彼シャツ1枚「お前のシャツ、寝間着にちょうどいいサイズだな」
ぱっと俺の前に現れた露伴は、貸してやったTシャツを着ていた。ちょうどパンツがスレスレで見えないくらいの丈で、なんかすげー短いワンピースを着てるように見えなくもない。ついでに、もしかしたらパンツも履いてないのかも……と妄想できる格好だった。いや、履いてんの知ってるけどな。さっきコンビニ寄って買ってたし。
「髪下りてると雰囲気違いますね」
「それはお互い様だろ」
大学に入って、俺はS駅の近くで一人暮らししている。実家からも通えない距離じゃないが、なんとなく憧れで引っ越した。そしたら、大学生の暮らしぶりが見たいとかなんとか言って露伴が押しかけてきたのだ。一応、うちに来る前に飯をおごってもらって、それが宿代ってことになってる。
俺としては、金を払ってでも来てほしい相手な訳だが。
「さっきも言いましたけど、客用の布団とかないスよ」
「いいよ、お前の隣で」
「隣ね……」
偉そうにそう言って、露伴はベッドに腰掛ける。座ったらTシャツの隙間からパンツが見えた。さっき買った、露伴らしくねえ地味なボクサーパンツだ。俺はそんな色気のねぇパンチラにもドキドキしてんだけど。
「お前の部屋、普通に掃除してあるし物も少ないし見るところほぼないな」
「こんなもんじゃないスか? 金がねーと余計なもん買わないし」
露伴が足を組む。角度が変わって、なんかパンチラがエロく見えてきた。
「ふーん。そんなもんか。ぼくは一人暮らしを始めたときには、社会人だからなぁ」
「しかも売れっ子の漫画家でしょ」
「そうだな。ガキにアンティークの家具燃やされても困らない程度には金は持ってた」
この話は反論すると長いので黙っておく。あははと適当に笑っておいたら、露伴は大あくびをした。
「もう寝ようかな。今日、朝早くってさ」
「あ、んじゃ俺も寝ようかな」
露伴がさっさとベッドに寝転がったので、俺も慌てて隣に滑り込んだ。一応ダブルベッドだが、俺の体格もあって十分な広さとは言えない。少し動くとどこかが露伴に触れた。手元のリモコンで電気を消すと、緊張でおかしくなりそうだ。
「なあ」
「はい」
「ドキドキしてんの?」
俺は、露伴に2回告白して2回振られている。ちなみに2回目はついさっき。まだあんたのこと好きなんですけどって。ゲラゲラ笑われておしまいだったが。
「してるに決まってんでしょ」
「へえー」
どうにか気持ちを抑えるために、俺は露伴に背中を向けている。それなのに、このたちの悪い漫画家は俺の背中におでこをくっつけてきた。
「んじゃ、お前がドキドキしてるんだなって思いながら寝るとしよう」
「……最悪」
「ふふっ」
露伴はしばらくすると、本当に寝息を立て始めた。俺はガチガチに緊張して眠れない。何年片思いしてると思ってんだよ。勢いでどうにかしてやろうとか考えらんねーくらいこっちは好きなのに。
「んー」
あーでも、寝顔見るくらいなら。でも顔見たらヤバいかなぁ。ほんのちょっとだけ葛藤してから、ゆーっくり体を動かして露伴と向き合った。ガチで寝てる露伴は、ガキみたいな顔で寝ている。
かわいい。思わず口に出しそうになって慌てて我慢した。かわいい。なんだこいつ。いつもと全然違うじゃねーか。かわいいな、こーいう顔をどっかの女に晒したりしてんのかな。ムカつく。俺のほうが絶対に好きなのに。
そうやってかわいいとムカつくを交互に思い浮かべながら、俺はいつの間にか眠っていた。
目が覚めると、もう露伴は出て行っていた。マジで勝手なんだよな。
「夢だったみてぇ……」
けど、床に俺とは違う畳み方で置かれているTシャツ。確実に露伴がいた証拠だ。
持ち上げたら、なんとなくふわっといい匂いがする。俺のシャツなのに。
「……」
部屋には俺一人。わかってる。それなのに周囲をうかがってから、シャツに顔を埋めた。思い切り息を吸い込んだら、やっぱり良い匂いがする。露伴が着ると、こうなるのかよ。
「はー」
こんなの見られたらまた振られちまうよなー。変態っぽいよなー。けどなー。
よし、今日はこのシャツ着て大学行こ。
そうやってヤバい行動を取っていた俺は、露伴が風呂場からこっちを見ていたのに全然気が付かなかった。