ出た鮮血のような赤く大きな瞳が細められる。
    「リッパー」
     牽制がしたいのだろう。少々威圧的な声色でルキノの口から紡がれた私の名前が耳を撫でた。暗に「触れてくれるな」と言いたいのだろうが、それは余計に私の好奇心を刺激するだけだった。
     とは言え私にとっては彼らの関係なんてものは長く見積もっても数日の内には消費されてしまうゴシップにしか成り得ない。しかしながら生憎と毎日繰り返される代わり映えのしないゲームに何か刺激が欲しいと思っていたのも事実だった。だから少し藪を突くくらいは許して欲しい。どうせ大したものは出ないのだから。
     一言も発しない私に引く気がないと感じたのだろう。ルキノが私から視線を逸らす。そしてどこか遠くを見て紅茶を一口飲み込むと、ようやく口を開いた。
    「彼は優しかった」
     生娘のようなことを仰る。
     私は過去を懐かしむようなルキノの声を聞きながら件の磁石男の、私に対するゲーム中の蛮行の数々を思い出していた。それは優しさとは対極にあるもののように思われたが、最低限恋人に対する甲斐性くらいは持ち合わせていたのだろう。私は無理矢理そう結論付けることにした。
    「そして彼は紳士だった。……少なくとも、私に対しては」
     生娘のようなことを仰る。
     そして全くもって意味が分からない。私はルキノが続けた言葉に、思わず手からティーカップを放り出して笑い転げそうになるのをなんとか堪えた。
     紳士? 誰が?
     何度その言葉を反芻しても私には意味が分からず、ルキノの言葉に同意もしかねて首を捻った。だがルキノもルキノで私の反応なんてものは最早どうでも良いもののようであった。
    「私が重い物を運んでいるとそれを手伝ってくれた」
     なぜならその目は、もう私を映していなかった。
    「あの雪の降るマップでゲームがあった際には、必ず私の身体を気遣ってくれた」
     詳細は分からないが、そして興味もないが、あの磁石男は相当に猫を被っていたのではないだろうか。それにまんまと騙されているこの男も男だが。
     ティーカップの中で紅茶が波を打って揺れる。私は放り出しそうになったそれをソーサーの上に戻すと体勢を整えてからルキノを見た。
    「失礼ながら教授、貴方恋愛経験は?」
     ずいぶんと馬鹿馬鹿しい質問だ。私はこのトカゲ男に何を聞いているのだろう。ふと冷静になってしまいそうな気持ちを押し留めて質問への回答を待った。
    「"元"教授だ。あるに決まっているだろう」
     私はその回答を聞いて胸を撫で下ろした。しかしそうであるならば、尚更あの偏屈な磁石男と交際に至る理由が全く理解出来なかった。この研究者はそれもこれも実験の一環だったとでも言い出すのだろうか。
    「彼女は美しかった。透き通るような肌に大きな瞳」
     私が口を挟む暇もなくルキノは言葉を続ける。
     思えば今日のルキノは随分と饒舌だ。普段は私の話に適当に頷いて否定も肯定もせずにいることの多い彼だが、やはり失恋直後だからだろうか。これでも多少は感傷的になっているのかもしれない。
     藪を突いた自覚があるものだから、私は今日ばかりは大人しく聞き手に回ることにする。そしてもう一度ティーカップのハンドルに指を掛けると、紅茶を啜りながらあまり興味を唆らない話に適当に頷いてみせた。
    「細身だが良く食べる娘でな。そう、彼のように」
    「それはそれは」
    「でも旅立ってしまった。遠いところへ。私を残して」
     情感たっぷりに言ってルキノは瞼を閉ざした。今頃その帆布に亡き恋人の姿を思い浮かべているのだろう。宛らその様子は演劇の主演男優のようであった。もっとも全身を鱗のような皮膚に覆い尽くされたその姿は、どちらかと言えばヒロインに襲い掛かる怪物そのものだったが。
     気付けば私のティーカップは空になっていた。私はそれをもう一度ソーサーの上に戻すと帽子を深く被り直して時計を見る。さて、そろそろゲームの支度に取り掛からなければ。
    「失敬。余計なことを聞きました」
    「なに、この身体になるよりもずいぶん昔の話だ。出来ることなら君にも会わせてやりたかった。彼女が私の用意したコオロギを美味しそうに食べている時間が、私にとって一番の幸せだった」
    「それは実験動物の話では?」
     私は思わず席を立った。ルキノが目を丸くして私を見る。
     何だその目は。おかしいのは私の方だとでも言いたいのか。
     しかし私は咳払いをすると大人しく席に着いた。なぜなら私は紳士だからである。少なくとも、あの磁石男よりは。
     私は大きく瞬きをしているルキノに向き直る。
     ああ、ティーカップが空で本当に良かった。
    「あの、そうではなくて人間の……そう、女性経験ですよ! いや、もうこの際男性でも構いません。貴方の愛したトカゲちゃんは確かに素晴らしいかもしれないが、そうではなく、私は今、そういう話をしているんです」
    「ないが?」
     ないが?
     私はルキノの言葉を唇でなぞると全身の力が抜ける思いがした。このトカゲ男、正真正銘の生娘であった。
    「……彼は」
    「はい?」
     まだ何か言いたいことがあるのか。
    「最後まで、何を考えているのか私には分からなかったよ。私を愛してはいたらしいが……そうだな、試すようなことをしてしまって申し訳なかったと思っている。もしかしたら私は、彼が血相を変えて関係の修復を請う姿を、もしくは彼が感情的になって取り乱す様を見てみたかったのかもしれないな」
    「はあ……。で、別れ際に彼はなんと?」
     私の言葉に、ルキノは深く息を吐いて目を伏せる。
    「涼しい顔で『分かりました』とだけ」
     そしてこのトカゲ男、未練たらたらであった。
     そういった恋愛は是非プライマリースクールの間に卒業して欲しかった。私はそんなことを思いながら不思議な疲労感を乗せて席を立つ。
     ゲームに向かう足は、珍しく重かった。

     ゲームは順調過ぎると言わざるを得ない程に順調だった。暗号機は残り三台。サバイバーは残り二人。そして目の前には、もう一度チェアに座れば脱落が約束されている件の偏屈磁石男くん。
     焦りが出たのか、彼が振り向き様に放り投げた磁石は私が避けるまでもなく明後日の方向へ飛んで行く。
     磁石男くんの舌を打つ音が私の耳に届く。全くこれのどこが紳士なものか。私は仮面の奥で眉を顰めながらもそんな彼のゲーム中の振る舞いが平時に比べて悪いように思えてならなかった。
     私は彼が走り抜けた後に立ち昇る土埃を霧で去なしながら板間に駆け込むその背中を追った。その時、遠くで暗号機の解読を終えた音が響く。残りは二台。私の目の前では、最早駆け引きを楽しむゆとりすらないのか、先に倒された板の奥で彼が磁石を振り上げていた。
     その顔はずいぶんと酷い顔だった。深く被った帽子の下に覗く黒く澱んだ目。そしてその更に下に浮き出た隈。それは数歩離れている私の目にもはっきりと見えた。
     ははあ。なるほど。なるほど。やはり彼は相当猫を被っていたようである。私はそう確信した。
    「そういえば彼、可愛いところもあるんですね」
     磁石を振り上げた手が止まり、私に鋭い視線が刺さる。
    「何の話ですか」
    「ルキノですよ」
     私の言葉にその瞳があからさまに揺れる。私は声を上げて笑ってしまいそうになるのを堪えると、左手を振り上げた。
     真っ直ぐに放たれた霧の刃はそのまま目の前の彼を切り裂いた。避ける気がなかったのか、はたまたそこまでの判断が付かぬ程に疲労し切っていたのか。
     あまりにもお粗末な結果に驚いたのは私の方だった。泥だらけになって転がる小汚いその身体に歩み寄る。板を踏み割ってその顔を覗き込む。私は先程見ていたはずのその顔が近くで見るとより一層酷かったので、結局声を上げて笑ってしまった。
    「あの人に何かしたのか」
     磁石男くんが私を睨む。
     酷い顔だ。とても紳士のする顔ではない。
    「さあてね。御本人に直接聞いてみたらどうです?」
     私はその顔に笑ってやると、軽々とその身体を吊し上げた。私を睨むその目が唱える呪詛を心地好く全身に受けながら。
     そうさ。直接聞けば良い。聞けるものなら。
     私は鼻歌を奏でながら大した抵抗もしないそれを椅子に縛り付けた。そうすれば、彼は瞬く間に荘園へと送り返される。
     恋は目で見ず心で見るとはよく言ったものである。だからこんなくだらない茶番に興じているのだろう。ルキノも、そして件の彼も。
    「……残る一人は占い師ですか。苦労しますねえ。こんなくだらない理由で戦績の振るわないお仲間を持つと言うのも」
     私は敢えて声に出すとゆっくりと歩き出した。さて、ハッチに飛び込む前に捕まえられるといいが。
     ああくだらない。どいつもこいつも。愛だの恋だのと。そんなものは犬にでも食わせておけば良いのだ。
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