裂帛の気合と共に繰り出された容赦ない拳を、自分の胸に当たる寸でのところで受け止める。
パンッと小気味良い音が玄関に響いた。
僕が受け止めたことを、むしろ当然だと言った様子で、にっとナガラは笑う。
中学生になり、手足がにょきにょきと伸びている弟は、元から片鱗を見せていた武道の才をさらに伸ばしている。その拳が軽いわけない。
じんと痺れた掌を僕は見せるように振って苦言を伝えた。
「これから試験を受ける兄の手を使えなくさせる気か」
「アニキがこの程度で手を使えなくなるわけないだろ」
両腕を頭の後ろで組んであっけらかんと言い放たれる。そのナガラの後頭部を、僕を見送るためにナガラの後ろにまで来ていた母がポカリと殴った。
「いて」
「玄関先でなにやってるの」
「受験の活を究極入れてやろうって思って!」
「だったら他に方法がいくらでもあるでしょ」
「オレとアニキにはこれが一番なんだって」
「いや、普通に僕は応援してくれるだけで良かった」
「なんだよ~、イキイキして受け止めてたくせに」
受験対策が本格化してきた去年の秋ごろから、僕は道場を休んでいる。
受験を期に止める門下生が多いが、僕はまだもう少し続けていたいと思ったから、一段落するまで休会を道場には申し込んでいた。体は鈍ってると思う。でも勘はまだ鈍っていないようだ。確かに、活を入れてもらったな。
「アニキなら大丈夫だって! 早く一緒にまた空手やろうぜ」
そうだ。早く受験に蹴りを付けないと、その間にも毎週道場に通っている弟との差が付いてしまう。
頭の中の公式や歴史の年号の奥にしまっている空手への熱がマグマだまりのように溜まっているのを感じた。
「ああ。ごり押しで何とかしてくる」
「その意気その意気」
ナガラらしい激励に良い具合に緊張がほぐれている。
「道中気を付けてね。お父さんからのお守りは持った? 受験票は? 時計はある? 受験会場までやっぱり……」
僕らの母らしく、いつもは細かいことは気にしない母が心配そうにあれこれ聞いて来るが、僕は吹き飛ばすくらいの笑顔を浮かべた。
「大丈夫だって。いってきます!」
自分が思い描く未来に向かって、痺れの取れた拳を握りしめ、僕は玄関扉を開けた。