【花怜】クリスマスの夜に本編にはまるで出てこない現パロ設定 ~花怜編~
(※読まなくてもそう問題ないですが、前提程度に)
★花城(20代前半)
幼い頃に交通事故に巻き込まれそうになったところ、綺麗なお兄さんに救われ初恋を経験。
名前も聞けぬまま分かれたものの、ずっと恋心を抱いていた。
成長後は飲食店オーナーとしてこじんまりながら評判のいい料理店を経営。ある日、店の近くで酔わされた挙句お持ち帰りされそうになっていた謝憐を救ったことがきっかけでお近づきになる。
その後はゆっくりじっくり綿密に着実に距離を詰めていき、見事初恋成就。
謝憐のマンションの契約更新をきっかけに、飲食店上階の自宅で同棲開始。
料理の味が最近さらに上がったと評判でこれまで以上に客数が増加したが、何故か臨時休業も増えた。そういうときに店内を覗くと決まってカウンターに一人だけお客さんがいて、幸せそうなお客と店主の姿が見られる。
★謝憐(20代後半)
花城の飲食店近くにある小学校の先生。優しく穏やかな性格と物腰の柔らかさで児童、保護者、同僚教師問わず人気がある。
たおやかな見た目に反して武道がはちゃめちゃに強く、そのギャップも相まって全学年の児童の初恋を男女問わず奪い、卒業生からは「初恋泥棒」の異名をもらう。
数合わせにと強引に誘われた合コンで薬を盛られ危うくお持ち帰りされそうになるが、寸でのところで花城に救われる。その後は花城の店の常連さんとなり交流をはぐくみ、最終的に花城の告白を受け恋人同士となる。
最近とみに綺麗になったと評判で、時折商店街で超絶美形と手を繋いで仲睦まじく買い物する姿が見かけられるようになった。
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「哥哥、もう目を開けてもいい?」
「うーん、あとちょっと待ってね。あとはここを留めれば終わりだから……」
暗い視界の中、寝室の方から笑み混じりの弾んだ声が聞こえてくる。姿は見えなくとも充分に伝わってくる楽しそうな様子が愛おしくて、リビングのソファで待っている花城の笑みが深くなる。
「分かった、じゃあ終わったら言って。待ってます」
いつもと同じ穏やかな口調を装って返事をしたものの、正直なところ先ほどから脈拍は自分でも呆れるほどに速くなっていた。
とはいえ、それも仕方のないことだ。今夜は長年想い続けようやく初恋を成就させた相手との初めて恋人同士として過ごすクリスマス、しかもその朝に「今夜はクリスマスだから、クリスマスっぽい格好をしてみようかなって思ってるんだ」などと無邪気な顔で宣言されれば、どんな聖人君子であっても多少の動揺はするものだろう。
おかげで今日一日はそのことばかり考えてしまっていた。普段の慣れもあり仕事に影響が出ることはなかったが、はたして彼はどんな格好をするつもりなのだろうかと様々な想像ばかりが頭をよぎった。オーソドックスなところでいえばサンタだろうが、クリスマスに着る衣装というとノーマル型のサンタ衣装ではないものも多々ある。たとえば、そう――サンタガールの衣装とか。
(いやいやまさか、哥哥がそんな格好するはず……でも、もし本当にしてくれてたら?)
大切な相手への崇拝にも似た穏やかな愛情と、抑えつけてもつい頭をもたげてしまう密やかな欲望が頭の中でせめぎ合う。そんな悶々とした気持ちを隠し、帰宅した謝憐と夕方からふたりで料理を作り誰にも邪魔されないふたりきりのパーティーを楽しんだ。そうした夢のような時間の後、満を持して迎えたのが今の状況だ。
先ほどよりもさらに激しさを増している脈拍をどうにか落ち着かせようとしていると、よし、と可愛らしい声が聞こえてきた。
「三郎、準備できたよ。もう目を開けて構わない」
「はい、哥哥。それじゃあ……開けるね」
早く見たいような、見てはいけないような。だがこのまま目を閉じていればきっと変に思われてしまうだろうと、意を決して目を開く。すると目の前には笑顔の謝憐が立っていた。その格好は――とても見事なクリスマスツリーだ。
「じゃーん! どうかな、クリスマスっぽいだろう」
全身を包む着ぐるみには顔を出す用の穴が開いていて、そこから覗いた顔はどこか誇らしげだ。楽しげなその表情に愛おしさが増す一方で、先ほどまでの緊張から一気に脱力してしまい花城は腰掛けていたソファに思わず崩れ落ちる。
「えっ ど、どうしたの三郎」
「いえ……ちょっと自分の不敬な思考と邪念を自覚して自己嫌悪に陥っただけです」
「邪念?」
「ああうん、なんでもない。哥哥は気にしないで」
「そ、そうなのかい? あ、ええと……ところでその、この格好変だったかな。今日学校でやったクリスマス会の衣装で、他の先生がサンタやトナカイの格好だったから、私はこれにしたんだ。子どもたちからは結構好評だったんだけど……おかしい?」
「そんなわけない。すごくよく似合ってます」
「本当? よかった~」
花城の返事に安心したのか、謝憐はほっと胸を撫で下ろす。安堵の笑みを浮かべる謝憐を見て本心を言えば彼にはもっと似合う衣装があると思ったが、小学校の行事で着るにはこのくらいのユーモアがあった方がいいだろう。それに露出が極端に少なく、まったく体のラインが出ないところもいい。そもそもパーティーグッズによくあるような露出度の高い衣装を彼が着るはずはないと思っていたし、期待もしていなかった。それでもほんのわずかとはいえ不埒な想像をしてしまっていた罪悪感を振り払うように、崩れ落ちていた姿勢を整えてから目の前の衣装の良い点を見つけ大げさなほどに褒める。
「その格好はとても可愛いから、子どもたちから好評だったのも納得です。飾りが色々ついているのも芸が細かいね」
「ありがとう。元々の服がちょっと寂しい感じだったから、自分でちょっと付け足してみたんだ」
「そうなんだ、さすが哥哥だね。本当にとても素敵です。クリスマスらしい衣装っていうとついサンタの衣装ばかりが目立つけど、ツリーに扮するっていう目の付け所もいいと思う。哥哥は何事に対しても本当に慧眼だ」
「そ、そんなことはないよ。褒めてもらえるのは嬉しいけど、そこまでのことは……」
「いいえ、子どもたちを楽しませるという観点で言えば百点満点の選択だと思います。それに本当にクリスマスらしい格好で素晴らしいです。この時期は、クリスマスっぽいっていうだけの衣装もたくさん出回るから」
「えっ。あ……う、うん。そうだね。サンタの衣装もいっぱいあるものね。その……女の子のやつとか」
「ええ。でも、ああいう類のものはクリスマスを楽しむというよりはその衣装を着ること自体を楽しむようなものですから。今哥哥が着ているようなものは純粋にクリスマスを楽しんでいる感じがして好きだな」
「そ……そっかあ」
花城の褒め言葉に謝憐の頬が赤くなる。だがそれはただ褒められて照れているというよりはどこか気まずさの感じられる照れで、花城は言葉を止め首を傾げる。
「哥哥、どうかしたの?」
「う、ううん。なんでもないよ」
「……」
なんでもない、と言うがどうにもそうは見えない。今の謝憐は妙にそわそわとしていて、視線も落ち着いていない。自慢ではないが謝憐の表情の機微を見分けるのは誰よりも得意だという自負がある。その自分が違和感を覚えているのだから、彼の中で何かしらの感情の乱れがあるのは間違いないだろう。
「哥哥、もしかして何かあなたの気に障るようなことでも言ってしまいましたか?」
「いやいや、そんなことないよ! 三郎がたくさん褒めてくれて嬉しかった。えーと……じゃあ、この格好も見せられたしもう着替えてこようかな。三郎はここで待っててね」
「哥哥? ねえ、待って」
なんだか妙にぎくしゃくした態度が気になって、寝室に戻る謝憐の背中に声をかける。けれどどこか焦ったような足取りは止まることはなく、慌てて立ち上がり後を追う。
「哥哥、やっぱり変だよ。もし私が何かあなたの気を害してしまったのなら言って。あなたを傷つける私なんて、あなたが許してくれても自分自身が許せない」
「ほ、本当になんでもないよ。着替えたらすぐに戻るから、三郎はリビングにいて」
「でも……」
返ってくる声はいつもと同じく優しいが、明らかにこちらの視線を避けている。謝憐が逃げ込んだ寝室まで追いかけ、閉じられそうになったドアに寸でのところで手を掛ける。
「待って。行かないで」
「あ……っ!」
振り向いた謝憐の顔はさっき以上に赤く、花城を見上げる瞳にはうっすらと涙の膜がある。そしてドアの先に見えるベッドの上――そこにはサンタガールの着用写真が貼られたパッケージがあった。袋の中身は、空だ。
「……え?」
「だ、駄目っ! 三郎、見ないで!」
「哥哥? あれって……」
「ああぁ……」
羞恥に満ちた声を上げ、全身から空気が抜けたように謝憐がしゃがみ込む。花城も同じように床に膝を突き視線の高さを合わせると、照れと焦りの入り交じった目が力なくこちらを向いた。
ここまで距離が近づいて気付いたが、既製品だからかツリーの着ぐるみの顔を出す部分は小顔の謝憐にはやや大きいようで、隙間から着ぐるみの中の様子がわずかに見える。そこに白いファーと赤い布地がちらりと見えて、花城の顔にもほのかに朱が上った。
「哥哥……もしかしてその中、他にも何か着てる?」
「……」
返事はなかったが、沈黙は肯定と同じだ。じっと見つめていると、やがて諦めたのか小さなため息が聞こえてくる。
「……三郎は小学生の子たちとは違うから、その……こういうのの方がいいのかなって……」
「じゃあ、私のためだけに……用意してくれたんですか?」
動揺を抑えてそう尋ねると、こくりと素直な頷きが返ってくる。あるはずがないと思っていたことが現実になったことに感動を覚え溢れ出る愛おしさに心が打ち震えたが、続いて聞こえた言葉に今度は一気に心臓が止まりそうになった。
「でも見せなくてよかった。本当はツリーの格好の後に見せようかと思ってたんだけど、三郎はこういうのは嫌いみたいだし……すまない、恥ずかしいことをしてしまった」
「えっ⁉ ど、どうしてですか」
「え? だってさっき、こういう服はクリスマスじゃなくてその衣装を着ること自体を楽しんでるみたいで好きじゃないって」
「 それは……」
言った。確かにさっきはっきりとそう言っていた。フォローのつもりで口にしたことがまさかこんな形で自分の首を絞めるなんて思ってもみなかった花城の顔からさっと血の気が引く。後悔先に立たずとはまさにこのことだ。
いや、今すぐ謝罪し撤回すればまだ彼のサンタ姿を見るチャンスはある。だがそれには普段装っている高潔な恋人の顔を捨てなければならず、なんとも情けない。ただでさえ年下という変えようのない関係性の中で愛しの恋人にはいつでも格好良いところを見せていたいと日々努力を重ねているというのに。しかし、今ここで訂正をしておかなければきっとこれから先同じようなチャンスは二度とやってこないだろう。ほんの数秒間に悩ましいほどの逡巡をした後、ついに花城は答えを決めた。
「……哥哥、ごめんなさい。三郎はあなたに絶対誠実であると誓ったのに、嘘をついてしまいました」
「えっ?」
「いえ、正確には全てが嘘というわけではないのですが。さっきそう言ったのは、哥哥に対して不敬な想像を抱いてしまった自らを誤魔化すためというか……実際はそういった格好をした哥哥もとてつもなく愛おしく思えますし、この目に焼き付けたいです」
「ええと……それはつまり、三郎は私がそういう格好をしても嫌じゃないということ?」
「はい。嫌ではないどころか、とても見たいです……」
晴れて恋人同士になり体を重ねることも既に珍しいことではなくなったとはいえ、まだ片想いの頃の気持ちが残っているのか花城の謝憐に対する愛情は未だ神聖な想いがある。そんな相手に自身の抱く劣情を告白する行為は非常に心苦しい感じがして、花城は瞳を伏せ唇を引き結ぶ。謝憐がどんな表情を浮かべているのか確認するのが怖く視線を上げられないでいると、やがて柔らかな声が名前を呼んだ。
「三郎」
声と共に温かな手が頬に触れ、もう片方の頬に唇が押しつけられる。
「哥……」
「そんなに申し訳なさそうにする必要はないのに。私たちはその……恋人同士なのだし、何か希望があれば取り繕ったりせずに教えてくれていいんだよ。気取ったりする必要なんてない、私はどんな三郎だって好きなんだから」
「哥哥……。……はい」
「よし。じゃあ……見せる。あ、でも先に言っておくけど、きっと似合ってはいないからね? 呆れてもいいけど、幻滅だけはしないでもらえると嬉しいな……」
「大丈夫、きっと似合いますし哥哥に私が幻滅することなんて絶対にないです。……ちなみに、その格好は私だけに見せてくれるんですよね。他の誰にも見せたりなんてしませんよね?」
「あ、当たり前だろう! 君以外にこんな恥ずかしい格好見せたりなんてしないよ」
「ふふ、そうですよね。……嬉しいです」
さっき頬に押しつけられた謝憐の唇に指を滑らせ、自分の唇で奪う。そのまま相手の息が上がるところまでキスを重ね、ようやく離した唇の合間で甘く囁く。
「ねえ哥哥、今着ているものは私が脱がせてもいいですか? それからその下に着ているものも――私の手で暴きたいです」
「……うん、いいよ」
乱れた吐息混じりの声はかすかに、しかしはっきりと答えてくれた。その返答に花城は幸福な笑みを浮かべ、もう一度目の前の唇を優しく塞いだ。