③
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「…ロウ、」
「シ…ウ」
「シチロウ!!!起きろ!!」
「!?」
その怒り口調とビリビリとした魔力で僕は勢いよくベッドから起き上がると、教員服のカルエゴくんが腕を組んで僕を睨みつけていた。
「へ…あ…?か、かるえごくん?」
「無断欠勤とはいいご身分だなシチロウ」
「え…?う、うそッ!?」
ベッドの木に縛り付けていた時計はすっかり夜を示していた。教員たちが当たり前に帰っている時間に僕は冷や汗が出た。
「(_や、やっちゃった…ッ)」
「しかも寝ていただと……っと説教つもりだっが」
「ご、ごめ…」
謝ろうとすればそれに被さるようにカルエゴくんの手が僕の頭を掴む。そのいきなりな行動に目をパチクリしていればカルエゴくんは舌打ちをした。
「説教はやめだ」
「え」
「今すぐもう一度寝ろ」
「ちょっそれどういう…お!?」
頭を掴んだままカルエゴくんは頭を強く押しては勢いよく寝転がさせる。
「熱があるならそう言え馬鹿者」
「へ…?あ…た、たしかにクラクラするかも」
「……はぁ、熱で目が覚めれなかったんだな。なら仕方ないが、自己管理くらいしっかりしろ」
「うぐ…ごもっともです…」
「…寝ろと言ったが、先に薬を飲んだ方がいいな。確か救急箱にお前仕舞ってたな」
「う、うんあるよ」
「食欲あるか?」
「うん」
「じゃあ粥作るからそれ食べて薬飲んで寝ろ」
「キッチン借りるぞ」っとため息混じりにカルエゴくんは僕に背中を向けた。
「……」
『お前は悪魔だ。悪魔なら悪魔らしく欲しいものを無理矢理手に入れればいい。欲に従え』
「(…何考えてるんだ僕は)」
「おいシチロウ」
寝室のドアからひょこっとカルエゴくんが顔を出すと、少し軽装になってはエプロンをつけて軽く叫ぶ。
「いつもの所に土鍋がなかったぞ」
「あ、ごめん。こないだ場所変えた。上に上げたんだ」
「上か…流石に魔術使わんと無理だな」
ふぅ…とため息を漏らしたあとにお盆にコップを乗せて戻ってくるとそれをぶっきらぼうに彼は渡してくる。
「とりあえず水分先に取っておけ。汗がすごい。脱水になりかねんからな。それから_」
「!」
温かい蒸しタオルと冷やりとしたカルエゴくんの手が頬に当る。
「汗が凄いから拭いておけ」
「ぁ…や…」
「『シチロウ』」
「ッ!!?」
夢の面影が現実のカルエゴくんと重なる。わかっているわかっているんだ。彼はあんな風に笑わないし、あんな風に僕を誘惑しない。それなのにいつも固く閉められた服が、鎖骨が見えるまで開けられていて、何故か汗をかいてるその首に僕の欲は掻き立てられる。飲み込んだ音が聞こえないか心配になるほど大きく動いた自分の喉仏。
「シチロウ、今目眩はどうだ」
「だ、大丈夫」
「そうか。じゃあ水分とって寝とけ。すぐ粥を作る」
そういうとカルエゴくんはまた姿を消した。
部屋から彼がいなくなると僕は毛布を頭から被った。荒くなった呼吸は熱のせいか、それとも…。そんな事を考えては必死にそれを整える。
「…やめろ。変なこと考えるなッ」
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「あ、ちゃんと美味しい…」
「おいどういう意味だッ」
体が少し楽になったからベッドの近くに小さなテーブルを持ってきて、僕はそこで床に座ってカルエゴくんお手製のお粥を食べた。
牙が剥き出しな僕のために、火傷しないようにと少し冷まされたそれはお出汁がしっかり聞いていてとても美味しくて、一緒に置かれた梅干しが凄く体に染み渡る。
カルエゴくんも向かい合って座ると、頬杖を着きながら僕の感想に舌打ちをする。
「キミおつまみしか作らないのかと…」
「あ?ヒトをなんだと…あ、いや確かに料理らしいものは作ってやってなかったか?」
「うん」
「そうか。なら堪能して感謝しろ」
「なんだろ…そう言われると美味しくない」
「は?」
「ふふ、ウソウソ。すっごく美味しいよ」
「フンッ」
「……ね、カルエゴくん、ひとつ聞いてい?」
「なんだ」
「教員服のままで来て…もしかして凄く心配してくれた…?」
「……」
下唇を噛むとカルエゴくんは耳を赤く染めては目線を泳がせた。その行動一つ一つが彼の優しい嘘だとわかる。
「ふふ、ありがとう」
「礼なんて言うな気持ち悪い」
「へーい」
「食い終わったならさっさと寝ろ」
「カルエゴくんまだここにいる?」
「しばらくは。片付けするしな」
「そっか。だったらお風呂入っていっていいよ。キミも汗すごいし。急いで来てくれたみたいだし?」
「………そうする」
心の舌打ちが聞こえてきそうで思わずクスっと笑ってしまう。そんな僕を彼は睨みつけてため息をついては寝室を出ていった。
「ふふ、僕愛されてるなぁ」
『感覚は本物から。感情は俺が与える。お前をこれからも愛する』
「………。疲れてるな、僕。早く寝よ」
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「酷いなシチロウ」
「……寝込んでしまったから今朝は魔力をあげてなかったよね」
なのにどうしてまた僕はこんな夢を見ているんだと頭を悩ませ芝生に寝転がっていると、夢のカルエゴくんの足が横目に入る。見下げながらカルエゴくんは偉く元気がなさそうに眉を下げた。
「あぁ。昨日たくさんくれたから今会えてるが、俺は空腹で仕方がない。なら_」
そういうとカルエゴくんも座っては、僕の頭を自分の膝の上に乗せた。ニヤッと牙が見えるように笑っては僕の頬を撫でる。
「こっちでも食べさせてくれ」
「え?…っ!?」
ガブっと力強く首筋を噛まれる。夢だから痛い訳がないのだが、視覚が脳を錯覚させる。
「ん…は、ごちそうさん」
そうカルエゴくんは舌なめずりをした。僕の血が彼の口端につくと、それさえ指で拭っては美味しそうに舐めとった。
「な、な、な」
「魔力は血液にも混ざってる。それを貰っただけだ」
「そういうのはやめてッ」
「なぜ?」
「何故って…、そ、そんなの…」
「お前はこんなに嬉しそうなのに?」
「ッ」
カルエゴくんの舌が首筋をゆっくり舐めてビクリと体が震える。そんな僕を嘲笑うようにしてまた頬を撫でた。
「ここはただの夢だ。欲に従って何が悪い?本当に嫌なのか?俺にこうやって触れられることに」
「そ、そんなの…」
嫌なわけが無い。むしろそれをずっと望んでいる。けれど、今は…
「…カルエゴくんがいるんだもん」
「俺?…あぁ現実の俺か」
「もう…これ以上はキミと触れ合えない」
「……どうして?」
痛むはずのない首を触りながら、起き上がってカルエゴくんと向き合う。すると彼は僕のマスクを外しながら足を組んだ僕の上に乗ってきた。
「…もうこの夢は終わらせないとね」
「俺を見捨てるのか?」
「ううん違うよ。ちゃんとあの花は育てる。最後まで面倒みるよ」
「じゃあなんで」
「……僕はちゃんと愛されてるんだって思ったから」
汗をかいてまで僕を心配して、駆け付けてくれるキミがちゃんといる。たとえ恋仲になれなくてもそれでも僕はキミに大切にされたと思ったから。
「身勝手だよね。あの花を…キミを勝手に家に連れてきて、この夢を願ったのは僕なのに」
「……」
「僕の魔力をあげすぎないように、魔具を活用してしっかり育てるから」
「…ふーん。じゃあもういい」
「え」
トンっと彼は僕の胸を押した。先程までずっと優しく微笑み、艶やかなな動きで僕を触れてきた動きはすっかりなくなった。立ち上がるとただ冷たく僕を見下す。
「お前の魔力は本当に美味かった。あの味を知ってしまった俺はもう我慢なんて出来ないんだよ」
「カ、カルエゴくん?」
「今からお前がカルエゴ(俺)が欲しくてたまらなくしてやる」
ツーと指で僕を喉を撫でると、不気味に彼は笑う。
「なぁシチロウ。俺が"男に愛されるか""女を愛するか"どっちが嫌だ?」
「は_?」
「あぁどっちもか。シチロウはワガママだなぁ」
そう彼は言うと徐に服を脱いだ。ペロリと舌なめずりをするとまた僕に笑いかけるのだ。
「シチロウ、お前は俺を見ていればいい」
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「(流石にゆっくり入りすぎたか…)」
「おいシチロウ風呂から上がった…あぁちゃんと寝てるのか」
ギジリと床が軋む音が聞こえてくる。キミの声が耳に届いた。
「…ったく、心配させやがって」
「…ぇご…くん」
「なんだシチロウ起きた…!?」
僕の前で頬杖を着いていたカルエゴくん。ゆっくり起き上がった僕を見るとそれは素早く離れた。
「…酷いなぁカルエゴくん」
「ハッ普通、寝ている間に悪周期になるか?どういう事だシチロウ」
「何で離れるの?」
「お前のそのダダ漏れの魔力を仕舞ったらなッ」
酷いよカルエゴくん。すっかり戦闘態勢になってしまった彼は、まだ濡れたままの髪をかきあげた。前髪がある彼は少しだけ幼くなる。結んでいない長い髪が揺れてそれを見るだけで僕の心は高揚した。
頭が痛い。苦しい。しんどい。側にいて。
__カルエゴくんッ
そんな思考は遠く、僕は気付けば彼の近くに来てはその細い両腕を片手で掴んで、彼の体ごと上げた。手袋なんてしてない手は爪を立てて彼の腕に食い込む。
「!?…馬鹿力がッ」
「キミは僕から離れる?」
「ハッ離させる気がないくせに何を言ってるんだ」
「じゃあこの手を離したら離れるのかな」
「さぁなッお前次第だッ」
ハッと彼は笑った。眉間にシワを寄せて、恨めしそうに僕を睨みつける。
「…僕のカルエゴくんはそんな顔しないよ」
「__は?」
ゆっくり彼を持ち上げると、そのまま僕のベッドへと投げる。唸るカルエゴくんなんて無視して脚で彼の体を押さえつけた。
「シチロウ貴様ッ」
「どうする?僕を攻撃する?」
「ッ」
「できないよね。だってキミは僕を大切にしてくれる。優しい優しい悪魔だ。けどね僕はそれじゃ満足できない」
細い腰を脚で鷲掴みにしては、カルエゴくんが苦しそうに暴れた。あぁ、いいなその顔__。
マスクを外しているから、僕の牙の隙間から涎が止まらない。彼をニッタリと笑えばカルエゴくんは肩を震わせる。
「…もう一度聞く。どういうつもりだシチロウッ」
「だってキミが悪いんだもん」
「は?」
「キミが僕のものになってくれないのが悪いんだもん」
キミは紳士的に女性の腰を抱いた。笑っていつも大人にその女の手を取っては抱き締めてキスをした。何度も何度も。
キミが僕以外の男を見つめては抱き締めた。笑いかけて腕を絡めて、そしてどんどんキミはその男に夢中になった。次は次はとキミは色んな男とまぐわった。
「わかってる…わかってるんだけどさァ!」
「イッ…ぁ!」
「夢でさえキミが振り向かなくなったんだぁ…だからキミを知って、たーくさん夢で愛してもらうことにしたんだァ」
「ゆ…め?何言ってんだお前はッ!」
「だって本当のキミじゃ僕を愛してくれないんだもん」
「………」
「ね、カルエゴくん、カルエゴくん」
脚の力を込めると僕の爪がキミの脇腹にくい込んで行く。頬を掴んで無理やりに僕の方へと向けさせた。さっきまで力んでいたくせに、それはやけに冷静に僕を睨んできていた。
「……あーあまたそういう顔するんだ」
痛がってよ、怖がってよ。どんな感情でもいい。ただ僕を見て欲しい振り向いて欲しい。どんな視線でもキミが僕だけを見るならそれでいい。
「……お前愛して欲しいだなんだ言ってるが、ヒトをバカにするのも大概にしろ」
そう彼は冷たく言い放った。無理矢理僕の脚から腕を抜くと、魔力を込めた手で胸ぐらを掴んだ。一気に彼と僕との距離が近くなる。
「愛して欲しいならッ!!なぜお前は俺を嫌う!!なぜお前は俺から逃げる!!」
「…何馬鹿なこと言ってるのさ」
逃げる?嫌う?そんな馬鹿げた話あるわけが無い。キミが好きだから、キミを追いかけすぎたから僕は夢にしがみついた。彼の意味不明な言葉で舌打ちをする。何も知らないくせに、自分のことも僕のことも。
「とんだ駄々っ子だなッ!自分の都合優先で、何にも理解してない子供だお前はッ」
「は_?」
「俺がお前を愛してない?ハッ笑わせるな。俺からの愛を先に拒否していたのはお前だろッシチロウッ」
胸ぐらを掴む手が強くなる。意味がわからないと震えていると、そんな隙をついて彼は脚を押し返してくる。バランスを崩した僕は床に尻もちをついた。起き上がる前に彼が僕に立ちながら跨った。再び僕の胸ぐらを掴んでは大きく舌打ちをする。
「勝手に俺の未来を決めつけて、勝手にお前の在り方を決めて、"そういう道"にしたのはお前だろシチロウッ」
「違う。違うッチガウッ!!!」
「お前が俺への気持ちに勝手に終止符を打ったんだよッ!!だから俺はそれに乗ったッ!!なのになんだァ?!いきなり泣きじゃくりやがってッ!!!」
バチバチの彼の魔力が漏れ出る。目尻にシワを寄せて、今にも泣き出しそうに彼は唸った。
「俺を好きになったのを後悔したのはお前だろ!!シチロウ!!!!」
「ッ…!」
彼は泣く。涙なんて流してないのに、そう思った。見たことも無い切ない顔で、見たことない悔しそうな顔で、僕を睨みつける。
「チガウ、チガウ!!」
「違くない!!!お前が拒んだんだよ!!!"俺とそういう仲になるのを"!!」
「チガウ!!!キミだ!!!キミが僕を好きになったのを嫌がった!!!おかしな事を言うなァ!!!」
「!?」
やめろ、嫌だ。そんな意志を汲み取ってくれた"彼が"窓際から伸びてきた。胸ぐら掴んだカルエゴくんの腕を花の根たちが弾き飛ばす。
「……あーなるほど、それがずっとお前が観察してたヤツか。お前をおかしくした原因」
「フゥー…フゥー…ッ」
「夢とやらを見せさせてくれたヤツか?」
彼は弾かれた手を労わるように撫でていた。
『俺ならそんな事言わないのになぁ』
"彼"が大きく成長した。根で僕を包んでくれる。怖い、ヤダ、壊れたくない。
『そう思うだろ?シチロウ』
「うん…僕キミがいい」
『だったらたーくさん食べさせてくれ』
いいよとそう僕が口を動かすと、伸びてくる"彼"の根を受け入れるように僕は魔力を出した。見せて、ただ僕に好きと言ってくれるだけの何も変わらないそれを夢だけのそれを何度も見せて。現実は変わらなくていい、変わっちゃいけない。
「シチロウ!!!」
バチバチと火花が僕を囲む根を掴んでは、引きちぎって行った。
壁に追いやった僕の顔の横に、彼の足が音を鳴らした。汗をかいては、長い髪が揺れて、彼の顔に影を落とす。荒い息が鼻にかかる。
『壊れるんだぞ??確定した未来なんてない。いつかそっちの俺はお前を捨てる。お前以外を選んでしまうんだ』
見えない"彼"が頬を撫でた気がした。
__そうだ。僕は怖い。両思いを認めてしまえば、キミの愛を"認めてしまえば"いつか来るのは、彼が誰かと来る未来なんかじゃなくて、いつか来る"僕との別れ"が怖いんだ。
だったらそんな未来が絶対こない"彼"を選ぶ。
だから僕は拒絶した。だから僕は彼への愛を嫌った。彼を愛したことを後悔した。
それが今わかって何が変わる。
触れてくれる彼の手(根)が僕の首に巻き付けば、それは炎と共に消えた。
「ッ…」
チリリと感じる痛みと共に今度は額に鈍い音が響く。離れた瞬間、カルエゴくんの額から血がタラりと流れた。
「俺を信じろ!!!馬鹿者!!!」
「ッ…」
「お前のその恐怖も、お前のその腐った愛情とやらも全部俺にぶつけろッ!!!」
「ゃ…」
『お前の愛が受け止められると思うのか?アイツは逃げ出すぞ』
「そんなのわかってるよォ!!!」
『お前のそんな汚いを見せていいのか?俺ならぜーんぶ受け止めてやれる』
「ワカッテル!!ワカッテルヨッ!!!」
何度も"彼"が僕に巻き付く。魔力を吸われて、その反動に僕の感情すらも吸われて、ごちゃごちゃになって、あの時みた"もしも"を何度も考える。誰かと愛し合うキミ、僕を見捨てるキミ、そんないつか来るか分からない未来にずっと怯えている。そんな弱い自分のことなんてキミは…。
「お前はァ!!!そんな魔妖よりも!俺の言葉を信じないのかッ!」
「ちがッ…」
根を引きちぎっては僕の頬を強く掴んだ。優しく誘うように触るんじゃなくて、我儘に強引に頬を掴むんだ。
「シチロウ!!!俺をッ見ろッ!!!」
「ッ…」
__…そんなのズルいよ
「…ぅんッ」
得意げにキミは笑うんだ。
揺れた髪が素敵で、また僕はいつも強引なその手に手を伸ばした。
「んぐッ!」
「カルエゴくんッッッ!!!」
僕の手とカルエゴくんの手が繋がれる前にそれは邪魔される。伸びた根がカルエゴくんの首を締めていく。
『コイツがいなければ』
そんな声が聞こえる。
ふざけるな、僕がこんなものに手を出したから、僕が彼を信じてこなかったから、そんなせいで彼が死ぬなんて許せない。
動くことを拒絶していた体がやっと動く。手に炎を宿して、一気に燃やそうとそう決意した瞬間、その根は僕の炎とは違う炎で燃え上がる。
「ッハ。ナメるなよ」
木の根と共に彼の髪事燃えていく。どんどんと短くなっていくその髪を僕は眺めることしかできなかった。
「……」
気がつけば僕はそんな燃える炎ごと彼を抱き締めると彼は静かに受け入れてくれる
「おい火傷する」
「ごめ…ごめんねッ…ごめん…」
「……」
キュッと申し訳程度に彼が僕の背中を握った。
「…お前はこれからどうする」
「…うん、そうだね」
離れるのが惜しいけれど、僕はカルエゴくんに回していた手を離すと、再び炎を宿した。ゆっくり根元に近づいて、すっかり枯れてきていたその花に炎を灯した。どんどんと燃えていくそれを僕は眺める。
「…ごめんね。愛してくれてありがとう」
__________________
「おい、シチロウ。何で隠れてるんだ」
「…」
布団を持ち出しては、部屋の角に来てそれを被って僕は震えた。だって今更、そんな言葉ばかりが過ぎる。
「何を気にしてるんだ?さっきキレて、ヒトをぶん投げたことか?脚で押さつけたことか??それとも髪か?」
「…………ぜんぶ」
「ふーん」
「ふーんってキミ!」
何をヒト事みたいに、そう叫ぼうと布団から顔を勢いよく出せば、ちゅっと口に柔らかい感触が残ると、べっと彼は舌を出した。
「ざまぁみろ」
「へ、ぁ…???」
目の前で彼は足を開いて座り込むと、悪戯が成功した子供みたいに笑った。唇が触れた箇所を何度も手で触る。そんな僕を嘲笑うようにカルエゴくんは声を出した。
「散々逃げたんだ。そのバツとして精々後悔するんだな」
肩より少し短くなった髪を揺らしながら、カルエゴくんは僕の脚を指で突く。
「……ま、俺もお前がそれでいいならと思っていたが、そうも言ってられないみたいだしな」
布団をさけて、僕の髪に指を絡めてはカルエゴくんは脚の間に入ってきては優しく頬を撫でてた。
「怖いか?」
「……」
「俺がお前以外を選ぶのが怖いか?それともお前から離れられるが怖いか?」
「……ぜんぶ」
「ハッそれはえらく弱虫だな」
「……呆れた…?」
「いーや?」
疲れたように彼は床に座り込んだ。短くなった髪を纏めたあとに手を広げて、ぶっきらぼうに「ん」と告げた。
「え?」
「ほら来い」
ゴクリと喉を鳴らした後に、少し焦げ臭いそこに体を目一杯に体を丸めて、ゆっくりと額を胸に当てた。
「シチロウ。好きだぞ」
「ッ…」
「離れられるのが怖いなら精一杯俺を引き止めろ。俺がお前をずっと好きでいるように努力しろ」
「……うん」
「それから俺はお前一途だから不安になるな。…こればっかりは俺の言葉だけしか提示できるものはない。それでも信じてくれるか」
「…うん。信じるよ」
震えながらキミの背中に手を回す。本当はわかってる。キミがどんな言葉をくれるかなんて。それでも僕は弱いから、もしもを考えちゃうから、だからキミからの言葉が何より強みになる。それを感じた彼が鼻で笑った。
「全部受け止めてやると言ったからな。言いたいことあるなら今のうちだぞ」
「……嫌いにならない?」
「しつこいぞ。ならんと言ってるだろ」
「きっと重いって思っちゃうよ」
「いいから言えッ」
グチャりと髪を掴んだ。痛いよと唸りながら、僕はカルエゴくんの胸に埋まる。
__あぁ、シャンプーだけじゃわからなかったな。匂い、全然違うじゃないか。こっちが何倍も何百倍も好きだ。
唇だってキミの方が柔らかいし、抱きしめる力はキミの方が強い。
何度もキミからの本物を感じて、僕は体を丸めた。
「僕、キミの一番がいい」
「安心しろ一番だ」
「キミの結婚の相手も僕がいいし、友人代表のスピーチも全部僕がいい」
「難しいこと言うな。ハッなら二人だけでやるか」
「二人だけ?」
「あぁ二人だけ」
「ふふ、いいね」
「もっと聞かせろ」
「…本当は僕以外のヒトがキミに相応しいと思ってたんだよ」
「知ってる」
「けど…やっぱり凄く嫌だ。ごめんね、離してあげられないよ」
「上等だ」
「ダリ先生だってズルいって思うんだ」
「なぜ?」
「教育係だからいつもキミの隣にいる。いいなって思う」
「そうか。もう時期おわる。あんな奴好き好んで近づかんから安心しろ」
「…キミをずっと抱き締めたかった」
「今してるだろ」
「足りない」
「じゃあこれから毎日するか。お前がしたくなったらいつでも言え。俺も言う」
「キミもしたいの?」
「当たり前だろ」
「そっか」
「それで?」
「…キミのお見合い、何度めちゃくちゃにしようと思ったか」
「だからしていいかって聞いただろ。これからは断わる」
「キミが他のヒトと楽しそうに話してるの見てるのすごく嫌だ」
「俺が楽しそうに…??おいそれ見間違いだろ」
それから、それからね、と僕はカルエゴくんにたくさんのことを伝えた。アレが嫌だった。これが嫌だった。本当はキミを壊したいくらい大切で、大好きで。キミが誰かといるだけで狂いそうなくらいに嫉妬したこと。醜い僕の感情を全て言い終えた頃にカルエゴくんは不思議そうに首を傾げた。
「それだけか?」
「え?」
「なんだ。やたらとグズるからもっと大層なことかと思ったが大したことなかったな」
「た、大したことあるでしょ。だ、だって…相手のこと憎んだり、壊したいって思ったんだよ」
「いや俺も思うが」
「そ、そうなの…?」
「あぁ」
両手で僕の頬を包むとカルエゴくんは少しムスッとした顔で伝えてくる。
「お前が誰かと仲良くするのは心底不愉快だし、普通に相手を抹消したくなるぞ」
「まっ…」
「そんな俺をお前は嫌うのか?」
「…らわない…むしろ嬉しい」
「俺も一緒だ。ならこの問題は解決だな」
チュッとリップ音をわざと大きく鳴らしては額にキスをした。不貞腐れたままの彼は耳を赤く染めて、学生の時みたいに甘えた声を出すのだ。
「…まだお前に言われてないぞ。好きって」
「………」
夢の彼は頬を染める時はやけに色っぽくなったものだったが、現実はやけに可愛らしく頬を染めるみたいだ。
「…うん、好き。大好きだよカルエゴくん」
「あぁ俺もだシチロウ」
慣れない手つきで手を絡めた。キミの手は予想より細くて、長くて綺麗だった。
少しまだ焦げ臭い髪にキスをして、何度も何度もカルエゴくんに好きと伝えれば、彼は段々とそれを恥ずかしそうに受け止めてくれた。しつこい、もうわかったからと言いながらも僕の好きを受け止めてくれる。困ったようにけれど不器用に笑って、カルエゴくんはまた僕にキスをしてくれる。
頭がクラクラする。それは熱のせいか、それとも魔力を吸われたせいか。
「(__本物の、キミのせいか)」
「シチロウ」
「カルエゴくん、知りたい。キミのこともっともっと」
「あぁ」
「夢だけじゃ嫌だよ。教えて、いっぱい」
そう訴えれば、カルエゴくんは少し目を丸くしたあとに優しく微笑んだ。