口に広がる出掛ける支度を終えて一息。
さっきまでいなかった弟が部屋の前で笑っている。声を、掛けてくれたらいいのに。そう言おうとして、言って返事を想像する。本当は想像より、確かな記憶を思い起こしているのだけど。
「可愛い」
弟から何度も聞いた言葉。
この言葉から弟の声がするみたいだ。きっと今もそう言う。何度目かなんて覚えてないのに、当たり前にまだ慣れない。
しどろもどろになりながら、視線を弟に合わせて第一声に期待を込める。
「可愛い」
やっぱりね。他に何も形容しなくても、間違えずに僕に言ってくれる言葉。
だから、僕も間違えずに笑う。嬉しいから。
だけど。
言われるのもいいけど、弟にも言いたいんだよなあ。
可愛いって。
そして、照れて笑ってくれたらいいなあ。
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