起床と共に視界に入った自分の身体に沸き立った感情は筆舌に尽くし難く、私にはこれが喜びとはいえなかったし、かといって落胆だなんて簡単な言葉で片付けられる代物でもなかった。
　駆け込んだレストルームの古びた鏡には、一人の男が映っている。少々面長で赤毛の男だ。その額には、人体が本来持ち得ないだろう緑色の鱗がこびり付いている。その鱗は額のみならず、鏡に映る範囲だけでも首から鎖骨、肩を覆うように点々と皮膚に根付いているようであった。
　鏡の中の男は、私が自らの頬に手を伸ばすと同じように手を伸ばした。
　その姿は、昨晩まで私が見ていた大きなトカゲ男ではなく、それ以前の私自身であった。

　――原因不明の不具合。復旧時期は未定。
　淡々と告げられて放り出された私は、少なくともこの姿でいる間はハンターとしてお役御免であるらしい。部屋に戻ってみると、一昨日受け取ったゲームの予定表からすっかり自分の名前が消えていたが、このおかしな空間ではその程度のことで驚くこともしなかった。
　気もそぞろだった。いつもより長い廊下を歩くうちに何者かに声を掛けられたような気がするが、何も覚えていない。それでも部屋に戻ってすっかり遅くなった朝のカッフェを飲む頃には、私もいくらか落ち着きを取り戻したらしかった。
　この事象の解決を「復旧」というならば、この姿は既に本来の私ではないのだろうか。そんなことを考えながら窓辺から差し込む日の光に透かした手にも鱗が点々と散りばめられ、煌めいていた。
　私は久し振りにソファーの背もたれにゆったりと背中を預けて天井を仰いだ。今はただ、この脊椎を伝って伸びていたと思われる太く長い尾が恋しい。こんなことになるくらいなら再生尾が発生しない可能性を憂慮したりなどせず、一度この身にも自切という事象が起こり得るか試してみるべきだった。
「ああ……」
　ガラス越しの朝日を浴びながら悲嘆に暮れ、ふと頭に浮かんだのは、このおかしな空間で大きなトカゲ男に思いを寄せた男の姿であり、つまるところ現在の私の恋人に当たる男の姿である。名をノートン・キャンベルという。黒い癖っ毛の真ん中にある旋毛が愛らしく、よく私の足元をくるくると駆けて回る仔犬のような男だ。
　結論から述べるならば、この不具合の解消までキャンベルには会いたくなかった。
　私は思う。彼が今の私の姿を見たらどう思うのだろう。
　産まれてこの方、こと第二次性徴の発現という難しい時期においても自らの容姿に劣等感を抱くようなことはなかったように思う。そしてそれは昨晩までも変わらなかった。
　一方で私は自身が世間から見れば少々変わり者であることも理解していたので、昨晩までの私の姿が輓近の世間一般にすぐさま受け入れられる可能性があまり高くないだろうということも理解していた。だからキャンベルと交際するに当たっては――整然と並ぶ美しい鱗、触れると硬くざらついていながらも内部の柔らかさを感じる肌、強膜の目立たない色鮮やかな瞳――その全てが私にとってどれだけ魅力的に映ろうとも、本当に私で構わないのかと再三確認をしたつもりだった。
　しかし当初は心配の種だったそれも、いざ失われてみると何とも心許ない気分になるのだから不思議である。もしもキャンベルが"魔トカゲ"にしか興奮できない嗜好をしていたらどうしよう。その場合、彼とは友人にはなれそうだが、交際の継続は絶望的と思われた。
「ルキノ。いるんでしょう？」
　そこで私の長い思索を遮ったのは、部屋の外から響くリッパーの声だ。
　私は声と共に外から何度も部屋のドアを叩かれると、臆することなくそれを開けてみせた。
「何だね」
　いつもの調子で視線を上げたが足りず、私はほとんど真上に顔を向ける。
　白くつるりとした仮面から覗く瞳が、私を捉えるとわずかに見開かれたような気がした。
「はあ……まあまあまあ！　ずいぶんと面白いことになってるじゃありませんか！」
　私を見るリッパーは、新種のトカゲでも見つけたかのようだった。

「ルキノが人間になっちゃった！」
　私に向けられたロビーの顔は、麻袋に覆われているというよりもむしろ麻袋そのものであるが、それでも熱心に私を観察しているように思われた。
「そうだな。朝起きたらこの通りだよ」
　今、談話室には紅茶の香りが漂っている。リッパーに部屋から連れ出され、道すがら何人かの同僚にもこの姿を見られたわけだが、皆「新しいサバイバーが増えたのかと思った」と口を揃えるばかりで、興味深そうに私を眺めはしたもののそれ以外のことは何もなかった。
　興奮した様子のロビーが小さな足を揺らし、腰掛けているソファーの側面を叩く。私はいつものようにその隣に腰を掛けた。今日ばかりは、ソファーが窮屈に感じることはなかった。
「さあ本場の英国紳士が淹れた紅茶ですよ。まずはこの私に感謝しながら香りを楽しんでくださいね」
　支度を終えたらしいリッパーが恩着せがましいことを言いながら私の分とロビーの分、それから自分の分のティーカップをテーブルに並べると、それらに紅茶を注いでいく。
「それからルキノは今日の夕方、私と一緒に協力狩りに行きましょうね。まず手始めにサバイバーのフリをしてあちらの陣営に紛れ込んで、解読恐怖を取ってくださいな」
　そんなことをすればサバイバーたちはさぞかし混乱することになるだろう。それを分かっていながら、リッパーは愉快で仕方がないとばかりに笑う。それにしてもサバイバーとほとんど体格の変わらない今の私を連れ回したところで勝ちは望めないと思うわけだが、そういう話ではないのだろう。
「えー！　ずるい！　僕と行こうよルキノ！」
「ロビーくんには申し訳ありませんが、私が先に約束してしまいました」
　ロビーが悔しそうに足をばたつかせる。その姿は元より、対するリッパーの態度も子供である。
「生憎だが、今の私にハンターの資格はないらしいぞ」
　そこで私がそう言うと、「ええ」と二人の残念そうな声が重なる。
　私は改めてティーカップの紅茶に映る自分の顔を見た。
「じゃあ今日はあの生焼け磁石坊やとお楽しみですか」
　ああやだやだ、と煙たそうに手を振りながらリッパーが向かいの席に腰を掛ける。私は少しだけ居心地悪く思いながらロビーの様子を窺ったが、ロビーはもう話に飽きてしまったらしくティーカップの側面で熱心に小さな両手を温めているようだった。
　頭の中にふと、キャンベルの姿が思い浮かぶ。
　記憶の中のキャンベルは、まだ魔トカゲであった私を見上げながら深い夜色の瞳を煌めかせている。
「……彼には、しばらく会いたくない」
　琥珀色の小さな湖に映る私は眉を下げていた。
「おや。喧嘩でもしてましたっけ？」
「そんなことはないが」
　私は顔を上げる。リッパーは表情こそ変わらないものの理解できないといった様子に見えた。
「じゃあ尚更、ほとんど毎日忙しなくあなたの部屋に通い詰めてるあの男が大人しくしているとは思えませんが」
「しかし彼が愛したのは魔トカゲの私だ。この姿のまま彼に会って、そそられないとでも振られてみろ。私は彼にも、魔トカゲの私にも嫉妬して気が狂いかねん」
　それくらいあの姿は素晴らしいのだ。つい言葉に熱が籠ってしまったが、リッパーの態度は冷ややかだ。
　はあ、と納得したのか去なしているのか分からない相槌をしながら、リッパーはゆっくりと紅茶を啜る。
　するとそれまでティーカップを揺らしていたロビーが急に私を見た。
「ルキノは、あいつのことが嫌いになったの？」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。……ええと、たとえば……そう、毎日君がお祈りしていた神様が、本当は絵画に描かれたような美しい姿をしていなかったらどうする？」
　キャンベルが私の一挙手一投足に一喜一憂する姿は、観察するに暇がないほどであった。それを私自身微笑ましいと思っていたのは事実だが、ある種の信仰とも思える彼の愛が向けられていたのは一体何だったのか。
　ロビーは少しの間の後に、ううんと唸って頭を揺らした。
　私はその姿を見て、子供相手に何を言っているのだと反省する。
「えっと、僕には難しいことは分からないけど、いつも孤児院でお祈りしてた神様は僕とお姉ちゃんを助けてくれなかったけど、でも、ルキノは僕に、僕の知らないことをたくさん教えてくれるよ！」
　それに今はお祈りしなくてもお腹も空かないしね。そう明るく続けたロビーがまた足を揺らす。
「そうですよ！　もしルキノが振られたら、その時はみんなでパーティをしましょう！　ねっ」
　そしてリッパーに限っていえば、他人事だと思って言いたい放題だ。
「パーティ！」
　ソファーの上でロビーが跳ねる。
　私の小さな溜め息は、二人の声に掻き消された。

　茶会の後、二人はそれぞれハンターとしてゲームに駆り出された。一方、私は書斎から本を持ち出し、部屋に籠っただけだった。
　こんなに一日を長く感じたのはいつ振りだろう。教授として研究に勤しんでいた頃は一分一秒が惜しかった。そしてここへ辿り着いてからは、そこにゲームへの参加義務が加わった。少なくとも今のように暇を持て余す感覚を味わうことは久しくないことだった。
　気付けば日も暮れている。部屋のドアの叩かれる音に、私はそれまで読んでいた本を閉じた。
「ルキノさん」
　それはもう何度となく繰り返した音だろうに、彼の第一声はいつも少しだけ上擦っている。
「……キャンベルか」
　そしてそれは今、私にとって最大の悩みの種にして心の安らぎであった。
　私はドアの前に立った。しかし、いつものようにそれを開くことをしなかった。
「あの、大丈夫ですか？　不具合があったって……」
　一瞬緊張が走ったが、その口振りから察するにキャンベルは私の身に起きている具体的な事象までは知らないようだった。
　私は手の指を曲げたり伸ばしたりしながら深く息を吸った。
「ああ、そうなんだ。だから今はあまり体調が思わしくなくてね。せっかく来てもらったところすまないが、今日はもう休ませてもらうよ」
　握った拳は冷えている。キャンベルは少しの間の後に「分かりました」とだけ言った。
　私はふと雨の後の濁った川の泥臭さを思い出した。そしてそんな罪悪感に身を浸しながら、久々に一人で夜を明かした。

　だが次の日も、その次の日も、私の身体は人間のそれであった。
　私は部屋のドアの叩かれる音に、それまで読んでいた本を閉じた。気付けば日はすっかり沈んでいた。
「ルキノさん」
　キャンベルだ。
　私はドアの前に立った。
「体調は、どうですか」
　その声は、やはり少し上擦っている。しかしそれは、今日ばかりはいつものような甘さの感じられるものではなかった。
「すまない。どうにも長引きそうだ」
　この二日の間に手元の資材を掻き集めて、私は私が"魔トカゲ"となった過程を再現しようとした。しかし先の可能性は得られず、美しい緑色のそれは私と一つになることを拒んでいるようだった。残されたのは、久しく感じていなかった身体中にまとわりつくような痛みと皮膚の乾燥、そして少しの頭痛である。
「あの、スープを作ってきたんです。今夜は冷えるから、温かくなるものをと思って。……つ、作り方はちゃんと料理が得意な人に聞きました！　味も確認したから大丈夫だと思います！」
　言外に追い返そうとしたが、返ってきたのは希う言葉だ。
「これを受け取ってもらえたら、今日は帰ります。あの、ドアを開けてもらえませんか？」
　私はそんな彼の言葉を聞きながらドアの向こうで眉を下げる仔犬の姿を想像した。それは黒く小さな、癖毛の、愛らしい犬だ。
「ルキノさん……ダメですか？」
　それが鼻を啜るようにくうくうと鳴く音が聞こえるようだった。するとどうしてか、私の手はわずかにドアを開く。
　キャンベルの持ってきたスープのものだろう匂いがした。
　そしてほとんど同時に、外からドアを開こうとする強い力が働く。
「き、キャンベル！　待て！」
　私は咄嗟にドアを閉めようとした。するとガツンという鈍い音が響いて、ドアノブを介して硬いものの感触があった。
　視線を下げれば、そこに見えるのは今まさに閉じようとしたドアの隙間に挟み込まれた履き古された靴。
　それを見るや視線を上げれば、その先には一人の男が見える。
　男は私よりもいくらか上背があり、細身で、こちらを焦燥感に満ちた目で眼光鋭く睨んでいた。
　その姿は、まるで冬を前に餌を得られず痩せた熊のようである。とてもじゃないが仔犬とは言い難い。
「キャンベル、なのか……？」
　私は、自分自身が置かれた状況を忘れてそう言った。
「その声……もしかして、ルキノさん？」
　男が――キャンベルが、目を瞬く。
　私は言い逃れはできまいとドアを開けた。
　そこにいたキャンベルは、スープの器とパンの乗ったトレイを片手に携えていた。そして呆然とした顔で少しの時間を掛けて私をじっと見つめると、それからようやく部屋に足を踏み入れた。
「あの、ルキノさん……ですよね？」
「そうだな」
「くそッ、騙された！」
　キャンベルが今まで聞いたこともないような声で苦々しげに言うのを聞きながら、私はソファーに腰を下ろした。
　するとキャンベルもその手に持っていたトレイを私の目の前のテーブルに下ろして隣に腰を下ろす。いつもならば肩が触れ合うほどの距離に並ぼうとする彼が、今日はちょうど人一人分の間を空けて。
　さて、一体何から説明をしたものか。それより先にここ数日彼の誘いを無碍にしてしまったことへ謝罪をした方が賢明だろうか。
「……キャンベル」
「違う！　違うんです！　リッパーが、ルキノさんが新しい男を囲い始めたなんて言うから！」
　どうやら私たちは暇を持て余した紳士の玩具にされたらしい。私はすぐにそれを理解した。そして思わず小さく息を吐くとキャンベルの肩が不安そうに揺れたので、私はその手を取ってみた。
　冷えていたその手は、私が触れているとたちどころに体温を取り戻す。
　続けて私はキャンベルを見る。その手を握ったまま、しげしげと表情を観察する。
　彼の視線は落ち着きなく揺れ、火傷痕に覆われていない皮膚には発汗がある。私はそれを見ながら、握った彼の手の指に指を絡める。すると次第に熱を増していくその手も水掻きの辺りを中心に同じように汗に濡れていく。
　強めに握ってみれば、少し速い脈拍。
「キャンベル」
「はい」
「君は、トカゲ相手でなくとも興奮できる性質かね？」
「はい？」
　もうほとんど答えの分かりきった問いを投げてみると、キャンベルが大きな声を出したので、私は笑ってしまった。
　今、私の胸にあるのはつまらぬ安堵だけである。この二日の悩みの種が芽を出すことはなさそうだった。
「ルキノさん！」
　キャンベルが咎めるように私の名前を呼ぶ。大方からかわれたと思ったのだろう。しかし私が握った彼の手は、今も私の手の中だ。
「ははは、すまない。この姿となっては君に振られてしまうんじゃないかと心配で仕方がなかったんだ。許してくれ」
「そんなことあるわけないじゃないですか」
「ああ。それは十分に分かったとも」
　握った手がキャンベルによって痛いほど強く握り返されると、その手の熱が私にも移っていくようだった。じっとりと肌に汗が浮き、脈が速くなっていく感覚があって、実験と薬液漬けの頭に居座り続けていた痛みがわずかに増す。
　視線の先ではキャンベルが少し言い難そうに口籠って、それから意を決したように「あの！」と声を出す。
「何だ？」
「もしかして、あなたがこうなってしまったのって僕のせいなんじゃ……いやあの、本に書かれた作り話を信じてるわけじゃないんですけど、ここってよく分からないことばかり起こるから……」
　私は、先週キャンベルに一般的な教養の範疇として児童向けの小説をいくつか薦めたことを思い出す。確かその中には、獣に姿を変えられた男が娘の愛で人の姿を取り戻すといった内容の話が含まれていたはずだ。
　何とも非科学的な話である。そしてあれらは大抵幼児に道義を説くための作り話に過ぎない。だがその一方で、私はこの世界に未知の力が存在することも知っている。
　それでも今この空間にいるのは、一国の王子や姫なんかではなく、痩せた熊のような男とつい先日まで大きなトカゲだった男だ。だがしかし、もし万が一そうなのだとしたら、やはり私は今のこの姿が本来あるべき姿なのだろうか。
「キャンベルはどちらがいい？」
「何の話ですか？」
「人間の私とトカゲの私、どちらがいいのかと聞いているんだ」
　私がそう言えば、キャンベルが何とも物言いたげな顔をする。もう何度も見たことのある顔だ。私の問いに対して、答えに窮しているときの顔である。
「キスしてくれ」
　私は言う。
「は？」
　キャンベルの目が丸く見開かれる。
「できないのか？」
　とても頭が痛かった。痛みに耐えかねて自らの額を掻くと、汗の浮いた皮膚から鱗の剥がれる感触があった。
　私は私にキャンベルが近付いてくるのを見ていた。キャンベルは難しい顔をしたまま私の肩を掴むと、そのままキスをした。
　唇が触れ合ったその瞬間、骨を一つ一つ丁寧に砕かれていくような強い痛みが私の全身を駆け抜ける。
　声すら上げることのできない私。青い顔のキャンベル。
　後ろに傾いていく視界の中で、キャンベルへと伸ばした腕が姿かたちを変えていく。

「死んだかと思った」
　私は床に身体を転がしたままそう言った。
「殺したかと思いました」
　隣で床に腰を下ろし、私を眺め下ろしながらそう言ったキャンベルの顔はまだ青い。
　私は、はははと笑って身体を起こす。古い木の床の上を腰から連なる太く長い尾が引き摺った。
　そこで目を向けたガラス窓に映る私の姿は、すっかり魔トカゲのそれである。
　偶然このタイミングで毒素の効果が現れたのか、いやまさかキャンベルとのキスが引き金か？　もしくは心拍数や体温の上昇が発動条件になり得るだろうか。あるいは――。
　思索を巡らせる私の視界の端には、急な重量の変化に脚を折られたソファーが先ほどまでの私と同じように床に投げ出されている。足元には、着用者の肉体の変化に耐えきれなかった衣類が千切れた布同然の状態で散乱していた。
「キャンベル」
　名前を呼ばれたキャンベルが私を見る目は、早くも胡乱な目をしている。
「試しにもう一度キスしてくれ」
「さっきの今で僕がすると思ってるんですか？」
「ははは。やはり君は、こんなトカゲより人間の方がお好みかね？」
　それまで私の頭に巣食っていたはずの痛みはとうに消え失せ、心なしか身体も軽く、気分は良かった。
　私は苦虫を噛み潰したような顔をするキャンベルを見るとまた笑う。仕方がないので腕を伸ばして腰を抱くが逃げる気配のないそれは、やはり仔犬というよりは痩せた熊であった。
「魔法が解けてしまったな」
　私がそう言うと、キャンベルが一層怪訝な顔をする。
「いやなに、お互いお似合いだと思ったのさ」
　細く長い舌を伸ばしたキャンベルの頬からは、濃い汗の香りがした。