「…………どうゆうことだ……？」

そっくりだがわかる。兄ではない。弟のほうだ。
…………忌々しい顔だ。茨はそう思った。
茨は十条兄弟の顔が嫌いだった。彼らに恨みは無い。だけれど親戚というだけで、己を認知すらしなかったクズのような先祖もきっとこんな顔立ちだったのかもしれないなどと、余計なヒントとなり愉快な気持ちにはなれなかった。

けれど今はそれどころじゃない。どうしてガラスの中の十条要は茨が瞬きをすれば瞬きをして、首を傾げればおんなじようにするのだろうか。

茨はパンッと己の頬をたたいた。夢を見ているのだと思ったのだ。しかし叩いた頬がじくじく痛むばかりで、一向に視界がクリアなまま、夢から醒める気配はない。
これはどうゆうことだろうか。……自分が十条要に乗り移ったというのであろうか。悪い薬でも飲んだのだろうか。あの魔法使いが違法スレスレの薬品でも作って己で実験でもしたのだろうか。
あまりにも突飛な内容に、流石の茨でも思考を追いつかせることは難しかった。

茨はへなへなとベットへ腰を掛けた。
よく見てみれば、この体は指から足から腰から何から何まで随分とほっそりしている。こんなにも肉がないのに背ばかりがスンと高くてバランスが取りにくい。
己のチームに所属する御貴族様やスタプロの性悪はスラリと姿勢が良いが、あれはしっかり鍛えているから故だろう。外出もろくにしていないことは、筋肉の落ち切った体の様子ですぐに分かった。

───入れ替わり、か。

しかし改めてそのように考えると、現状に対して納得がいく。
この狭い部屋は病院の個室なのだろう。見舞いに行ったことは無いが、要は依然として気をヤッたまま回復の途中のはずだ。そう聞いている。
鏡が一枚もないのも、あいつの兄が似たような顔を作って近づいたりしたからトラウマにでもなったのかもしれない。そう思えば不自然な程の物の少なさにも納得がいく。
…………可哀そうに。

茨はともすれば自分と十条要の入れ替わりなど現実には起きておらず、すべてはこいつの精神がイかれたが故の幻覚かとも勘ぐった。
けれどそれならば、つい昨日の晩に我が兵器に作った飯の内容などわかるわけがなかろう。社外秘の機密事項が頭に入っているわけがなかろう。
やはり入れ替わり、はたまた茨の魂が十条要の身体に乗り移ったという説が最も濃厚であると判断ができる。
…………いや待て。そうであるなら俺の身体はどうなっているのやら。
困った。寝たきりならまだましだ。要の魂が喋りだしてしまえばどうだろうか。………陛下に知られたら少し、いや、だいぶ厄介なことになる。
一刻も早く元に戻らなくては。
…………けれどもこの体で外に出るのもリスクが高い。どうするべきか。

茨は考えながらふらりと窓辺へ近寄った。そしてガラスにうっすら映る顔色の悪い端正な顔立ちを見つめ、いやはやしかしまぁ、一年生の頃は兄と比べて随分と頭の悪そうな顔だと思っていたが、今は随分と賢そうだ。そう思った。
やはり弟のほうは顔ではなく中身が悪かったのだなぁと、茨はしみじみ関心した。

「…………まだまだこれからも、働いてもらいますからね」

ガラスに映る十条要が仄暗い表情でこちらを見つめる。
ああ、憎たらしい顔だ。