未定好き嫌い好き。そんな子供騙しな占いをした事は何度もあった。いつかそれが"嫌い"だと変わらないかと願った。けれどそれは変わることなどなかった。自分の心に嘘がないのなんてわかってる。自分の心を騙せないのなんてそんなの遠に知っている。いつか来る未来に怯えて、いつか来る未来を恨んで、そんな事をいつもキミの隣で考える。キミの抗う姿を見上げていた。頑張る姿をずっと隣で見ていた。一緒に笑って、一緒に泣き言を言って、一緒にボロボロになった。
キミと身長を並べる頃からそんな視線は熱のあるものへと変わっていった。少し抜かした頃にはそれは明確なモノへ名前が付けられるものへと変化をして、そこからは真っ直ぐキミを見れなくなっていた。好きになった罪悪感、手に入れられないと分かていた絶望感、そして彼を手に入れることができる幸福な名前も知らない架空の悪魔に嫉妬する日々。常に一緒にいながらも、その幸福な相手はどいつだと頭を悩ました。そんな子供ならではの葛藤が過ぎた頃、僕達は同じ職場で働くことになった。
色んな事が重なったからこそ僕は今でもこうしてキミの隣にいる。もうそれだけで満足だ。そう自分を騙せるように成長した。
すっかり髪が伸びた姿のキミ、長い髪を纏めてはその綺麗な線を靡かせ背筋を伸ばして、懸命にまた新しい環境に立ち向かっていた。
その姿をまた隣で見れているそれだけで僕は満足だ。キミの腐れ縁として、それ以上に求めることなんてない。そう思っていた。キミの視線に気付くまで。
「偉くお疲れ気味だね」
「新人だからな…雑用を押し付けられるのは当たり前だ。お前はいい感じに逃げてるみたいだが」
「逃げてなんてないよ。……逃げられてるだけ…」
「ふはっ悪魔としては満点だな」
慌ただしい日々を過ごした休日、カルエゴくんは僕の家に遊びに来ていた。高級なワインなんかを持ち込んで、一緒に楽しむ、そんな日中の騒がしい世界から離れた静かな二人の時間。
くでーんとすっかりテーブルに頬を付けては項垂れるカルエゴくん。普段の貴族そのもののキリっと背筋を伸ばした彼は、いつも僕の前でえらく年相応の行動をする。気を許されている証拠だ。そんな事で舞い上がってしまっている自分を悟られないように、そっと彼の前におつまみようのチーズを置いた。
「髪ずいぶん伸びたね」
「お前もな」
「僕はほらすぐ伸びる体質だから。カルエゴくんのはいつも綺麗でサラサラだね」
「そうか?」
フワッとカルエゴくんが僕の長い髪の一束を持つとフッと笑った。
「俺はこの少し雑な髪も好きだけどな」
それは当たり前のように優しく微笑んでくる。
彼はいつもそうだ。とてもズルい。
こんな事誰にもしない、こんな顔誰にもしない。これは僕にだけしてくれる特別なもの。それなのに彼はお酒が入るといつもこう言うのだ。
「早くシチロウの良さを分かってくれる奴が現れるといいな」
「……もー僕が異性にモテないのなんてキミ知ってるでしょ?」
「不思議だよな。こんなにいい男なのに」
僕を褒めて、僕の気持ちを上げて、一気に落とす。どこかいつも一線を引く彼に僕は何も言えなかった。
疲れていたカルエゴくんのお酒が回るのはあっという間だった。すぐに寝息を立てて、ソファで気持ちよさそうに体を伸ばすのだ。そんな彼に毛布をかけて、呪いのようにいつも耳元で呟く。
「早く僕のものにならないのかな」
カルエゴくんは僕を特別に扱うようになったのはいつからか。
僕を大切な宝物みたいに見つめてきたのは。傍に置くんじゃなくて、遠くからショーケース越しに見ているんだ。
だから僕らが例え"両想い"だったとしても、彼がそれを認めてくれない限り、僕らの関係が変わることはない。その気持ちを箱に仕舞っているんじゃなくて、出して、それを抱き締めてくれない限り、その中の僕は何も出来ないんだ。
キミのこの長い髪を触ることも、キミの瞳を独り占めすることも、キミの唇を奪うことも、キミの全てを手に入れることはできない。手を伸ばすことなんてできないんだ。
早く気付いてよなんてそんなことは言えない。
キミが僕に向けてくれる愛を仕舞っている箱の鍵を僕が見つけれない限り、この呪いのような日々は続くのだ。
「カルエゴくんのばーか」
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研究と学校と慣れない二人三脚をしていて久方ぶりの一人の休日だった。最近は雪崩込むようにカルエゴくんが僕の所やってきては愚痴を聞く日が続いた。今日は彼は貴族同士の食事会らしい。グチグチとまた言いながら先日学校で別れた。何をしようか何をするべきかよくわからなかった僕は、とりあえず外に出てみることにした。趣味で描いている絵本を作るための紙、色を塗るための道具を買い足したかったからだ。いつもならネットで買うのだが、今日は外に出てみたい気分だった。街に出てきて数分、すぐに後悔する。図体のデカさのせいか、僕はまた怯えられた。その視線から逃げるように奥へ奥へと入れば、見たことの無い店へとたどり着く。
「雑貨屋…なのかな?」
不思議と僕はその小さなお店へと脚をのばした。暗くてじめっとした魔力が不安定なそこは入った瞬間に確信する。
「(あー、裏の方か)」
まぁ入ってしまったなら仕方ない。危ないものに手を出さなければ問題はない。じっと商品を見つめてみたら案外面白い。普通じゃ出回ってはい魔具に、危険扱いの薬草に、禁止書籍。
「ん?これ…」
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「好奇心に負けて買ってしまった…」
白い蕾が何個もついているあまり見たことない植物。僕が知らないソレがあるという事実にその好奇心は抑えられなかった。植木鉢にそれを植え替え、白紙のノートを持ってきてはその姿をスッケチする。
「育て方は…水なのか魔力なのか…」
まず一差し水を入れれば、土から吸い取る行動をしなさそうだ。土から弾いて水を拒否している。
「_というと魔力か。とりあえず少しだけ」
人差し指でチョンと蕾に触れれば、それはすっと入っていく。しばらく観察してみるが特に何か即死しそうなそんな危険な毒物を発するという事は無さそうだ。観察ノートにそれらを書き込んだあとに僕はそっとそれを閉じる。
「綺麗な花が咲くといいな」
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「シチロウ」
「カルエゴくん?」
パッと目が覚めたら僕はカルエゴくんの膝の上で寝転んでいた。彼が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「(__あれ、僕は…何をしていたっけ)」
「もう大丈夫そうか?」
「え、あ、う、うん。ごめんね膝借りてたみたいで」
「そんな事気にするな。…やはりまだ顔色が悪い、もう少し寝ていろ」
「!」
「な?」と彼は優しげに笑っては僕の頬に触れてきた。思わず肩を震わせて驚いていると彼は気にした様子もなく、ただ僕を見つめてくるのだ。
「ど、どうしたの?」
「ん?お前を見てるだけ」
「な、なんで?」
「なんでって…」
グッと勢いよくカルエゴくんの顔が近づく、鼻と鼻の先が当たりそうな位に近くてカルエゴくん髪が当たって擽ったい。そんな想い人のいきなりの接近に体を熱くさせるなという方が無理な訳で、あぁもうどうしたのなんて混乱していたが次の言葉で僕は確信した。
「好きな奴を見ていたいなんて当たり前のことだろ?」
「………」
__あ、これ夢だ
ずっと焦がれてやまないカルエゴくんの待ち望んでいた言葉が、悲しいことに現実ではないことをわからせる。彼はこんなことを言わないことなんてわかっている。僕の頬を撫でたりもしない。僕に近づいて、そして「好き」なんてそんな言葉を言うはずがない。勢いよく起き上がれば心配そうに彼は見つめてくる。
「……ねぇ、"ここのカルエゴくん"は僕に何してくれる?」
「お前が望むことなら何でもしてやるぞ」
何をされたい?そんな甘い言葉を出しながらカルエゴくんの腕は僕に巻き付いてくる。
「じゃあキスがしたい」
「あぁいいよ」
「その先だってしたい。…ねぇカルエゴくん僕を抱き締めて」
そう、現実じゃ有り得ない。キミの匂いを感じてゆっくりキミの体温を感じて。
そんな期待の中、僕はカルエゴくんに抱き締められる。
「(_やっぱ何にも感じないや)」
匂いも体温も何も。だって僕は、本物を知らないから。
ゆっくりカルエゴくんの髪を解いていく。綺麗なそれにマスク越しにキスを落とした。
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「……あーあ、起きちゃった」
ぐちゃぐちゃと頭を掻く。夢の続きが名残惜しくて何度も溜息をついた。
「久々にああいう夢見たな」
大きく背伸びをしながら重い脚を床に引っ掻き傷を残しながら歩いてく。適当に髪を手ぐしで整えて、丁寧に歯を磨く。今日は食欲がないから朝食は抜きにしよう。夢のせいか、体が妙にダルい。とりあえずコーヒーだけ入れて椅子に座って、僕は頬杖をつきながらぼーと外を眺めた。
「…彼が僕に好きなんて言うわけないよなぁ」
両想いだと僕は勝手に思ってる。
けれどカルエゴくんはその感情を毛嫌いしてる節がある。好きになったのが男だからなのか、僕だからなのか、それはわからない。ただおそらくこれからもそれを認めようとはしてくれない。それがとてつもなく辛い。否定されているようで、ずっと隣にいるのに一枚の見えない壁のせいで距離がある。彼は僕を見ているようで見てくれていない。都合のいいところは見ないふり。
「…夢のカルエゴくんがいいなぁ」
あぁなんて馬鹿げたことを言っているのか。口に出したことを後悔し頭を振った。
「そうだ…花…魔力あげなきゃ」
「えらく顔色が悪いが大丈夫か?」
「あ、おはようカルエゴくん」
昼休み、カルエゴくんが食事を終えたあとに申し訳程度のノックをした後に生物学問準備室に入ってくる。
「昼だぞ馬鹿者。寝てたのか?」
トントンと額を指で叩いたあとフッと笑い声が聞こえてくる。
「ペンでも下敷きにしたか?綺麗に跡がついてるぞ」
「え、うそ!わー恥ずかしいッ」
必死に前髪で額を隠す動作をカルエゴくんはクスクス笑って見てくる。それが余計に恥ずかしくて僕は目線を逸らした。
「……」
「シチロウ魔茶もらうぞ」
「え、あ、う、うん」
手馴れた手でカルエゴくんは魔茶っ葉を準備しては、お湯が沸くのを黙って待っていた。その背中も僕も黙って見る。
「(__…好きって言われたいな)」
夢の名残がまだある。夢の彼はやけに色っぽくて、僕を求める目をしていた。それは全部僕の妄想で、実際の彼がどんな顔をするなんて知ることはない。けれどそれを知りたいと心底思う。本当のキミは抱き締めたらどんな匂いがするの。抱き締めたら感触はどんななの。知りたいよ。知りたい。
「(__あぁ…久々はしんどいな)」
スラリとした姿勢の彼を頭から足先まで見つめた。この時ばかりは自分の髪の長さに救われる。こんな欲塗れの顔見られたくない。
こんなに苦しいいなら、そんなに知りたいのなら、さっさと僕が「好き」とただ言えばいい。
両想いだってわかってるなら僕が一歩脚を出せばいい。それだけのことなのに僕はそれがずっと出来ない。
「(ただ全部僕の願望だったら…?)」
カルエゴくんが向けてくれる好意をただ僕が都合よく勘違いしていたら。実際そんなことなくてと怯えるのだ。その感情を嫌ってるのがわかるから、だから怖い。
「シチロウ?どうした」
「…ねぇ抱きしめたいって言ったら怒る?」
「は?」
「なーんか人肌恋しくてね」
冗談のように聞こえるように僕は態とらしく大きく溜息をついては手を動かした。
「何言ってるんだ。男同士でくっ付いてたらむさ苦しいだけだろ」
「だよねぇ。キミならそう言うと思ってた」
夢の時みたいに強気でいれれば、悪魔らしく欲に任せてしまえば。無理矢理にキミを手に入れてそうして…と何度も考えるが、今の距離を壊したくないと考えるほどにはいつも理性は残っている。
「僕の分もいれてくれた?」
「あぁ。今飲むか?」
「うん、頂く」
キミはどんな声で鳴いて、どんな風に赤く染まっていくんだろ。そう考えるだけの辛い毎日。
「(…あぁあのまま目が覚めなきゃよかったな)」
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「お前は俺に何をしたいんだ?」
「……」
ん?とカルエゴくんは僕に笑いかける。
「…あれ、僕またキミの夢を見てるの」
「あぁそうみたいだな」
「あ、案外会話できるんだね。夢なのに」
木の下で座り込む僕の頬を掴むとそっとそのまま彼は僕を抱き締めた。
「なんだ。せっかく夢にまで出してくれる程俺を想ってくれているのに、何もしてくれないのか?」
「……」
「夢は覚めたら終わりだ。なら今を楽しもう、シチロウ」
「__うん、そうだね」
細いキミの腰に腕を回すと夢のカルエゴくんも僕の背中に手を回してくれる。キミの胸に埋まりながら僕は小さな声で呟いた。
「……好きって言って」
「好きだぞシチロウ。大好きだ」
「_うん、僕も。僕も大好きだよカルエゴくん」
「ふふ、キミは凄いねぇ。僕の自慢だよ。カッコよくて強くて」
「そうか?嬉しいな」
カルエゴくんを膝の上に乗せながら僕は何度も彼の頭を触る。嫌がることなく黙ってそれを受け入れてくれる彼に最初は罪悪感を感じたが、これは夢だと認識すればすぐにその罪悪感は消えた。
「髪、伸びてきて余計に綺麗になったね」
「あぁ、手入れはかかしてないからな」
「はは流石だね。あぁそうだ、どこのシャンプー使ってるとか聞いた事なかったかも?どこ?」
「……」
そう聞けば彼は微笑みながら黙った。
何で、さっきまで楽しくお話していたのに。
「何て答えればいい?」
「え」
そう彼は聞いてくる。しばらく見つめあったあと僕は一つの仮説ができた。
「ぼ…くが知らないことは答えられない…?」
「……」
「……そ、だよね。これは僕の夢だ。僕が知らない彼のことが反映されるはずがない…んだ」
「シチロウ」
チュッと額に感覚がないキスが落とされる。
目が合うと彼は無邪気に笑うのだ。
「シチロウ、好きだぞ」
「_____うん、僕も大好きだよ」
そう。これは僕の夢。僕の妄想。
ここのカルエゴくんは僕が言って欲しい言葉だけを放つだけの存在。
「ねぇ、カルエゴくんもっと…もっと沢山好きって言って…」
あぁ夢なのに、涙が止まらないよ。カルエゴくん。