───ここ、どこだ。
七種茨の朝は早い。その日の仕事の内容にもよるが、朝の薄暗い時間にはいつも起きている。
それだというのに目をつむっていても感じる眩しさにまぶたを開けてみれば、外にはすっかりと太陽が昇っていた。
これはどういう了見かと慌てて起き上がれば、真っ白な部屋にいた。
真っ白な部屋には淡いピンクのカーテンを通して、太陽の光が柔らかく降り注いでいた。
そして己に掛けられている布団は見覚えのない真っ白な掛け布団。
…………おかしい。
一瞬、どこかで倒れて医務室にでも運ばれたかと思った。
けれど近頃そんな無茶をした記憶がない。SS直後ならともかく、ここ最近は比較的穏やかな日々を過ごしていた。
まあいい、あとでゆっくり考えよう。まずは現状のヒントが何かないかと見覚えのない室内を物色しようとパイプベットから足を降ろして、……よろけた。
身体が随分と重たい。
なんだこの身体は……。鉛のようだ。
いや、鉛より酷い。底なしの泥の沼に足を突っ込んだように重たさが足につき纏う。
……ああ、わかった。筋肉がないのだ。関節の筋が柔いのだ。だから持ち上がらないのだ。…………何故?
茨は何故だか一晩で随分と貧弱になった体を引き摺って、8畳ほどの細長くて狭い部屋を物色した。
しかし、木でできた小さな勉強机の引き出しにも、小さな棚の中にも、大きくヒントとなるようなものはなかった。
あるのは鉛筆と、ノートと、枯れかけの花。
ノートに日記でも書いてあるのかと捲った。けれど、いくつものページがビリビリに破られていて、そうでないページは真っ白だった。
備え付けの洗面台があった。青色の歯ブラシと、黄色のコップがあった。名前はなかった。
棚を開けてみれば使いかけの化粧水と乳液があった。若い男性向けのブランドだった。備え付けにしては随分と半端だった。もはや誰かの私物のようでしかなく、あまり触りたくなかった。
茨は眉を顰めながら顔をあげて、ふと、あることに気が付いた。
鏡がないのだ。
洗面台には普通鏡が付いているだろう。しかし目のまえの壁に鏡などありはせず、何故だかぽっかりと不自然に外されている。
そういえば手鏡の部類もなかった。髭剃りもないし、この部屋の持ち主であろう人物は随分と若いのかもしれない。
それは不味い。何故自分がここにいるか分からないが、もし自分より相手が若い場合、なにかあったときに分が悪い。
茨は早々に立ち去りたかったが、外に出る前にせめてここがどこなのか判断ができないかと、光の差すガラス窓へ近づこうと踵を返して、そのまま転んだ。
「────ツウ……」
本当になんなんだ今日は。どうしてこんなにも体が動かない。……そういえば眼鏡をかけていない。それなのに随分と視界はクリアだ。
なんだこれ。まるで自分の身体じゃないようだ。…………自分の…………。
茨はそこまで思考して、重だるい体を引き摺るように慌てて窓へと近寄った。
その間にも2,3回大きくふらつき、ベットへと倒れこんだ。
やっとたどり着いた窓は朝の日が昇った時間帯のせいで随分と見辛かったが、それでも角度を変えてうっすらと映る顔を凝視する。
するといつもの赤髪とはまるで正反対の色が浮かぶ。……あ、この顔、どこかで見たことがある。
「…………HiMERU氏?」
違う。よく似ているけど、全く違う。
「十条……要?」
革命に失敗した異端児の……片割れ。