どっちもどっち いいところで会った飲みに行こう。露伴は駅前で顔を合わせた知り合いにそう言われて強引に手を引かれた。いいところだと判断したのは知り合いの方である。すべてあちらの都合で、露伴はさっさと帰って仕事がしたかったのでタイミングは最悪だった。
「いつもの居酒屋でいい?」
「はあ、どこでもどうぞ……」
「え、じゃあホテル行く?」
「居酒屋で」
この男がしょうもない冗談を言う時は大抵落ち込んでいる時である。適度に恩を売っておいて、何か漫画のネタになりそうなことでも引き出そう。そう決めて、露伴は本日の予定を変更した。
馴染みの居酒屋は全席個室で、あまり周囲に気を使わなくていい。平日の早い時間だったのもあり、かなり空いていた。
「露伴先生はジンジャーエールだっけ」
「はい」
「んじゃ、俺もそれにしよっかな」
この男が飲まないのも珍しい。タッチパネル式のメニューで注文を進める顔を眺めながら、これは本当に「ちょうどいいところ」に出くわしたのかもしれないと露伴は思い直した。
「それで、なんですか」
「相変わらず俺に冷たい。もっと康一とか億泰にしてるみたいにさぁ、優しくてもいいのに」
「それは自分の行いを振り返ってから言ってほしいですね、東方仗助さん」
「はい……」
向かいでジンジャーエールを飲む男とは、露伴が高校生の頃に出会った。当時露伴は高校1年生で、仗助は二十歳になったばかり。とある事件を解決するために協力関係になり、そこか細く薄く関係が続いている。
「あの2人は子どもに手を出したりしないんで」
「いや、だってさぁ」
性格の相性は良くない。しかし、露伴は仗助と何度か体の関係を持っていた。そちらは抜群の相性なのである。
初めては事件を追っている最中だった。露伴を家まで送ってくれた仗助とそのまま流れで行為に及んだ。誘ったのは露伴からである。どうしようもなく体が疼いて、どうにかしてほしかった。そこから、年に一度か二度つい寝てしまっている。
「もう露伴先生だって大人でしょ」
「そうですけど」
露伴は二十四歳になった。仗助はその四つ上なので二十九歳である。
「んで、なんなんですか今日は」
「いやぁ……実は昨日振られちゃって」
「はあ」
仗助は非常に異性にモテる。整った甘い顔立ちと、均整のとれたスタイル、そして露伴に言わせると八方美人でしかない性格が優しく映るらしい。
そのせいか女性に不自由していない。恋人が切れたことはほぼ見たことがないのだが、どうにも真剣に付き合っている感じはしなかった。そのせいか、こうやって別れ話もよく耳にする。
「同い年の子だったんだけど、結婚チラつかされたから面倒だなーって思ってたら顔に出てたみたいでさぁ」
「そりゃ、あなたが悪いですね」
「だよなぁ。んで、飲みてぇなって思ってたら露伴に会ったから」
すっと腕が伸びてきて、露伴の手を握る。本当にたちが悪いのだ、この男は。
「マジでホテル行かない?」
「あのさぁ、ぼくは言えばヤれる便利な穴じゃないんだぞ」
「そんな風に思ってない」
振られて適当な相手に声をかけたにしては仗助の声は必死過ぎる。真っ直ぐに見つめられて、目を逸らしたのは露伴の方だった。
「ずるい」
「ずるいのはそっちだろ。そろそろ覚悟決めろよ」
体の関係を持つ度に、仗助は露伴を口説いてくる。ずっと年齢を言い訳に逃げ続けてきたのだが、とうとうそれも通用しなくなってきた。
「露伴が俺のになってくれないと、不幸な女の子が増えちゃう」
「そういう言い回しがムカつくんだよな」
「だって、俺が大好き愛してる一生そばにいてとか言っても嫌がるんだもん」
「本当にしそうだから嫌なんだよ」
うっかり惹かれて手を出させてしまったあの時から、仗助は露伴を本気で欲しがっている。好奇心でそこを突いてしまったのを、露伴は後悔していた。
完全に離れることは許されず、近くも遠くもない距離でずっと狙われている。自由でいたい露伴には、仗助の愛は重すぎるのだ。
「本気だから」
適当に結婚でもして興味を失ってくれたらいいのに。そんな風に考えていたのだが、甘かったのかもしれない。
「……ホテル行くくらいなら、いいですよ」
「ほんと、ずるいよなー」
握った露伴の手を引き寄せて、仗助が指先に唇を寄せる。ぞくりと背筋が震えた。
「そろそろ、落とすからね」
「させるかよ」
もしかしたら、一度すべてを委ねてしまえば仗助は興味を失うのかもしれない。だが、あまりにも危険な賭けすぎた。
「飲まなかったの、最初から狙ってたんですか」
「そりゃー露伴先生を見かけた時から狙ってましたよ」
にっこり笑った仗助に、露伴はため息を返した。